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 どこをどう走ったのか覚えていない。
 八つ当たりのように地面を蹴り、幌馬車の立ち並ぶ通りを抜けて林の中に出ると、エリーザベトは楡の幹に額を押し付け、誰にも見られないようにして泣いた。瞼の裏には先程のおぞましい肉屋の光景が連なり、耳の奥にはエリーザベトを笑う猫たちの声が何度も鳴り響く。
(ひどい、ひどい、みんな嫌い!)
ひとしきり脳内で恨み言を喚き散らすと、頭がぼうっとしてきた。しゃくりあげ、乱暴に涙を拭い、ようやくメルツの顔が思い浮かぶようになると、エリーザベトは惨めな気持ちで地面にへたり込む。
(……メル)
 言い過ぎた、とも思う。初めから彼は「言葉の通じるものは狩らない」と言っていた。逆を言えば「言葉の通じないものは狩る」のだ。そういう種族なのだと、どうして肝に刻んでおかなかったのだろう。心構えさえしておけば迂闊に肉入りパイを食べずに済んだだろうに。
 ――でも、自分は悪くない、と考える気持ちもあった。あんな恐ろしいものを食べる猫たちが異常なのだ、と。
 エリーザベトを呼び止めたものの、メルツは後を追ってこなかった。背後の通りを振り返っても、あの白い毛並みは見つからない。市場の賑わいを離れて閑散とした場所に出ると、自分から逃げてきたくせに、メルツにまで見放されたような気になった。
 彼も狩りをするのだろうか。母親と共に獲物を捌き、調理したりするのだろうか。品良く微笑むあの口元に隠れた鋭い牙で、獲物の肉を噛み千切るのだろうか――。
「案の定だな。市場から逃げてきたのか?」
 背後から声を掛けられ、エリーザベトはびくっと肩を跳ねさせた。今まで気が付かなかったが、中央通りを突っ切ったせいで盗賊たちの馬車まで逆戻りしていたのである。
 買出しに出掛けているのか、イヴェールの姿はない。昼寝でもしていたらしいローランサンが荷台から顔を出し、頭巾の下から見透かすようにこちらを見つめていた。彼も猫だと意識すると再び胃が波打ち、反射的にエリーザベトは口元を塞ぐ。
「っ……」
「おい、まさか肉でも食ってきたのか?」
 怪訝そうにローランサンが馬車から飛び降り、蓋をする手を無理やり退けさせた。嫌々と首を振るエリーザベトに構わず手を引き剥がされ、地面に向けて頭を押される。
「吐くなら全部出せ。胃に残っていると、そのうち腹も下るぞ。元から鳥は肉を消化するように出来ちゃいないんだ。大昔には肉食の鳥もいたらしいけど、猫の手先だって迫害されて、今じゃ草食しかいないからな」
 再び人前で嘔吐するのは屈辱的だったが、胃の中の物を全部出してしまうと身体が軽くなったように感じた。最初は叩くように背を擦っていたローランサンもエリーザベトが大人しく従うのを感じたのか、途中で隣を離れ、馬車から水筒と丸薬を持ってくる。
「飲め」
「…………」
「怪しい薬じゃない。胃の荒れを抑えてくれる」
 エリーザベトはぎこちなく水筒を受け取り、軽く口の中をすすいだ後、目を瞑って薬を飲み込んだ。まだ腹の中は落ち着かなかったが、次第に波が収まっていく。エリーザベトは大きく呼吸を繰り返し、もう一度水を飲んだ後、しゃがんだ膝の上に頬杖をついてこちらを眺めているローランサンに差し出した。
「……ありがとう、ございます」
「別に」
 彼は水筒を受け取って腰を上げ、視線を横に流した。地面に垂れていた長い外套の裾が揺れ、ぱらぱらと細かい砂が零れ落ちる。
「落ち着いたら、あの子猫んとこに戻れ。ここで売られているのは猫にとっては一般的な食糧だ。お前に何を食わせたにせよ、悪気はなかったんだろう。あまり責めるな。ただ、もう肉は食うなよ」
 彼は淡々と語りながら、誰もいない木立に見知った影を追うように、楡の林の向こうを虚ろに見つめた。
 ふと風が吹き、土ぼこりが舞う。揺れる外套の裾がローランサンの足にまとわりついているのを見た瞬間、エリーザベトはふと、彼と自分が同じような仕草で頭巾を押さえた事に気付いた。そして大冬の前とは言え、晴天の覗く気持ちの良い日差しの中、太陽の恩恵を拒むように、すっぽりと外套を着込んでいる姿も同じだと。
(まさか――)
 エリーザベトはまじまじと相手を見上げる。
 鋭さのある横顔。おおよそ子供好きには見えないのに、思い返してみればどうしてかエリーザベトの事を気に掛けている素振りがあった。彼はエリーザベトの視線に気付くと、黙ってこちらを見返す。
 沈黙の中、ぱっとひとつの考えが浮かんだ。 
 身体を覆った裾の長い外套。毛繕いもせず、頭巾すら脱がずに眠る彼。夕食ではメルツやイヴェールが食べていたものとは違う団子を寄越し、羽根繕いの香油や、そして今、薬までくれた――。
「あの……もしかして貴方は、鳥……ではありませんか?」
 ローランサンは表情を動かさない。だが疑問を受け止める彼の瞳の中に微かなさざなみが立ち、暴いてはいけない秘密を掘り当てた確かな手応えを感じた。途端、ぴりりと漂う暴力の気配に身震いする。剣を抜いて切りかかってくる彼の幻影すら見えた気がした。
 間違いない、彼は鳥なのだ。そしてそれは言い当ててはならない秘密だったのだ。
「――…」
 しかし剣は抜かれる事なく、鞘に抱かれたまま木漏れ日を鈍く照り返している。ローランサンは瞬時に高まった殺気を逃がすように、ゆっくりと剣の柄を撫でた。硬い息を吐き出し、皮肉げに口の端を上げる。
「……つっても、もう羽根もないけどな。猫のふりして五年になるが、俺も肉なんざまともに食えねぇ」
 体裁を取り繕うように、彼は静かに肯定した。剣は抜かれなくとも視線で切りかかられた気がしたせいで、なかなか緊張が緩まない。エリーザベトは唾を飲み込み、目まぐるしく浮かんでくる疑問の一つを搾り出した。
「……どうして、猫のふりを?」
「色々あったんだよ。里に帰っても肩身が狭いだけしな」
 事情を話す気はないのだろう。吐き捨てるようにローランサンは答えた。しかし素性を明かした後とあり、同じ種族として懐かしみを覚えているのか、エリーザベトに向けられる空気が僅かに緩む。
「……罪人でなくとも、羽根がなくなればあっちでは腫れ物扱いだ。その点、猫は気楽なもんだ。この程度の誤魔化しで何とかなる」
 彼は頭巾の縁を摘み、指先で弾く。病や戦で羽根を失くした場合でも、鳥の社会では神の加護を受ける資格がなかった為だと白い目で見られるのが常だった。ローランサンの口ぶりからも、彼が犯罪者としてではなく何かしらの不幸によって翼を失くしたのだと読み取れる。
「貴方のような鳥は……他にもいるのですか?」
「さあな。俺は物好きな協力者がいたから盗賊なんて真似で食えてるが、他は知らん。少なくとも会った事はないな」
「……猫の市場を見て……」
「あ?」
「怖くは――気持ち悪くは、なかったですか?」
 尋ねると、何がおかしいのかローランサンは声を出さずに笑ったようだった。外套の隙間から覗く彼の喉仏が小さく上下する。
「そりゃ、最初はとんだ化け物のところに来たと思ったさ。だが結局、ここでの異分子は俺の方だ。気持ち悪かろうが何だろうが慣れるしかない。……だが、あんたは別に慣れる必要もないだろう。少しの間、見て見ぬ振りしてればいいんだ。早く群れに戻る事だな」
 ローランサンは馬車に水筒を置きに戻ると、靴の踵で地面を掘り返し、嘔吐物に砂を掛けて隠した。化け物だと言いつつも、猫の世界で生きている鳥が目の前に存在している事が、エリーザベトには奇怪に感じられる。どんな物語が彼の上に襲い掛かったのか気になったが、早く群れに戻れと放り投げられた今、もう詳しくは話してくれないだろう。横目でローランサンがこちらを見た。
「で、あいつんとこに戻んないのか?」
「…………」
「猫にしてはなよっちい感じだったから、そう怖いもんじゃないだろ。あいつといいイヴェールといい、銀猫はどうも女々しい奴が多いみたいだな」
 彼にとっては鼓舞の言葉だったのだろう。だがメルツの事を悪く言われると腹が立った。あんなに誠実で頼もしい子なのに――とまで考えて、そう思えるのならどうして自分は、あんな形で振り払ってきてしまったのだろう、とも思う。
