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05探し求めた君は


「あたし、月山の事はもう終わったんだと思ってた。はっきり言って、ウタさんの方がヒカルさんにはずっと合う……と思ってたし。」
「…、」
「あいつの事は何となく聞いてるけど…、会うのは難しいんじゃない?ずっと家で大学も休学してるみたいだし。一人で乗り込むとか言い出す気なら着いていくけど。」
「!そ、それは駄目。これは…私の我が儘だから。」


珈琲店の二階にある董香の部屋で、温かいココアを手に二人は話をした。四方は今夜はどこかに出ているらしく二人きり。どこかに泊まり掛けで出掛けるのは、ウタの所で暮らし始めてから初めての事で、ヒカルは少し緊張した。
しかし董香の辛口を聞いていると、直ぐに落ち着いた。心なし涙腺が緩む。ウタの家に匿われてから、一人でいてもどこか気が休まらなかった。彼の優しさと緩やかな独占欲が常に隣り合わせで、裏表のない董香の言葉はかつて普通の暮らしをしていた過去を強く思い起こさせた。


「じゃあ暫くでもうちに来て考えてみれば?こっちにいた方がヒカルさんも自由にやりたい事出来るんじゃない?」
「――ううん。そんなつもりじゃないの。今の生活を変える事が目的じゃない。ただ、習が今も苦しんでいることを聞いたら、…それは二年前きちんと別れを言わなかった私のせいもあるから。彼の中で時間が解決しないなら、会いたいの。此処に来たのは相談というか、外の事を率直に聞ける人が他にいなくて…。ごめんね、」
「はあ…もっと気軽に来ていいよ。そーゆー悪いトコそっくりだね。」


董香は溜め息をついて頭をかいた。昔はこの人が弱いなんて思いもしなかった。金木研がいた頃は彼女は頼れる姉で、働く大人で、静かに笑うのが似合う良い面しか知らない女性だった。
月山が彼女に興味を持ってから心配していたがどうして幸せそうで、月山もどこか丸くなったような雰囲気さえあって憧れに似た気持ちもあった。しかし二年前の事件で彼女は変わった。ウタの店で会う時はあまり表だって出さないが、今は何だか迷子のようだ。彼女の中でも恐らく時間は未だ停まったままだったのだろう、董香は思った。


「…ヒカルさんは今も月山が好きなの?」
「……、分からない。でも大切な人に変わりないわ。」
「…ふーん。ま、あたしはあいつがそもそも嫌いだからよく分かんないけど…」
「…ふふ、」


懐かしい気持ちにヒカルは笑った。この二年、金木研と月山習に関する話題は殆んどしてこなかった。忘れたわけではない、忘れる筈もない。
しかし、ウタの前で口に出すのが悪い事のように思えて、彼女は口をつぐんでいた。
董香と話すと、その枷が嘘みたいに軽くほどけた気がした。彼女はその日、ゆったりとした夜を眠り、朝を迎えた。

翌朝、いつのまにか戻っていた四方に挨拶をして、ヒカルは開店前の掃除を始めた。箒を持って店の前を掃く。
朝、外の空気をこんなに堂々と浴びるのは本当に久し振りだ。青い空を見上げる。…前は当たり前だった。朝起きて、電車に揺られて会社に出勤して。色んな人の声や、匂いや、景色を見て。たまに……弟の働く珈琲店に寄るのが少し楽しみで。

漂いはじめる珈琲の香りに今は胸が悲鳴をあげる。
あの穏やかに笑う店主はもういない。
騒々しく罵りあいながらも仲の良かった従業員も。

(ああ、……今日は駄目な日かもしれない)

涙が溢れそうになって一度手を止める。かたん、と手を離れて道路に落ちた箒。近付いてくる気配に気づけないほど彼女は自分の心に乱されていた。


「大丈夫ですか?」


だがその一声で、一瞬にして現実に引き戻された。顔をあげる。瞳に映った手から辿り、目の前にいる人物の顔を見つめた時、彼女は息が止まる思いだった。

「 …――」

にこりと笑った顔は彼女の知る昔の「彼」の顔だった。影のない澄んだ笑み。髪は黒と白が入り雑じり、少しだけその面影は大人びていたが。見間違うはずのない姿を呼ぼうとする。しかし、それは声にはならなかった。


「さっさん!ちょっと待ってくれよ…!」
「ハイセー!」


後ろから彼を追い掛けてきたらしい年若い連れを見て、ヒカルは咄嗟に口をつぐむ。短く礼を言って逃げるように裏口へ隠れた。
箒を受け取る際に少しだけ触れた指先が震える。

……生きて、いた?生きていた…の?
ハイセ?…??
何がどうなっているのか分からない……けど、

夢じゃ、ない。

ハイセ…?違うわ。

あの子は。
彼の名前は…


「研…」


カラン、と表のドアベルが鳴るのにも身体がすくむほど驚く。彼女は暫く動けないまま、四方が探しに来るまで店の裏手で茫然と立ち尽くしていた。

でも――でもあの子。
私がまるで分からないみたいだった…
―――――――――――――
2016 10 26

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