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02佐々木琲世


「ヒカルちゃーん!うぉーい、あっそびに来・た・わ・よーォ!!」
「イトリさん、来てすぐ悪いけどヒカルはもう寝てるよ。」
「にゃにぃ〜!?じゃあうーさん、起こしてきてちょうだいよ。」
「駄目。さっき寝た所だから話なら僕が付き合うよ。」


裁縫していた手を止めて、ウタは静かに顔をあげた。その夜、HySyに頬を赤く染めて、アルコールの香りを漂わせながら訪れたイトリは上機嫌でカウンターに座った。
得意気なその顔にウタは嫌な感覚に襲われる。彼女がヒカル絡みで情報を持ってくるなんて今までなかった事だ。たまに泊まりに来ては女子会と称して二人でジャズやらロックやらを流しながら部屋でガールズトークはしていたが。

―――ヒカルちゃんは大丈夫。
だって、あたしもうーさんも居るじゃん?

まるで洗脳するように、イトリは彼女に優しくその言葉を刷り込んでいった。
知り合いは星の数ほどいるイトリだが、周りに置く友人はそのなかでもごく僅かだった。特にヒカルに関しては人間という事もあり、彼女の中でもレアな立ち位置にいて。あまり同年代の女性の喰種と良好な関係を保った事のないイトリにとってヒカルは大切な友であり、嗜虐心をくすぐる玩具だった。


「今日ねえ、実はねえ、ナント!
カーネーキーチ!見つけちゃったんだよねえ♪」
「…」
「あら?うーさん、あんまり反応ない。もしかして知ってた?」
「驚いてるよ。でもそんな気は何となくしてたのかな…」


彼の死体が回収された話は聞かなかったし。やっぱり生きていたのか。氷をグラスの中で回して、ウタはそっと目を細める。漸くヒカルの中から月山習が薄れてきた頃だというのに。彼がイトリに視線をやると彼女は大層、面白そうに笑っていた。


「うーさん、顔怖い。やーね、あたしはいつもうーさんの味方よ?」
「どうだろうね。ことヒカルに関しては僕が手を焼くのを楽しんでるでしょ。」
「ふふ、」


イトリは相変わらず悪戯が成功したようにころころと笑う。そして、赤いネイルを塗った指が取り出したのは金木研が写る写真だった。
最後に見た白髪は今、メッシュのように白と黒が入り雑じり、表情からは影が抜けていた。明るい笑みを浮かべた青年の姿に沸き上がる違和感。ウタは首を傾げる。顔の造りは確かに間違いなく金木研だが、これでは別人のような感覚がした。


「…何なの?これ。」


淡々としたウタの質問に、イトリは写真を持ち上げる。綺麗な形の唇が空気を震わせた。


「カネキチはね、今、喰種捜査官なんだって。名前は佐々木琲世。偽名じゃないわよ。なんと今までの記憶をなくした彼は佐々木琲世としてあたし達の敵側にまわったの。」
「…ヒカルの事は?」
「探してる様子はないみたいだし、完全に忘れちゃってるんでしょうねえ。そもそも金木研だと認識してないから。CCGが金木研の捜索を打ち切っていた背景にはこんな理由があったわけね。」


ウタの中に喜びと悲しみが入り交じる。この家に閉じ込めたヒカルを更に独占できる欲望と、友人のカネキケンを失った悲哀。
でも――まだ終わりじゃない。


「でも…彼、まだ生きてるんだよね。
それって思い出す可能性があるって事でしょ?」


イトリの瞳が棘眼に染まる。琲世が映る写真をウタの前に置いて、彼女は傍にあるワインに手を伸ばした。


「それはうーさんにあげる。ヒカルちゃんにあげるなり、破り捨てるなり好きにしていいよ。」
「ずるいなあ、イトリさん。僕にこれ押し付けるの。」
「どの道、選ぶことになるんだからいいじゃない。この一年、曖昧な関係は楽しんだでしょ?」

「生憎と。僕、この距離イライラするけど嫌いじゃないんだよね。」


だから僕からこの娘を奪おうとしないで。ヒカルが自分から此処を出ていこうとするまでは、彼女は僕のものだ。

イトリが帰った後、ウタは写真を鍵のついた棚にしまう。その夜は静寂が煩わしくて、彼はヒカルの部屋を訪れた。ヒカルの眠る寝台の傍らで佇み、彼は彼女を起こさないよう縁にそっと腰かける。

恋人を失い、家族を失った孤独な女性。
君はそれでいい。

何もかもなくしたそのままで。


「…ねえ、ヒカル。まだ会いたいと思ってる?
最近、君はやっと僕の目を見て笑ってくれるようになったけど…、君はあの時、カネキ君のもとに行かせなかった僕をまだ憎んでいるかな。」
―――――――――――
2016 04 27

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