 猫は怖い。自分は悪くない。
 でも。
「……もう少ししたら、戻ります」
「ああ。そうしろ」
 うつむくエリーザベトをそっけなく一瞥し、ローランサンは馬車に戻っていった。風が止まり、陽光に暖められた空気が地面に淀む。楡の木は寄りかかる背を拒むように滑らかで、エリーザベトの外套を擦らせてうずくまった。誰に教わった訳ではないけれど、少し離れたところでがらがらと移動していく馬車の音を聞き、しばらく心を眠らせておけば、やがて折り合いがつくような気がしたのだ
(……昔も、こんなふうにした事があったわ。お兄様に歌を教わろうとして、こっぴどく断られたとき)
 あの時はどうやって諦めただろう。エリーザベトの知る狭い範囲の中でさえ、世界にはたくさんの隔たりがある。
 そうして考えていると、メルツのところに戻ろうと決断するのも、そう長くは掛からなかった。どちらにせよ他に行くべきところもない。彼が側にいないと、風景も色が薄れて温かみがなくなったように思えてきた。
(メルが目の前でお肉を食べなければ、そんなに怖くないかもしれないわ。だって私、みんなが猫についてあれこれ言うほど、野蛮なメルなんて見た事がないもの……)
 言い聞かせるように立ち上がり、砂のついたドレスの裾を払う。改めて礼を言った方がいいだろうかと馬車へ視線を送ったが、ローランサンは再び荷台で昼寝しているのか、入口の布は垂れたままだった。起こすのも悪いので、黙って立ち去る事にする。
(メルは、まだ肉屋さんのところにいるのかしら)
 エリーザベトを追ってこないと言う事は、そうなのだろう。戻る覚悟を決めたものの、あの通りに足を向けるのは気が重かった。できるだけ他の猫たちと会いたくなかったし、拷問部屋のような市場を一人で歩けるほどの勇気はない。
 どうしようかとまごついていると、盗賊たちの馬車の影から砂利を踏みしめて、見計らっていたようにメルツが顔を覗かせた。
「……エリーザベト」
「メル!」
 まさかこんな近くにいるとは思わず、驚いて大きな声が出る。しかし思い詰めたような顔をしているメルツを見て、ぱっと口をつぐんだ。ついさっき彼のところに戻ると決心したばかりなのに、面と向かって尖った耳や長い尾を見ていると、再びパニックの兆候が襲ってくるのを感じる。
 もしかして自分が気付かなかっただけで、すぐに後を追ってきてくれていたのかもしれない。猫はとても静かに走る事ができるし、気配を消す事だって上手だ。エリーザベトの気持ちが落ち着くまで、姿を見せずに待っていてくれたのかもしれない。その気遣いが心苦しいと共に、物陰から様子を探られている自分が狩りの獲物のように思えて、どうしても顔が強張った。かつて鳥が空を飛んでいた獣時代、身を守る為に備えた警戒心が揺り動かされる。
(何か言わなきゃ、何か――)
 メルツは馬車の脇に立ったまま、しばらく動かなかった。エリーザベトが逃げないかどうか確かめていたのかもしれない。彼は足音をほとんど立てずに一歩一歩エリーザベトの方に寄り、大事そうに掌大の布包みを取り出した。
「……これなら君も食べられるかな」
 エリーザベトはびくっと肩をすくませる。メルツが丁寧に布包みをめくると、ころころとした小さな粒が転がっているのが見えた。
「果物じゃなくて種なんだ。あまり味はしなし、ちょっと苦いけど……殻を割れば胚乳が詰まっていて、栄養だけはあるから、もし具合が悪くなければ――」
 語尾が自信なげに窄んでいく。メルツは黙り込み、気まずそうに尾で外套の裾を打った。エリーザベトは恐る恐る尋ねる。
「……さっきの代わりに、買ってきてくれたの?」
 メルツはそれには答えず、困った顔で苦笑するとナイフの柄で種を打ち、殻を砕いたものを差し出した。
 もしかしたら猫は仲直りする時、こうする風習でもあるのだろうか。子猫とは言え配慮の行き届いた彼の事、あんな事があった後だと言うのに食べ物を持ってくるのは奇妙だった。何かを試されている気分になる。エリーザベトは意味を測りかねながら、おずおずとそれを受け取った。
