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14Catch you later…


暗い地下水路の脇道をヒスイは一人走っていた。
静寂の中、時折、響いてくる地震のような地鳴り。肩が僅かに跳ねる。
交戦によるものなのか、はたまた単なる車が走行する音によるものなのか、彼女には判別がつかなかった。解らない事が抑え込んでいる恐怖を更に煽る。
異臭を堪え、ヒスイはひたすら夢中で基地の方角へ突き進んだ。

………ピチャ…、ン
ピチャ………カラ、ラ…

不意に、水の流れとは別に何かが落ちる音が響く。
直感的に停まる足。隠れられる物陰もないがなるべく壁際に体を寄せて周囲を伺う。自らの心臓の鼓動がやけに耳について、彼女はぐっと胸を押さえ息を殺した。

――どうか…気のせいであって欲しい。

そう願うが、軍人としての勘は違わず、次の瞬間小さな銀色の玉が排水口から水流の中へ音を立てて流れ込んだ。
あっという間に形成されて行く金属の骨格。それを最後まで見ぬまま、彼女は力いっぱい足元のコンクリートを蹴った。敵は確実に大まかな場所を掴んで追ってきている。
地上のマンホールへ続く梯子がすぐ先に見えて、息を切らしたままヒスイはそれに飛び付いた。


『――…ガガッ、止マ、レ…』


鼓膜を震わせた音を無視して叩き開けるようにマンホールから地上に這い出す。
開けた視界。久しく瞳に飛び込んだ大量の光に胃液がせり上げてくるが、吐く時間すら惜しかった。
彼女はもつれそうな足で立ち上がり、周囲を見渡す。
街中の人通りが多い場所は外れ、背の高い倉庫群が立ち並ぶ寂しい場所。大分、中心街から離れはしたが、未だ基地には距離がありそうだった。


「、……アーシー…」
『他人の心配をしている場合カ?』

「!」


唐突に呼応した声の発信源は、彼女のすぐ側に駐車していた車からだった。
シルバーのメルセデス―――気が動転して気付けなかったが、この場所には到底不釣り合いな代物だ。美しい光沢が酷く不気味で、彼女は壁に力無く背を預けた。

逃げ、…きれない。諦めたくないが悟ってしまった。街でディセプティコンを見た時から感じていた奇妙な違和感が不思議な程綺麗に消える。目の前にいて、そうでないような空虚感。

――彼が、本体だ。

抵抗出来ないヒスイの前にゆっくりとスローモーションで伸びてくるケーブル。首に、手に、腰に。絡むように巻きついてヒスイはぎゅっと目を閉じた。


『…勘違いしているな、女。そんな貌をされると思わず殺したくなる。』
「……え…?」
『怯えられるのは悪くない……が、返答次第ではもう少し死ぬのを先延ばし出来るぞ?』


真綿で首を絞めるよう、絶妙な力加減でケーブルは彼女を圧迫する。
薄く開いたヒスイの瞳の中、ベンツは赤いライトを灯しロボットモードへ変形した。
彼女がただ息を呑んで見つめていると、僅かに口元を愉悦の形に歪めて笑みを作る。覗き込むよう、寄せられる顔。わざとらしく、紳士的に。彼は恐ろしい程優しくヒスイの頭に指先で触れた。


『…サウンドウェーブだ。女、貴様の命と取り引きがしたい。』


深紅の眼に、捕らわれた。
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2011 10 15

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