■ Death is compared with sleep.2

 霊圧と霊圧が、衝突を続けているのを感じている中、啓吾がビルに陰から頭だけを出す。結界越しに見えるだろうかと、戦場となっている空を見上げる。が、
「顔出すなって言ってんでしょ!」
 金髪のお河童頭の幼女が、幼女らしからぬ力で強引に後ろへと引き戻される。「ぐぇ」と蛙の潰れた様な声を発しながら陰へと戻り、喉を擦りながら啓吾は涙目で振り返る。
「しっかたねぇだろ! やっぱ気になるんだよ、いくら俺らが安全でいることが仕事って言っても、一護やルキアちゃん達は上で戦ってんだぜ!?」
「一護が負けるわけないじゃない! 余計な心配してんじゃないわよ!!」
「でもキミ、さっきからずっとそわそわしてるよね」
 ぼそりと突っ込んだ水色をこれでもかとにらみつける。携帯を弄り続ける彼はどこ吹く風だ。
 どこまでも冷静で、悪く言えば状況を分かっているのかと尋ねたくなるような落ち着きぶりだが、隣りに座っているたつきは内心、肩を竦めるしかない。横目で盗み見ている限り、携帯の画面では先ほどから「戦い 幽霊 手助け」での検索ばかりを行っている。平然としている様に見せかけて、水色も自分の出来ることはないのかと必死になっているのだ。
「おぉ―――い! 連れてきたぜぇ!」
 そんな声と、ぷ、ぷ、という、ぬいぐるみ特有の足音を響かせながら、町の向こうから走って来る姿が見える。眼鏡をかけた女性も共にいる。………がしかし、りりん、蔵人、之芭の三人は一様に白目を剥いた。
 もう一度言おう。ここは町中である。走っているのは女性と、「ぬいぐるみ」である。
 咄嗟に之芭が能力を用い、空間を歪ませてその二人だけは「他の景色」と融合しているように見せかける。本人達にとってしてみたら、突然目の前の景色が歪むのであるから何やら悲鳴を上げていたが、知ったことではない。
 蔵人が全速力でビルの陰から飛び出すと、コンを豪快に掴み(丁寧に抱え上げる余裕などない)、女性の手を掴んで引いた。「不審者」と叫ばれた気がするが悲しむのも後だ。
 急いでビルの陰へと舞い戻ると、まず一声。
「馬鹿ですか! 馬鹿ですか!!!!」
「す、すんません……ちょっとテンション上がっちゃって……」
 りりんも怒鳴ろうとしていたようだが、蔵人が涙目で(恐らく涙目は別の理由があるが)コンを詰る姿に、自身の怒りの刃はそっとしまっておくことにする。何やら鬼気迫るものがある蔵人の怒り様に、コンも珍しくたじたじである。
 何が何だか分かっていなかった彼女も、啓吾、たつき、水色の姿を認めるなり、やっと理解したように息を吐いた。
「……何かと、思った。何だ、ここが逃げ場所だったのね」
「千鶴が無事でよかった」
 たつきが安心したように目許を緩める。
 啓吾達三人は上手く合流できたものの、本匠千鶴の行方が分からず身を案じていたのだ。彼女に何も能力がなければ心配はすることはなかったかもしれないが、生憎彼女もまた霊力の持ち主。恐らく空の上での攻防も「一体何が起きているのか」と困惑していただろう。何か事が起きてからでは遅い。そこで、「絶対に見つけられる自信がある」と豪語したコンが、彼女を捜しに行っていたのだ。改造魂魄(モッド・ソウル)である彼ならば、人目につかないように気を付けながら、建物の合間を飛び越えて素早く捜しに行ける。
 尤も、いざ千鶴を見つけて連れて来てからは、彼女はそのような人間離れした芸当などできないわけで、町中を普通に走ってくるしかなかったようであるが。
「本匠さんが抱えてやれば良かったんじゃないの」
 水色が視線を上げ首を傾げると、千鶴がじろりとコンを睨みつける。
「……この人形、会うなり『見つけたー』って叫びながら胸元に飛び込んできたの。そんな変態な人形抱える気になる?」
「いや、お前たしか井上さんとかの胸全力で揉ん」
 メキッ。
 啓吾の顔面に、千鶴の拳がめり込む。
「何でぇ!!!?」
「私はいいのよ! 同性愛万歳!!! 織姫万歳!!!」
「大学行っても何も成長しねえなあんたは!!!」
「ごふぅ!!」
 千鶴の鳩尾に空手の使い手の拳が飛び込む。血と涙を流しながら倒れ込んだ彼女は「流石ねたつき…」と訳の分からない感動に浸った。
 しかし、これで一先ずは安全だ。一護の妹二人はクロサキ医院の中にいることも確認がとれている。恐らく一護が施していったのであろう、微々たる結界に包まれたあの家にいれば問題はないはずだ。
 そのとき。
「!?」
 彼らが一斉に天を仰ぐ。突然、霊圧の衝突が止んだ。慌てて陰から顔を出した。結界越しで若干見えにくい感覚があるものの、一護が何故か破面と話す姿が見られた。「戦っていない」。
「……え、何…どういうこと……」
 りりんが困惑した表情で呟く。
「…………」
 蔵人が無言で眉を顰める。
 そのとき、一護が何故か破面と共に、「消えていく」のが見えた。たつきが思わず叫ぶ。
「一護!? 何で……!!?」
 ライオンのぬいぐるみも、呆けたように口を開けた。
 あの破面は、記憶を失いながらも、妹を護りたいと言った。なのにどうして……。
そこで、ふと、コンが天を仰いだ。

