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19君を誘うGhostは


3日前から眺めていたカレンダー。ヒスイは壁時計を見上げ、定時を回っている事を確認すると静かに席から腰を上げた。
車に乗ってアクセルを踏み込み向かう先は、基地のすぐ側にある小さな花屋。店先を彩る暖色系のレースを潜り、ヒスイはカウンターの前に立った。
手持ちは常に決まった額。彼女は釣りの要らない数のコインを机の上に静かに置いて呼び鈴を押した。


「こんにちは、ミセス、頼んでおいた百合の花束を――。」


――淡い月明かりが美しい夜だった。
穏やかな波音が響く浜辺を、ヒスイはしっかりとした足取りで歩く。

ふわり、ふわり。
柔らかな髪が緩やかに風に遊ばれて、彼女は軽く頭を押さえた。花びらに顔を近づけて、息を吸い込む。鼻腔をくすぐる濃厚だが上品な香り。彼女はそれに微かに笑むと、ゆっくり水面へ花束を乗せた。
目を閉じて祈る。時間を忘れるくらい、一人。その間の表情には怒りも悲しみもなく、顎の近くで指を組んだ白い手の彼女はまるで修道女のようだった。


『………誰に祈る…?』


ふと、響いた声に彼女は徐に顔を上げる。
さ迷う視線。それはやがて、鮮烈な赤い姿を捉え、ヒスイの動きは止まった。
何故、ここに――戸惑うが、思い起こせば彼と初めて出会った場所もこの海だった。
静寂と闇が支配する此処を、彼は気に入っているのかもしれない。人気もないし、万が一、来たとしても軍関係者であって大したお咎めもないだろう。

ヒスイは暫く固まってしまったが彼を見据えたまま立ち上がると、静かに一礼した。


「…今晩わ、ディーノさん。…あの、先日は本当に有難うございました。」


真っ直ぐな眼が、ビーグルモードのディーノを見つめる。
フェラーリは何も応えない。しかし、出会った当初のように立ち去れと敵意を当てられもしなかった。少しして彼女は気づく。彼は黙って、質問の返答を待っていた。ライトの光を辿れば百合の花弁。
彼女は水平線に視線を投げると、再びゆっくり唇を開いた。


「これは…忘れない為です。忘れてはいけない人の為に、私は月に一度、百合の花を送っているんです。」
『……。それはニンゲンの為か?それとも壊れたスクラップの為か。』
「え…」
『死んだ将校にオマエはしがみついているんじゃないのか。』


いつになく饒舌に返る声。彼女は目を丸くしてディーノを見やる。彼が地球に来て以来、こうしてまともに対話をするのは初めてだった。彼は常に人との会話を嫌っていたというのに、今夜は一体どうしたのだろう。嬉しい反面、不思議に思う。
彼女が困惑ですぐに言葉を返せないでいるのを肯定と取ったか、ディーノは不機嫌そうに排気を漏らして再び発声回路を開いた。


『…死んだヤツの事なんかいつまでも考えるんじゃねェ。不快だ。』
「…、な」
『そんなモン流した所でヤツは生き返りやしねェ。さっさと忘れ』


―――ダン!
か細い手が、赤いボンネットを叩きつける。ダメージにはほど遠い、そよ風のようなその衝撃。しかし強い視線に、ディーノは思わず先の言葉を無くした。
悲しそうに揺れる瞳に、何も言えない。
彼としてはただ忠告をしただけのつもりだった。――意味のない事だから止めろ。戻らない過去に囚われるな、と。
人間相手に自ら干渉するなど、信じられない事だが彼女を見ていると口に出さずにはいられなかった。
だが、今のヒスイを見るとそれがまるで悪い事をしたような気分になる。理解出来ない感情だった。


「私は…人間には、あなた達のようにメモリなんて便利な機能は備わっていない。だから何かしていないと忘れたくない事も風化してしまうんですよ。

…彼が還らない事なんて知っています。

私の仲間だってたくさん先に逝ってしまったのだから。」


下唇を噛んで、ヒスイは悔しそうに顔を背ける。激情を露わにした彼女の顔をディーノはまじまじと見つめた。基地で見る彼女はいつも冷静で、時折気さくに談笑して。こんな憎しみに濡れた眼などとはほど遠い女だった。
その、稀に見る敵意が今自らに向けられている。その事実に、ディーノはぞくりとした。ロボットモードに変形して、小さな身体に手を伸ばす。
怯んだ彼女が逃げを打とうと、身を翻すが掴まえる事など容易かった。


「…離して!何をっ…」
『フン、弱ェヤツほど吼えやがる。メソメソする暇があるなら、仕事しやがれ。』


喚くヒスイを片手で掴み、ディーノはフェラーリの中へ乱暴に彼女を放り込む。
ガラスに頭を打ちつけて呻いているのも構わず、彼はベルトを巻き付けるとその場を荒々しく急発進した。


「、離して!一人で戻れます…!!」
『…』


一刻も早くこの場から去りたかった。
このままいると、銀色の幻影が暗い海の彼方に彼女を攫ってしまいそうで。ディーノは暴れるヒスイに終始無言で、基地への道を疾走した。
―――――――――
2011 10 28

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