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04嘘の真意に口付けて


ウタの前ではヒカルは努めていつも通り振る舞った。何事もなかったように、彼の帰りを出迎えて笑った。けれど甦ったかつて愛した人は頭から消えない。

(習…――)

部屋で一人になると、彼の事ばかりを考えてしまう自分がいた。今更、彼の為に何か出来る事はあるのだろうか。どうせ死んだ事になっているなら、本当に死んでしまっても世間的には何ら変わらない。

そうだ、私はもう一年以上も前に死んでいるんだ…

じっとしている事が、急に歯がゆく止まらなくなった。情報が必要だった。ウタやイトリに聞くのは何となく気が引けて、ヒカルは霧島董香に連絡を取った。


「…あの、霧島さんのお店に一日泊まってきてもいいですか?」


心を決めた日。彼女はウタに静かに進言した。彼は形のよい指先を止めて、じっとヒカルを見つめる。僅かな沈黙。ウタは目を逸らさないまま口を開いた。


「蓮示くんは一緒?」
「四方さんですか?いえ…、それは聞いてないんですが。」
「そう。…いいよ。最近、イトリさんも暫く顔出さないしね、行っておいで。」
「ありがとうございます。」
「送り迎えは僕がするから。また時間と日にちが決まったら教えてよ。」


あっさりと許可は降りて、ヒカルは部屋に戻った。ほっと息をつく。クローゼットを開けて、洋服を眺める。何を着ていくか考えて、ふと、懐かしい上着に目が留まった。
淡い色のジャケットは、月山習が気に入っていたもので彼女が以前から持つ数少ない衣服の一枚だ。此処に来てから一度も袖を通さず、通す気にもなれなかった。

――僕、ジャケットが似合うヒト好きなんだ。
可愛いよね。

忘れていたのに、忘れようとしていたのに。
時間をかけて、努力して作り上げた壁は壊れようとしている。


「会いに…行かなきゃ。」


彼女はジャケットをその手に取った。

細い背中を見送ってウタは考えていた。もうすぐ彼女と暮らし始めて二年になる。特に問題はない。喧嘩も不満もない。しかし、ヒカルが此処に落ち着くような気は今でも全くしていなかった。
生活に馴れていきながらも、かつての心から笑う顔や、金木研を助けようとしていた行動力が顔を覗かせることはなく、ケージに入れられた借り猫のようだと解っていた。
出掛けたいと自分から口にしたのは初めてではないだろうか。

ピエロ絡みで暫く家を空けている間に何かあったのか。しかし、態度に変化は感じられなかった。普段通りの淡々とした様子で、彼女は日々を過ごしていた。

(…わかんないな。イトリさんなら解るのかな?)

確証のない違和感だけ、確かにあるのに。
ウタは目を細めて、苛立ちと少しの焦りを殺した。

日にちが決まった日の夜、ウタの前に立った彼女は普段身に付けないジャケットを羽織っていた。
明るい色の服をあまり着たことのない彼女、それは珍しく映ったがウタは何も言わなかった。


「じゃあ行こうか。」


彼女の許可を待たず、ウタはそう言うと身体を抱え上げる。強ばった華奢な筋肉が可愛く感じて、彼が笑うとヒカルは赤くなって黙ってしまった。
降ろしてくれと彼女が口にしなかったのは、共に過ごした時間からだ。ウタは優しいが、一度決めると頑固なのも理解していたからだった。
夜の闇を軽く散歩するように彼はビルの合間を駆けた。控えめに彼女はウタの服を握る。しっかり抱いていてくれるから大丈夫だろうが、人間とは格段に違う跳躍力は彼が喰種なのだと改めて知らしめた。


「…怖くない?」
「えっ、」
「気分が悪くなったら言ってね。」
「だ、大丈夫です。ありがとう…ございます。」


反射的に見上げた顔の近さにヒカルは再び、下を向く。動揺の中でも、気付かない筈のない違和感。どうして今日はずっと距離が近いままなのか。ようやくそこで彼女は理解した。

彼も、自分の異変に気付いている。
多分、ほぼ確実に。でも彼は何も聞かない。…いつもそうだった。彼はいつも静かに隣にいて、守ってくれた。切り捨てたとて何らダメージのない自分の事を匿い、大切にしてくれた。

穏やかな日々だった。
離れがたい、返し尽くせない感謝と絆の育まれた二年。

――故に生まれる罪悪感。


「……ウタさん、あの」
「いってらっしゃい、ヒカル。ゆっくりしておいで。」


たどり着いた珈琲店の片隅で、彼女が口を開きかけた時。ウタは彼女を降ろして頬を撫でた。
顔をあげる前に、冷たい唇が頬に当たる。瞬きする間にウタの姿は消えていて感触が残っていなければ夢かと思うほどあっという間の事だった。

信じてくれている。彼は委ねてくれている。
自分がまたウタの元に戻ることを。
ヒカルは涙を堪えて、空を見上げた。

大切な貴方。大好きなひと。
もし、あなたを愛してしまえていたら、私はどんなに楽だっただろう。
――――――――――
2016 10 09

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