 ――――この、感覚。

「コン!? あんた、またどこ行くのよ!」
 駆けだしたコンに気付き、りりんが怒鳴る。首だけを回して此方を見、
「悪い! 一護に関しての調査、俺抜きでやってくれ! 頼んだぜ!」
 言い捨て、足に力を込め、飛んだ。幸い、この空座町を覆っている結界は、内側から飛び出ることは容易なようだ。
 首についている、鬣の無い出来損ないのライオンのストラップが、跳ねる。

 ――――この、感覚。まさか。
 ――――まさか…


*   *   *

 突然、零番隊に異動したはずの浮竹十四郎が現れたことに、暫し死神らは呆然としていた。しかし、彼のおかげで窮地を脱したのだと気付き、何とか肩から力が抜ける。今更のように、身体の傷が痛みを告げて来る。
「遅くなってすまない。みんな無事か?」
「浮竹隊長、どうして……ここに……」
 ルキアの問いかけに、浮竹が「もう隊長じゃないけどな」と肩を竦める。彼女の肩に触れてから、微かに眉をひそめた。
「随分やられてるな。そんな状態で戦ってたのか」
 お、と気付いたように視線を寄せる。
 日番谷がふらつきながらも歩み出て、此方を見上げていた。
「浮竹……お前がいるってことは……」
 流石は天才児といったところであろうか。彼はもう、今、起きていることに気付いているようだ。だが説明をするのはここではいけない。決して誤魔化すわけではないが、察してくれという意味を込めて浮竹は軽く微笑むに留めた。そして、一様に彼らを見渡す。
「再会を喜んでいる場合ではなさそうだ。早く治療をした方が良い。君達、外見よりもかなりやられているだろう? それに、」
 浮竹の目が、夜光に向く。それは彼女も気づいていたが、此方は言葉を発するのも億劫だ。
「彼女はとくに急いだほうがいい。行こう」
「ま、待ってくださいよ、浮竹隊長!」
 肩を抑えている恋次が、慌てた様子で言葉を挟む。
「行くって、どこにスか。俺達、尸魂界には戻れませんよ。浮竹隊長がどこまで知ってるのか全くわかんないですけど、はっきり言や、総隊長の意志に反した行動してるんですから。意味、分かるでしょう?」
「ああ。先生もかなり怒っただろう? きっと何だかんだ、京楽も手を貸したのは予想できることだし……まあきっと、上手いこと逃げているんだろうな」
 いやあ、懐かしいなぁ、と目を遠くに向けている。思い出しているのは一体いつ頃のことだろうか。一護が尸魂界に関わる様になってからは、死神達が総隊長の命令を聞かない例が多すぎて特定がほぼ不可能である。それでも組織として成立しているのだから、結局のところ総隊長もまた、トップに立つ者としての結論とは別に、一死神としての意見を抱えており、それが死神らのものと相違ないということになるのであろうが。
 我に返り、浮竹は笑う。
「安心してくれ。別に尸魂界に行こうというんじゃない」
「え、じゃあ、一体…」
 ルキアが言いかけて、驚いた様に息をのむ。懐かしい霊圧を肌に感じる。
 死神らが目を挙げると、卵状の、金色の光を放つものが現れた。そして、まるでそこから生まれ出るように一人の死神が、金の光の粉をまき散らしながら躍り出る。
 金糸の刺繍が施された灰色の羽織で、一瞬は誰だか分からなかった。袴部分が所謂スカートのような形であり、丈の短い特徴的な死覇装。長い足を覆い隠すような、膝上まである真っ白なブーツのような履き物に、草鞋。
 気の強そうな眉。深緑色の短髪に、藤色の瞳。
「……え……」
 多くの死神が、呆けた。浮竹の隣りに並ぶように降り立った彼女は、徐に口を開く。
「お前達を連れて行くのは、尸魂界ではない。王土だ」
「遅かったな、九条」
「五月蝿い。先に行くって言ったのはどっちだ」
「はは、それはそうか」
 随分何気なく会話をしているが、死神達からしてみたらそれどころではない。
「望実……!?」
「いたたたたたた」
 乱菊が驚き、手に力を込めた。結果、抱えられている夜光が若干しめつけられる形となり、掠れた声で、勘弁して、抗議される。夜光には接点がないから驚く余地などない。しかし、彼らにしてみれば、彼女が「いる」ということ自体に疑問が飛び交うのだ。
 九条望実。彼女は、四年前に起きた『霊骸』の事件において、鍵を握る人物だった。というのも、黒幕であった由嶌欧許(ゆしまおうこ)という死神が二人の霊体に分離した際の、片方の姿こそが望実だった。さらには、彼女はその大元の彼が行っていた「スピアヘッド計画」という企画により生まれた改造魂魄の一人である。つまり、コンと全く同じ存在と言える。彼女の核、すなわち命は、義魂丸のような小さな玉に宿っているのだ。
