レーゾンデートルと踊る為.2









 フロアには楽団の奏でる音楽が流れ、そこかしこで男性客の談笑と、女性たちの絢爛なドレスが咲き誇っている。くるくると中央で踊る人々は人生の享楽を謳歌し、左手の壇上では些か気味の悪い仮面劇が行われていた。上流階級の人々の好む、生と死の競演。
 それを横目で見遣りながら、ローランサンはすっかり辟易していた。着慣れない盛装は息苦しく、会場に溢れる香水と花の香りは頭痛を誘発し、どうにも好きになれそうにない
 現在、彼らはローラン家の人間と言って堂々と侵入していた。イヴェールの方は元から身のこなしが優雅な男だったが、地獄を這いずるように生きてきたローランサンにとって、貴族らしい振る舞いをしろと言われても反吐が出るような思いである。何とか笑顔を貼り付けて体裁を保っていたが、内心では早く仕事にかかりたいとばかり考えていた。そうして早く《死神》に復讐しにいきたい、と。
「そんな顔をしてるから女が逃げるんだよ。シャンパーニュでも飲みな」
 傍らでイヴェールが囁く。使用人からグラスを受け取り、ゆったりとそれを掲げる彼の姿は様になっていた。実際、既にどこかの令嬢とワルツを二曲披露してきたところである。
「余計なお世話だ。お前こそ飲み過ぎるんじゃねぇぞ」
「そんな馬鹿はしないさ」
 焦れるほど時間はゆっくりと過ぎる。イヴェールの長髪が踊る度に左右に揺れるのを見ながら、ローランサンは淡々と時計ばかりを気にしていた。仲間たちの方は上手く出来ているだろうか。決行時刻まで、残り十分を切っている。
 そしてフロアに置かれた柱時計で時間を確認すると、二人は目配せし合った。イヴェールはそつなく踊りを終わらせると、令嬢の手の甲に恭しく唇を落とす。全く気障な男だと感心したが、その役回りは無愛想な自分では出来ないだろうから、適材適所と言う事だろう。ローランサンが見守る中、イヴェールは紳士的に令嬢の手を持ってエスコートしたまま、気遣わしげに顔を上げた。
「そう言えば私の気のせいか、顔色が優れないようですが──お疲れでしょうか、マドモアゼル?」
「あら、そうかしら。少しばかり人に酔ったかもしれないわ」
 令嬢は嬉しげに微笑すると、試すようにイヴェールを見返している。その辺りの駆け引きは心得ているのか、青年は涼やかに笑って言葉を続けた。
「では少し庭の方に出てみませんか?風に当れば気分も良くなるでしょう。そう言えば貴女はここの庭にお詳しいと聞き及びました。今なら早咲きの薔薇が見事でしょう。宜しければ私にも案内して下さいませんか?」
「まあ、名案ね」
 くすくすと笑う彼女の手を取り、二人は自然とフロアを抜けた。ローランサンは距離を取りながら後を着いて行き、人気のいないテラスまで来ると一気に走り出す。睡眠薬を染み込ませた布で令嬢の口を押さえつけると、くたり、と女性の身体から力が抜けた。イヴェールは彼女を支えると、わざとらしく肩をすくめる。
「男女の逢瀬を邪魔するとは無粋な輩だね」
「軽口はいいから仕事しろ」
「それなら、ここに」
 女性の懐から彼が抜き取ったのは、特殊な印で封をされた会員制のカード。舞踏会自体は偽造した招待状で忍び込めると言っても、宝石のある展示室には限られた人間しか入ることの出来ないようになっている。イヴェールは令嬢を抱きかかえると、酔いつぶれてしまったから介抱してくれと使用人に頼み、再びダンスフロアから外に出た。
 既に準備を終えたローランサンと長い回廊を抜けると、カードを見せて展示室に入る。既に客は何人か来ているようだったが、予想していた程ではなかった。《女王》が置かれているのは更に奥まった小部屋だが、そこには厳重に鍵が閉められている。今日は祭のため各所に散らしてあるのか、警備兵の数も片手ほどの人数しかいなかった。
 ローランサンは時計を確認し、丁度いい時間だと部屋の隅に立っている使用人に目配せした。彼らこそ、一ヶ月前から屋敷に入ったローランサンの仲間だ。使用人は「ダンスフロアで最後の演目があるから」と巧みに客人をフロアへ誘導して展示室を人払いする。
 怪訝に思った警備兵が、そんな指示は聴いていないと声を掛けてくると、問答無用でローランサンの右手が風を切った。ぴたりと男の喉元に隠し持っていた剣先を当てる。
「大人しくしていれば怪我はさせない──この意味が分かるな?奥の部屋の鍵は誰が持っているか教えろ」
「浅はかな……!鍵は旦那様しか持っていない!盗賊どもに私たちがくれてやるものなどないわ!」
「そうか、それは残念だ」
 ローランサンは答えを聞くと、用済みとばかりに男を昏倒させた。そして身を翻すと、瞬く間に残りの警備兵たちに斬りかかって行く。躊躇いのない早業は抜きん出ており、彼が黒い剣を振り払うと、大理石の床には赤い華が散ったように血が飛び散った。

 戦闘要員ではないイヴェールは壁際でその様子を見ていた。
 が、微かに顔をしかめる。これでは、まるで《死神》の二の舞ではないか。
「……殺したのか?」
「さあ、どうだろうな。でも警備を任されたほどの奴らだ。たぶん死んではいないだろ」
 やがて全ての邪魔者を薙ぎ払うと、興味なさそうにローランサンは剣を納めた。イヴェールはひっそりと彼の表情を窺う。
 ローランサンの目は血に酔っている訳でも、力に驕っている訳でもない。ただ単純に黒い剣への信頼と、止む事のない復讐心が他を上塗りするほど色濃いのだ。
 イヴェールは不快そうに彼を見遣ったが、やがて諦めたように息を吐く。戦乱で故郷を失くした子供が、生きる為に力を欲したのは無理もない事だ。人形が報告してくれた《緋色の風車》の少年が辿った物語を、彼は既に予想していた。
 仕方のないことなのかもしれないが、やはり胸が痛む。そして、それを利用している自分にも。
「……まあいい。鍵が手に入らなくても、この程度の施錠なら力づくでも入り込めるだろう。最後の仕事だ、ローランサン」
 ちょうど時計の針が十二時を指した頃、荘厳に時を告げる鐘の音に紛れて、彼らは宝庫の扉を蹴破った。








TopMainRoman




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -