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04二人のベクトル


電車に乗るのは久しぶりの事だった。
朝焼けの太陽を眺めながら、ヒスイは小さく溜め息をつく。ディーノとは結局連絡が着かず、基地に戻っている事を祈るしかない。
何をして彼の機嫌をあれほど損ねさせてしまったのか。いくら考えても分からなかった。

ワシントン基地内に入れば、決められた区画にフェラーリの姿はあり彼女はこっそり安堵した。
帰っていた。それだけでひとまず不安は和らぎ、すぐに近付こうとはしなかった。少し落ち着いてから話しに行こう。ヒスイはそのままデスクに向かい、自分のパソコンを立ち上げた。
カメラアイの解像度をあげて目まぐるしく働く彼女をディーノは横目で見遣る。普段と変わらない様子に何とも言えない気持ちになる。
オプティマスに近付き、談笑する横顔。手にした紙の束から仕事の内容だと分かっている。しかし、そのまま再び遠ざかる小さな背中が憎たらしかった。
少しはこちらを見ればいいものを、


『ディーノ、暇なら手合わせしようぜ。』


友人の誘いに視線を向ける。元凶の登場に腕のカッターを剥き出しにすると、ディーノはロボットモードに変形し、少々それを不審に思ったサイドスワイプと共に歩いて行った。
赤い背中を密かに見つめるヒスイの瞳。それが悲しげに揺れるのを見たのは側にいるラチェットだけだった。

仕事に明け暮れていると、時間はあっという間だ。会話のないまま1日は終わり、ヒスイは宿舎の仮眠室で休むことにした。家に戻る時間も今は惜しい。早くアイアンハイドの無事を軍の皆に伝えたい。その為に出来る事は全てやりたかった。
簡易シャワーで汗を流して、ベッドに倒れ込むと彼女は基地内に泊まる事だけメールでディーノの通信回線に送る。返事は期待出来なかったがそれでも伝えておきたかった。何があっても、彼は大切な…愛しい友人だ。
微睡みを漂う。気がつくと何だか肌寒い。部屋を冷たい空気が覆っているのを感じてヒスイは布団から這い出した。開いている窓から入り込んでいる夜風。
記憶にないが閉め忘れてしまったのだろうか。
彼女は目を擦りながら、たしたしと素足で窓際へ向かった。両開きの扉に手をかける。そこでふと、小さな金具が散らばっている事に気がついた。


「…………」


声を出す間もなく、身体が宙に浮遊する。目に見えないが、掴まれる感覚にヒスイはただされるがまま従った。能力としては知っている。実際見た事はなかったが、これは彼の持つホログラフという機能を作動させているのだろう。
努めて心を落ち着かせると、彼女は柔らかく笑みを浮かべる。昨日の事故は胸の奥にしまって。


「…人間の建物は壊しちゃ駄目ですよ。鍵もすぐには直せないんですから。」


手を置く。見えないが、きっと指先。会いに来てくれただけで嬉しかった。自惚れに似た感情が脳裏を掠め、ドキドキしてしまう。彼はいま、どんな顔でこちらを見ているのか。徐々に姿が浮き上がる。思ったよりその顔は近くにあって青の目に捕らわれた。綺麗。誰よりも、その眼は深い光を宿していて、ヒスイは手を伸ばした。

心臓が、必要以上に騒いで痛い。
けれど人一倍プライドの高い彼が自ら会いに来てくれた事に彼女は勇気を出して唇を開いた。


「ディーノさん……もっと、近くに。…お願い。」


届かない手をディーノの顔に伸ばす。彼がそっと彼女を寄せると、ヒスイは赤い頬に優しく唇を寄せた。
暖かな気持ちが胸に満ちる。寄りそう喜びがあまりに幸せで、彼の機嫌を損ねた理由がずっと気がかりだったが尋ねる事はしなかった。謝罪は必要なかった。共にいられる事が何より大切だったから。

***

『…何だか知らないがもう喧嘩しないでくれよ?』

明くる日、珍しく訓練で腕を負傷したサイドスワイプを見ていると不意に彼が溜め息を洩らした。
ヒスイが驚いて目を瞬かせていると、彼は苦笑してどれだけ一緒にいると思ってるんだと溢す。


『あいつの機嫌が悪いととばっちりを喰らうやつが多いんだよ。』

――――――――――
2013 04 13

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