 しかし、一連の事件が解決する際、望実は消えたはずだった。そのはずだった。
 そんな彼女が、今、零番隊の羽織を羽織って、目の前にいるのだ。
 望実は、ちらりと此方に視線を寄越すと、彼女を知る人のみが辛うじて分かる程度に僅かに表情を緩めた。だが、すぐに毅然とした態度で返す。
「私のことは後で説明する。兎に角、お前達は王土に来てほしい」
「あまりに話が飛び過ぎじゃねえか」
 訝し気な日番谷は、あまり乗り気ではない様子だ。それに賛同するように、弓親が頷く。
「あれだけ、尸魂界には情報を伏せていた王土に、唐突に来いだなんてね。裏を感じるな、という方が無理があるよ。僕等にしてみれば王土は、『選ばれし者が行ける最上級層』に他ならないわけでさ?」
「それはっ」
 弁解するように口を開いた望実だが、すぐに何かに耐えるように唇を結ぶ。「それは……」と、後には続けられずに、言葉の入口ばかりを漏らした。
「すまない。俺達も、零番隊の死神ではあるが、事情に関しては口止めされているんだ。勿論、君達が腑に落ちないのは承知の上で、頼む。俺達と共に王土に来てくれ。悪いようにはしない。王土で、ちゃんと説明もする」
 言葉を詰まらせた彼女に、浮竹が助け船を出した。確かに、仲間として戦った過去のある二人を、今更疑う余地などないのかもしれない。だが、常に必要な情報は下ろされず、また尸魂界とは完全に世界を分断する形で存在する王土には、親近感こそなく、あるのはどちらかというと「至高」であることばかりの負のイメージが付きまとうのだ。
「俺達ゃともかく、そこにいる娘はどーすんだよ」
 めんどくさい話になってきたな、と仏頂面であった一角が尋ねた。先ほどから治療や防御に徹していた唯一の人間、井上織姫のことを知っているのであろう。
 浮竹が困った様に唸る。
「……できれば。……できれば、織姫ちゃんには、ここに残って欲しい。尸魂界以上に、王土は神経質だ。人間が王土にきた例などないし、最悪捕縛され、処刑される」
「穏やかな話じゃありませんね」
 まるで脅す口ぶりであるので、窘めるようにルキアが言った。
「本当のことだ。俺だって、彼女にも多くの知る権利はあると思う。だが、それはあくまで俺の感情論で、王土からしてみれば死神ですらない赤の他人だ。そんな曖昧な存在を、神聖なる王土に入れるわけにはいかない」
「大丈夫だよ、朽木さん」
 織姫は軽く笑んで、周りを飛んでいる舜盾六花をヘアピンにおさめてから、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます、浮竹さん。私は、現世に残って、黒崎くんのこと、また色々調べてますね」
 ぐっ、と。浮竹が唇を噛むように、本当に僅か一瞬ではあるが、顔を顰めた。それは、痛みに耐える様な、心苦しいような、後ろめたいような。あるいはいずれとも違うものか。だが、彼は何とか、ああと頷く。
「望実ちゃんも、また会えて良かった! 元気でね!」
 織姫が大きく手を振れば、望実も気恥ずかしそうに視線を逸らしながら、何とか手を振った。人間とこうしたコミュニケーションをとるのは、実に四年ぶりなので、違和感があった。
「……それで? どうするの、朽木、恋次」
 唐突に話を振られ、二人は驚いて乱菊を振り返る。日番谷が続いた。
「今回のことは、全部もとはと言えばお前らが始めたことだ。王土に行くか行かないか。決定権はお前らにある」
「日番谷隊長……」
 ルキアと恋次は顔を見合わせる。お互いに、気付いている。
 浮竹も。恐らく、望実も。きっと知っている。王土に、『一護に関する秘密がある』。彼が現れたタイミングに、王土に来てくれという申し出。望実の居心地の悪そうな様子。先ほどの織姫の言葉に対する、浮竹の反応。
 ならば、成すことは一つ。
「行きます」
 はっきりとしたルキアの言葉に、日番谷先遣隊の面々も頷く。
「決まったな。九条」
「分かった」
 望実が空中に呪印を切ると、青白く光る。
「―――――」
 傍から見れば、目の前の輝く文様に向かって、口パクで何かを言っているように見える。だが、恐らくは何か言葉を発しているのだろう。周りにいる彼らに、聞こえないだけで。
 ほどなくして、彼女は頷いて浮竹に向き直った。
「大丈夫だ。開ける」
「ああ、頼むよ」
 そして、今度は両手を空中へと差し伸ばし―――

