レーゾンデートルと踊る為.1









 何よりも目的が必要だった。育った故郷も、愛した者も、両手から一瞬にして零れてしまった今となっては。
 罪悪感は胸を裂き、喪失感は破滅を願わせる。
 だからこそ、まだ死ぬわけにはいかなかった。自分の魂が愛する少女と同じ場所に召されるとは思えない。それが背中に灼きついた、永遠の責め苦である以上は。
 目的が欲しかった。復讐しか願えないほど、自分には何も残されていなかったのだから。
 そうして生きて、きた。







* * * * * * *





 北の風は凪いでいる。教会の尖塔の向うには、白揚樹やプラナラスに囲まれた赤い屋根の村々と、草を食む羊たちが丘の傾斜に移動しているのが見えていた。古いロマネスク教会を横目に歩いていると、かつてブルゴーニュ公国の領主たちが住んでいた館に行き着く。
「…………」
 品の良い屋敷は夕暮れの薔薇色に染まっており、思わずローランサンは掌で斜陽を遮った。指の隙間から零れ出る血色の光が、火の粉のように容赦なく瞼の上に降り注いでくる。
「どうかしたのか?」
 その仕草を見咎めて、隣に立っていた青年が問いかけた。妙に察しのいい奴だと舌打ちし、ローランサンは無愛想に首を振る。
「いや、何でもない。眩しかっただけだ」
「まさか怖気づいたのかい?」
 揶揄するように笑う脇腹を小突いて黙らせると、相方は大げさに痛がった振りをして肩をすくませた。闇夜では目立つ銀色の長髪を一つに結び、暗い紫色のコートを羽織った青年――彼の正体を、ローランサンは知らない。こんな仕事に誘った以上、互いに探られれば痛い腹なのだと暗黙の内に了解していた。
 二人が初めて出会ったのは、治安の悪い酒場。些か場違いなほど優雅な身のこなしで酒に誘い、共に手を組まないかと切り出したのは向こうの方だ。
 青年の目的は世界最大と歌われる赤色金剛石。女王の名を戴いた宝石は見るものを魅了し法外な値段で買い取られていくが、所有者に不幸を招いては転々と人手に渡る為、一人では追うのが困難だと言う。そこで腕の立つ相棒を必要としており、どこで耳に挟んだのかローランサンの噂を聞きつけて誘いにきたようだった。
 そして宝石が無事に見つかった時の報酬、あるいは交換条件として、こちらがが長年探している《死神》の居場所を教えようと言うのだ。飛び付かない手はない。
 故郷を失ったローランサンは生きる為、既に汚い事も散々している。今更になって痛む良心もない。信用する情報を持っている事、そして決して裏切らないことを確認し、彼らは腕を組んだのだった。
 そして幾つもの町を点々とし、盗賊家業を続けていた二人の前に、遂に求める情報が飛び込んできたのである。
「《女王》の出番は最後の最後──取りを飾る為に登場する。警備は厳重だが、普段は閉じられている最奥のコレクションルームも開放される事になるだろう。それがチャンスだ」
 イヴェールはそう説明した。詳しい日程と警備の情報は揃えられ、ローランサンは昔からのツテを使い、信用できる仲間を数人集めた。その頃にはイヴェールとも遊戯めいた友情も芽生え、仕事抜きでの信頼関係も出来上がっている。
 そして決行の日、実行犯となる二人の青年は美術館を前に、沈み行く夕日を眺めていた。
「………」
 ローランサンは再び掌で光を遮る。赤い夕日を見ると、いつも故郷の最後を思い出した。燃やされた村の風車を、血に濡れた死神の鎌を、そして守れなかった少女の叫び声を。
 その景色を振り払うことは出来ない。それは心の奥まで染み付き、癒す手段がないほど彼の人生を歪めてしまった。忘れることは彼自身が許さない。少女を見捨てて逃げ出した時、熱風に煽られた彼の背中には深い火傷の痕がくっきりと残っている。
 復讐の事まで知っているのだから、青年の方もローランサンの過去について聞いているのだろう。今度は何も言わずに肩を叩き、見ない振りをしてくれる。
 時が昼と夜の曖昧な境界線を描き出す頃になると、夕闇が優しく辺りを霞ませた。
 やがて完璧に夜が訪れ、屋敷に鮮やかな明かりが灯り始める。仲間たちは既に所定の場所で動いてくれている筈だった。
 二人は立ち上がると身なりを整え、出かける準備を始める。青年は襟元のリボンタイを直し、懐から偽造した招待状を取り出すと、からかうように笑いかける。
「へますんじゃないぞ、ローランサン」
「はっ、お前こそな」
 ぱし、と互いの片手を上げて打ち合わせる。ローランサンは青年について何も聞かなかった。唯一つ知り得たのは、イヴェールという名前だけである。その名に相応しく、美術館を見つめる瞳は軽い口調に反して凍ったように厳しかった。



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