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10再会、各々の刻


バンが店の前に付けられた時、ヒカルはウタから以前送られていたマスクを着けた。驚いた顔をしたのは掘。貴女戦えるの、呟いた掘に彼女は少し笑った。


「師匠がいいから。多少だけどね。」


叶と別れてからも、体術はウタから習っていた。
きっと今後、必要になる。そう考えて、週に三回程度、イトリが手配をしてくれた空き倉庫で二人は手合わせした。
懸命な彼女にウタは終始、不思議そうだった。


「ねえ、なんで、戦いたがるの?センスはあるよ。けど戦ったってキミ、楽しくないでしょ?店にいれば危険はないのに。」
「分からないですよ。絶対なんてない。いつ、どこで、何が起こるか。それにウタさんに守られて当り前だなんて…そんなの嫌です。」
「じゃあ君は僕を越えるつもりなの?」
「目標ではあります。私がウタさんを守れるくらいまで強くなれたらいいと。」
「…僕を、守る?」


赫眼が見開き、不思議そうに丸くなる。そしてウタは小さく笑った。声に出ないくらいの僅かさだったが、彼は嬉しそうだった。


「そんな事、今まで言われた事ないな。…でもいいね、」


その日の訓練は一際、厳しくて彼女は途中で意識を失ってしまった。

***

「―――…止めて!」


ウタの事を考えながら窓の外を流れる景色を眺めていたヒカルだったが、ふと、見知ったシルエットに声をあげた。夢から現実に引き戻される思いだった。
驚いて董香が振り返る。ヒカルが窓を開けて叫ぼうとすると、それに気付いた相手の方が静かに唇に人指し指を当てた。


「誰だ?」


西尾の呟きにヒカルが答える。


「―――月山観母さん。…習の、お父様よ。」


停車した車のドアを開けて、降りる。漂う血の匂いに戦いの場所が近づいている事を察した。彼女は歩いてきた観母に一礼する。なんと言葉を掛けるべきか迷っていると、そっと、大きな手が彼女の頭に置かれた。


「暫くだね…、君、生きていたのか。」
「…はい…、ご無沙汰…しております。観母さん。」
「再会がこんな時でなければ良かったのだが、…いや、こんな時だからこそ君は此所にいるのかい?」
「…はい。習さんのご友人に今回の事情を聞いて。習さんを…、助けたくて。」
「そうか。…ありがとう、君もまだ習くんが好きなんだね。」


刹那、息が止まった。嬉しそうに微笑んだ観母の顔に、言葉が出なかった。少しの間、月山の屋敷にいた頃、数回だけ彼とは顔を合わせた。
使用人達の多くが良い顔をしていなかったが、観母はヒカルと月山習を見てその関係をあっさりと認めた。


「習くん、本気なんだよね?」
「勿論。遊び半分で、自宅に女性を、それも人間を招くような真似は致しません。」
「…わかった。二人が真剣なら私からは何もないよ。ヒカルくん、ここで何か困った事があれば遠慮なく執事に言いたまえ。執事も喰種ばかりだから不便する事もあるだろう。」
「お心遣いだけ有り難く戴きます。突然、押し掛けて、ご挨拶がついでのようになり申し訳ございません。」
「はは、そんなに畏まる事はない。まだ二人とも若いんだ。間違えながらでも一緒にやってみるといい。」


―――優しい人だった。優しい思い出に、涙が出た。
マスクを外して涙を拭うと、観母は柔らかく目を細めた。


「…綺麗になった。それに強くなったようだね。努力したんだろう。」
「いえ、」
「習くんが逃げる手筈だったヘリが落とされたようなんだ。現場まで、一緒に来てくれるかね?」
「はい。」


マスクを付けて、観母が指示する場所へ向かう。夜の闇に立ち上る黒煙が、不安を募らせた。
近くまで来て、それぞれ車を降り散開する。捜査官達との距離を注意しながらヒカルは月山を探した。
捜査官の死体と、喰種の死体が入り雑じって辺りは凄惨な光景だ。なるべく高い位置から彼女は静かに状況を確認していき、やがて、見知った顔を見つけてしまった。

(…――――叶、くん)

周囲を警戒しながら、一人側に寄る。
あの少し冷たくて綺麗だった瞳は瞼を縫い付けられ、見る影もなかった。身体もぼろぼろだったが、苦しげな表情をしていなかったのはせめてもの救いか。
最早、息をしていない叶の隣に座り込む。涙の流れた痕にそっと触れると、微弱に動いたような気がした。


「叶くん…?」


返事はなかった。冷たくなった手を彼女は取る。


「…あれが…、あの日が最後になるなんて。ねえ、叶くん。嫌われたままでも、君も生きていてくれたら良かったよ…。」


その時、頭上から強い視線を感じてヒカルは咄嗟に建物の影に身を寄せた。
多分、目では追われただろう。そう、確信出来るくらい強い感覚だった。息を殺して走る。…戻らなくては、月山を探さなくては、その思いが交錯し、彼女はポケットの中で震える携帯に気付かなかった。

(………追って、来ない?)

不思議な違和感だった。殺気の混もった視線だったのに、追従してこないなんて。一度止まって、肩で息をする。膝が震えそうになるのを殺して再び走り出そうとすると、がっしりと前から肩を掴まれた。


「、」


一瞬の事で頭がついて行かなかった。
壁に押し付けられた衝撃、続いてマスクをむしるよう剥ぎ取られる。やられた――、最悪だ。しかし幾度か咳き込んで見上げた先には…、敵でなく探していた人物が居た。

(しゅ…う…)

言葉が見つからず、互いに無言で見つめあう。驚きに丸くなる瞳。以前と比べればかなり痩せていたが、彼女の目に映る月山習は相変わらず端麗な顔をしていた。
どのくらいそうしていただろう。近くから聞こえた観母の声に彼女が視線をずらそうとすると、月山はそれを咎めるようヒカルの顎を掴んだ。その、優しい力加減に涙腺が緩みかける。もっと乱暴でも構わないのに、と彼女は思った。


「……習、離し」


言葉を遮り塞がれた唇はかさついていて、彼が血に餓えている事をヒカルは悟った。
食べられても構わない。彼になら。深まる口付けに抵抗なく身を委ねる。しかし、月山習は彼女に傷を付けなかった。
観母がいよいよ近づいてきたのを彼は悟ると、唇を離しヒカルをしっかりと抱え上げた。
彼女の衣服に付いている血を苦々しく僅かに見つめる。


「……残酷な女性だ。君は僕に二度も君を失わせる所だった。」
「…」
「僕の為でも、カネキ君の為でも、二度と危険な真似はしないでくれ。…ああ、約束は要らない。今度は絶対にそうさせるから。」


ああ、そうだ。忘れていた。彼女は無言のまま思った。
彼の愛は重たい鎖のようだった。
それは出会った頃からだ。
だけど、それが全て彼の優しさから来るものだからとても心地よかったのだ。

ヒカルの掌についた叶の血は乾きかけていた。
――――――――――――――――――
2017 07 03

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