「望実いいぃぃぃぃぃ!!!!!」

 その、望実の胸目がけて、町中から飛び出してくる小さな影が一つ。あまりに突然で、対応が遅れ、彼女はよろけるしかない。
 誰もが目を白黒させているところで、すぐに気づいたのは望実本人だった。自分の胸にしがみついている、ぬいぐるみ。
「望実だ! 俺の感覚に、間違いはなかった! 望実じゃねえか! お前、何でこんな…いや! 今は会えた喜びを」
「スケベ」
「ぶぅおふ!!!」
 顔を上げ、マシンガントークを続けるぬいぐるみを強かに平手打ちする。いつも通りであれば、ライオンのぬいぐるみはあっけなく吹っ飛んだであろうが、その平手打ちした手に必死に纏わりついた。
「いてぇだろうが!!!」
「五月蝿いスケベ」
 ひっぺ剥がそうと望実がコンの頭部を鷲掴みにするが、とうのぬいぐるみは一向に離れようとしない。ぽかんとしている彼らの前で、痛いと喚きながらも言葉を吐く。
「やぁめぇろって!! 何で、望実がいんだよ!? 嬉しいけどな! 嬉しいけど、何でだ!?」
 コン自身、望実の核となる玉を手にとり、消滅していくのを直に見ている。彼は、誰よりも彼女の「いなくなった」ことを実感できる場所にいたのだ。
「だ、からっ、離れろって……」
「嫌だ!!!!」
 説明できない。死神らに説明できないように、勿論コンにも、この場で納得のいく説明をすることはできないのだ。何より今は、時間も惜しい。それに織姫を王土に入れることができないことと同様に、コンもまた例外ではないのだ。
 必死に剥がそうとするが、コンははっきりと拒否の言葉を口にした。あまりに真っ直ぐで、四年前を思い出しては、思わず望実の手の力も緩む。
 お互い、改造魂魄という点で同じ立場だった。だから、望実にとってコンは、かけがえのない親友とも言える仲間だった。彼女とて、再びこのぬいぐるみに会うことができて、嬉しくないはずがない。
「―――う、ぇっ、」
「! 夜光!」
 唐突な声に、全員の目が夜光に集中する。
 乱菊の腕の中で、申し訳程度に口許を抑えていた彼女の口の端からは、微かに唾液のようなものが零れている。顔面も蒼白で、生気を感じない。
 猶予が無い。それを感じたのは、この場にいる全員だ。浮竹が頷き、望実に視線を戻す。
「九条、仕方がない。その黒崎一護の義魂丸も、連れて行こう」
 妥協案に、望実がぎょっとする。王土の神経質さは、彼も知っているはずだ。
「大丈夫なのか?」
「九条自身も、元々は改造魂魄だ。人間と違い、一応の例はある。勿論王土に入るにあたって、厳しい検査があることは違いないが……」
「へん! 厳しい検査だろうが何だろうが、あの変態科学者のとこにいた俺様だぜ!? 何でも受けてやらぁ!」
 望実にしがみついたまま豪語するコン。言い出したら聞かないのだ、この馬鹿は。
 呆れた様子で望実も溜息を吐くと、首元についている、出来損ないのライオンのストラップに気付いた。手に取り、えいと引っ張って外してやる。
「んお?」
「これ、私のだ。返してもらう」
 会えて、嬉しい。
 漸く、それが伝わる様な笑顔をふわりと浮かべ、ストラップを握り締めた。コンも嬉しそうに表情を緩めれば、気恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 さて、と気を取り直し、望実はコンを肩へと移動させると、両手を前に突き出した。彼女の腕を這うように、青白い文様が踊り、流れる。それは螺旋状の光となって宙に現れ、ルキアら死神全員を取り巻くように舞い始めた。
 足元に魔法陣のようなものが浮かび上がる。と、思った、瞬間。まばゆい光を放ち、彼らは空座町の上空から、消えた。


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