×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



09変わらない思い


状況は金木ヒカルの伺い知らぬところでも変化していた。
金木研の写真を見て正気を取り戻した月山が、初めて:Reにやって来た時、董香は平静を保ちつつヒカルがこの場にいなくて良かったと心底思った。この男の独善的な愛は彼女には相応しくない。口を開けば記憶を失っている金木に対しても一方的で、やっぱり好きになれないと董香は再認識する思いだった。


「あたしはあいつがこちら側に戻らなくていい、戻らない方がいい。もし記憶が戻ってあいつに頼るものがなくなった時、此処はあいつが帰る最後の場所だから。

今のあいつを引き戻そうとするのはあんたのエゴよ、月山。」


(ヒカルさん…やっぱりコイツ顔しかいいとこなくない?ウタさんの方がよっぽどまともよ、)


「エゴイストで結構。僕は必ずカネキ君の記憶を取り戻す。もういい、君達はせいぜい此処でダンディズムを気取って見ていたまえ。」


言い捨てて出ていきかけた月山がふと店先で足を留める。
彼は不思議そうに首を傾げながら店内を見渡して、少し落胆した表情をすると今度こそ店を出ていった。
僅かな仕草だったが董香はそれを見逃さなかった。二日前、彼女は此所に来ていた。記憶に染み付いた香りが喰種の嗅覚を刺激したのだろう。
彼女が生きていることを言うべきだっただろうか。少し迷って董香は首を横に振った。月山と再会するかどうか、それは彼女が決めることだから。

この時、既に水面下では月山の足に破滅の糸が絡んでいたが:Reの面々が知るよしはなかった。

***

一方で緩やかに時間は経過していた。琲世と出会ってからもヒカルは相変わらずウタの店で生活していた。珍しく今夜はイトリの所にウタは出かけて行ったので彼女は一人で家の事をしながら過ごしていた。
ふと、気配を感じて裏口の近くへ歩いていく。ウタさん帰ってきたのかな、インターホンのカメラを覗くと、知らない女性が一人立っていた。
まだ少女と呼べる年齢かもしれない。どう見ても人間…ぽい、どう出るべきか考えていると、その彼女はカメラを見上げ口を開いた。


「…こんばんは。ねえ、ちょっと話に出てきてくれないかな?月山君の事でお願いがあるの。貴女にしか頼めない。」


心臓が跳ねた。迷ったが、扉を静かに開ける。
現れたヒカルの姿に、外に居た女性は少しだけ安心したように笑った。


「直接は初めましてだね、金木ヒカルさん。私は掘。月山君の友達だよ。」
「初めまして。…もしかして彼の高校の同級生?」
「そうだよ。今はジャーナリストをしてる。貴女の事は付き合ってる時からよく聞いてた。まさか生きてるとは思わなかったけど。」
「…。彼の友達が何故今、私に会いに?」
「助けて欲しいから。月山君を。彼の家、CCGにバレたの。時間がない。協力して欲しいの。」


炎がフラッシュバックした。あんていくの記憶が蘇る。血の気が引いて、ふらついたヒカルを掘は咄嗟に前から支えた。


「大丈夫?」
「ええ…、」
「お願い、力を貸して。もう好きじゃなくても月山君が死んでもいいなんて思わないよね?」
「…好きよ。習の事は今でも大切な記憶。」


あの頃にはもう戻れないけれど。
ヒカルは悲しげに微笑んで、スマートフォンを取り出した。連絡する先は決まっている。きっと嫌な顔はするだろうが、必ず、助けてくれる。仲間、だから。


「ありがとう、掘さん。知らせてくれて。私に何が出来るか分からないけどまだ間に合うなら力にならせてもらいます。」


似ている、掘はヒカルを見て金木研にそっくりだと感じた。雰囲気が重なるが、顔立ちは一目で姉弟だと解るほどではない。しかし、その仕草や表情は、以前月山の近くに居た金木研だった。


「…弟の友人が手伝ってくれます。今からこっちに車で来てくれるそうなので。少し一緒に待ちましょうか。」
「ありがとう、」
「いいえ。…あの、ひとつお願いがあります。私の事は習に伝えないでいただけますか。まだ伝えていないなら。」
「…月山君にもう会わないつもり?」
「はい。」


静かな決意を秘めて、彼女は答えた。


「私は二年前、習との約束より弟の所に行く事を選んだんです。結果、何も出来ずウタさんに命を救われて今、生活している。習の状態は彼に仕える方に少しだけ聞いてます。本当に勝手ですけど、これ以上、習を混乱させる真似はしたくないんです。」
「…ねえ、月山君は金木研が生きてるって知って、起き上がれるようになったんだよ。月山君には貴方達姉弟が凄く特別で生きる原動力なの。ただ寝てる月山君なんて死んでるのと同じ。ヒカルさんは月山君を寝たきりで今後も過ごさせたいの?」
「…」

「月山君に会って。その後の事はそれから決めればいい。」


月山君は諦めないよ。割りきれない。
だってこの二年、絶望の微睡みのなかでもずっと、貴女を愛していたんだから。
――――――――――――――――――――
2017 06 09

[ 31/36 ]

[*prev] [next#]