 迷った末に口へ運ぶと、旨味のない、質素な味が唾に絡む。何の調理もされていない為、噛み砕いているうちに渋みが増した。胃の中に何もない今だからこそ食べられたが、そうでなければ何の面白みもない味である。
「……五年前の大冬の時、僕と母上は、こればかり食べていたんだ」
 エリーザベトが租借しているのを見守りながら、メルツが静かに切り出した。
「君たちほどじゃないけれど、縄張りの許す範囲で南の方に移動したんだよ。それでもひどい吹雪で、普通なら冬は狩りの季節なのに、兎も、狐も……獲物なんて一匹も見つからなかった。川も凍ってしまって釣りをするのも大変だったし、秋の貯えもなくなって……雪をかぶった木の皮を剥いで煮汁にした事もあったよ。この種は枝にいくらか残っていたから、母上が採ってきて、火で炒って食べたんだ。僕は今より小さかったけれど、あまり美味しくなかったし、ひもじくて仕方なくて、随分泣いたよ。でも他に食べられるものは何もなかったんだ。恵まれた場所で食糧を蓄えて、縄張りも関係なく南に渡っていく鳥の群れが羨ましかった。……エリーザベト、僕たち猫はね――」
 メルツは初めて屋敷に訪れる家庭教師のような慎重な面持ちで、エリーザベトの足元のあたりを見下ろした。強い口調にならないように抑えているのか、耳の先がひどく強張っている。
「神様から香りを操る術の他に、とても丈夫な身体を貰ったんだ。高いところから落ちても平気な背中や、一日中荒野を走り回れる脚を。でも神様から貰った身体を元気なままで保つには、とても栄養が必要で、荒野で取れるような木の実だけじゃ追いつかない。特に冬は草木も枯れてしまうから、もう、本当に……何もないんだ」
 のろのろとエリーザベトは顔を上げる。彼の声音には、誤解のないように繰り返し言い方を考えてきような真剣さと臆病さがあり、それがかえって安心できた。先程怯えてしまったのとは反対に、害をなすものではないと本能的に分かる。エリーザベトを言い負かすためでも叱る為でもなく、ただ彼は肉を食べる事の意義を――ただ残酷でない事を伝えたがっているのだ。
「……だから、狩りをするの?」
「そう。そして狩りをする以上、僕らも狩られる時がある。魔物だけじゃなく、熊や、狼や、それこそ蛇なんかに。母上はそれを『巡り合わせ』だって言う。種族と種族が出会う事は、本来なら自分たちの在り方を貫く為の戦いなんだ、って。君たちの渡りの為に生け捕りにした六本足の魔物だって、たまたま香りで大人しくさせる事ができるだけで、渡りが終わった後は巣に返すんだ。馬とも仲良くするけれど、一緒に生きる為であって、食べる為ではないんだよ。言葉の通じるものは食べないし、狩らない。それが掟なんだ。だから……本当の事を言うと、僕には君たちのしている事の方が残酷に思う時がある」
「え?」
「君たちは食べる為に、最初から草木を育てるから。巡り合わせでもなんでもなくて、その為だけに――。君たちが品種改良した苗は凄いけれど、自分たちの都合のいいように命の在り方をいじる事が、何だか怖いんだ。猫は戦って命を勝ち取るけれど、君たちのやり方じゃ、まるで草木から花や実を騙し取ったみたいに思えて。……花は一体君たちの歌を聞いて、どんな気持ちで咲くのかな」
 思いがけない言葉に、エリーザベトは愕然とした。
「違うわ、私たちのしている事はそんなひどい事じゃ――!」
「うん。別にそんなつもりじゃないんだろうなって分かってる。ただ、僕は木に成った実を食べたり、薬草を摘んだり、そこにあるものを採る事しかしないから、何だか馴染めないだけだよ」
 彼は睫毛を伏せ、躊躇いがちに言い添えた。
「……僕たちが今回の渡りに加わったのは、ヴェッティン家の薔薇のように改良した苗が欲しかったからだって、前にも言ったよね。僕たちの考え方には反するけれど、効果の強い薬草があれば、何かあった時に助かるからって、母上が決断したんだ。本当は渡りの護衛に加わるのは……猫たちの間で、あまり良いイメージじゃないんだよ。狩りの腕に自信がなくて、楽に食糧を手に入れる為に鳥の施しを受けた猫だって思われる」
