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06揺れるベールに惑う


―――知らなかった。
生きていたなんて。彼が記憶を失って生きていることを周りの喰種らが知っていたなんて。ヒカルは愕然として、立ち竦んだ。
長い間、目の届く範囲におらず裏口まで彼女を探しに来た四方からある程度の話を聞いて、自分がなんと愚かしい時間を過ごしていたのか彼女は悔やんだ。探す前から全部を諦めていた。二年前、襲われ破壊された後のあんていくを見て絶望したのを思い出す。遺体は見つからなかったと聞いて、ウタさんと夜、二人で花を寄せにいった。…ウタさんはいつからこの事を知っていたんだろうか。隠されていた事に怒りが沸きかけたが、元より彼とイトリを大した見返りもないのに頼ったのは自分だ。
イトリの実験体になる事から免れたのもウタの庇護があったからに他ならない。感謝こそすれ、彼にあたるのは筋違いだと改めた。
だが、もう籠の中では居られない。
こうしている間も現実は動いている。


「……四方さん、私、帰ります。」
「ウタを呼ぶか?」
「はい。二人で話したい事が出来たので。」


四方は一瞬、ヒカルを見て押し黙った。
時期が来た、そう感じた。彼女が言い出す事は想像できる。同時にウタが許す筈がないと思った。直接的に口には出さないが、彼女への執着は本人が考えているよりも相当に重い。CCGだけが彼女を外に出さない理由ではない。外に向けられた彼女の自立心を奪う事が彼の望みだ。

(可愛いんだ。繊細で、綺麗で。ヒカルを見ていると退屈しないよ。誰かと暮らすなんて煩わしさしかないと思ってたけど、)
(…ノロケか?それは。)
(そうだね。)

淡々とした声で、以前ウタは幸せそうに四方に溢していた。

***

「ウタさん、私、月山さんに会いに行きます。研が生きていた事を知らせに行きます。」


Hysyに帰ってから、ヒカルは対面してリビングに座った。ウタは真っ直ぐに見つめてくる目に沈黙して見つめ返す。はっきり言い出すとは思わなかった。秘密裏に霧島董香と何かするつもりだと考えていた彼は彼女の生真面目さに苦笑する。
少し頭を整理してから口を開いた。


「僕に言わない方がいいと思わなかった?」
「貴方は私をずっと助けてくれた人なので、嘘はつきたくないんです。…でも、だから、研が生きていた事は貴方の口から聞きたかった。そうも感じています。」
「…彼は今、カネキ君じゃないよ。ヒカル。」
「ええ。貴方の優しさは解っています。霧島さんの気持ちも聞きました。私も彼女に同意したい。…あんな風に明るく笑っている研を見るのは本当に久しぶりだった。」


金木研ではない、佐々木琲世を尊重したい。
例え私が分からなくても。
でも、――彼は私の家族なんです。
悲痛な顔をするヒカルにウタはため息をつく。そんな顔をさせたくなかったから話さなかった。綺麗な理由の方は。


「僕は君をそんな風に悲しませたくなかった。
事実を知ることが喜びに直結しない場合もある。」
「…」
「月山君はどうするだろうね。彼は君みたいに理性の固まりじゃないから、予測が付くようでつかないな。」


今、新しい仲間達と生きている琲世君に要らぬ害をもたらすとは思わないかい?
ウタは静かに語りかける。そして腰を上げると、暫く開けなかった引き出しに手をかけた。以前イトリから預かった佐々木琲世の写真。日溜まりのように笑う彼を、ヒカルの前に置くと彼女は凍り付いたように固まった。


「行きたいなら、知らせに行くといい。
でもヒカル、彼は過去を忘れて、今、幸せそうだ。」


追い詰めたいわけではない。
喧嘩をしたいわけでもない。
けれどこのカードは今、切るしかない。
ウタは久しぶりにみる彼女の泣き顔を自分の胸にそっと抱いた。
――――――――――
2017 01 29

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