 メルツはそこで息を吐く。言いにくい事を一通り打ち明け終わって、ふと我に返ったような沈黙があった。エリーザベトの反応を待っているのかもしれない。何も言えずにいると、彼は出し抜けに、ふっと柔らかく微笑んだ。
「でも、ごめんね。何を知らずにパイを食べさせちゃったのは悪いと思っているんだ。鳥って全然肉を食べられないんだね。……僕たちって、本当に違う生き物なんだなぁ」
 エリーザベトは瞬きも忘れ、相手の表情に見入る。最後の言葉に込められた穏やかな空気や、しみじみと眉を下げ、本当に仕方なさそうに笑ったメルツの笑みが、切ないほどに綺麗で。異なる種族の自分たちが一緒にいる事を面白がっているような、けれどどこかすっかり諦めているような、胸に迫る微笑みで。
 その顔を見た途端、すとんと、エリーザベトの視界も開けた。
 まだ頭の中はごちゃごちゃしていて、物事をどう考えればいいか整理しきれていなかったけれど、彼がこうして笑いかけてくれている事が、とても、尊いと思った。憑き物が落ちたように猫への嫌悪感が和らぎ、ただただ、彼の事がとても好きだ、と。
「ごめんなさい……私、やっぱり、お肉を食べる事がどうしても怖いの……」
 胸の中が一杯になって、エリーザベトはつっかえながら、思いの丈を打ち明けようとした。メルツがこちらを見つめ、エリーザベトの想いを拾おうとする。何だか目の奥が熱くなって、慌てて目頭を押さえた。
「お肉を狩って食べる猫の事も、とても怖い……一緒に自分まで食べられたような気持ちになるから。でも、メルの事は嫌いになりたくないし、メルにも嫌われたくないの」
「……うん」
「こんな考え方、凄く我が侭だわ。でも、どうすればいいか分からないの。メルを許したいし、許されたいけれど、でも――」
「うん。そっか」
 メルツは神妙な顔で相槌を打った。
「僕もね、今までの生き方を悪く思われるのは、やっぱり悲しいし、悔しい。でも、エリーザベトとは仲良くしたいんだ。とても礼儀正しいし、羽根も素敵だもの」
「……私と、仲直りしてくれる?」
「最初からそのつもりだよ」
 ぴん、とメルツの尾が立つ。彼は目に見えて安堵した表情になり、明るく口調を崩した。
「それに、僕らのどちらかが間違ってた訳じゃないんだ。ただ猫が猫らしく、鳥が鳥らしくしただけだもの。春の花は冬に咲けないし、冬の花は夏に弱い。きっと、それと似たようなものなんだ。これからも僕は肉を食べてしまうけど……君の具合を悪くさせて、本当に悪かったと思ってる。せめて最初に何の食べ物か言うべきだったって」
 ごめんねと彼は繰り返し、仲直りの印のように
エリーザベトの手を取る。その仕草に猫式の挨拶をしてくれるのかしらと考えていると、彼の顔が目の前にまで迫ってきて、額を重ねた後、すり、と互いの鼻を軽く擦り合わせた。
「〜〜〜っ」
 エリーザベトは息を呑み、熱い物に触れたようにメルツから顔を離す。
「い、今のも猫の挨拶なの?」
「うん。とっても親しい猫とやる挨拶」
 メルツはごろごろと喉を鳴らす。雲の向こうで雷が走るような音で、普段のエリーザベトならば喉の奥からそんな音が出るなんてと驚くほどのものだったが、今ばかりは気にならなかった。鳥ならば親子や恋人でなければ取らないような距離に彼の顔があったのだ。動転しない方がおかしい。
(……キス、されるかと思った)
 それでも親密な様子で喉を鳴らしてくれるメルツの事が嬉しくて、もし私達が同じ種族だったら何の抵抗もなく受け入れられるのかしら、と考える。自分が猫だった場合は上手く想像できなかったが、もしメルツが鳥だったら目が覚めるほど綺麗な羽根なのだろうなと、そればかり鮮明に思い浮かんだ。





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