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21


これは賭けだ。
こうするしか、自分には今、確実な情報を得る術がない。一呼吸置いて、彼女は携帯電話のボタンを押した。


「…こんばんわ。お久し振りです、亜門さん。お分かりになりますか?」
『か――金木さん!?金木ヒカルさんか!?』
「はい。ご無沙汰してます。」


使う事はないと思っていた電話番号。亜門もまた思いがけない時に、彼女から掛かってきた非通知の電話にたじろいだ。
本来なら直ぐに逆探知を掛けるべきだが、今は一刻を争う。急襲を掛ける命の下りたあんていくは目前。…いや、だからこそこのタイミングで彼女は連絡をしてきたのだろうか。
亜門は落ち着くために一旦足を止め、視線を落とした。


『聞きたい事が山程ある。投降する気はないだろうか?』
「…まるで犯罪者扱いですね。」
『事実そうだろう。貴女は今、弟と一緒なのだろう?喰種を匿う事は大罪だ。』
「…そう。亜門さんも研の居場所、知らないんですか。」


意外な返答に亜門は黙って眉を歪めた。嘘をついている感はない。そもそも行方知れずの彼女がわざわざそんな嘘をこちらに与える理由はなかった。
リスクを侵してまで、彼女が電話してきた理由。

それは―――。


『貴女は…金木研を探しているのか?そうなのか!?』
「…。亜門さん。研は…私の、たった一人の家族なんです。喰種か人間かなんてそんなの大きな問題じゃない。」
『…貴女は知らないんだ。喰種は人を殺す。簡単に。奴等にとって人間は食糧でしかないんだ。』
「研の食糧になるなら、私は別に構わない。でも、亜門さん。私はあの子と二人でまだ生きていたいと思っています。」
『金木さん…』
「さようなら、亜門さん。…貴方とはもっと別の出会い方もあった気がしますけど。残念です。」
『待っ』


通話は途切れた。迷うことなく、彼女は電話を切った。隣で親指を立てたのはイトリ。ウタを頼り彼女のバーにヒカルは再び足を運んでいた。


「ばっちり。逆探知出来たわよー。」
「ありがとうございます、イトリさん。」
「…見かけによらず結構、やること大胆だね。ヒカルさん。」


のんびりと呟いたウタに彼女は曖昧に苦笑を漏らす。彼女は月山家を出た後、ウタとイトリを頼った。情報屋だと聞いていたし、一刻を争う中で他に思い付かなかった。

(事が知れたらまた研に怒られるわね…)

でも、それも生きていればこそだ。


「場所はあんていく付近。あちゃー、ばれたかね…こりゃ。どうする気だい?」
「行きます。あんていくに。」
「…死んじゃうよ?運が良くても彼等に捕まる。」
「ええ。そうですね。研を見つけて全部から逃げられたら一番良いんですけど。」


いつの間にか、弟にはたくさん守りたいものが出来ていた。喜ばしい半面、悲しくもある。それで金木研の身が危険に晒され、彼が傷付くなら不用だとすら思ってしまう。きっと自分が行ったところで、彼の剣にはなれない。だが、薄い盾くらいにはなれるかもしれない。


「それでぇ、ヒカルちゃん。貴女はアタシになんのご褒美をくれるのかしら?」
「生きて戻れたら、私をこのまま実験台にして構いません。それでは駄目ですか?」
「…!おやまぁ、」


イトリの反応に彼女は静かに目を伏せる。先の変化、奇跡的に身体能力が上がっただなんて、漫画のように考えてはいない。時期はちょうどこのバーに来た後。恐らく此処で口にした飲食物に何か入っていた可能性が高いと彼女は考えていた。


「…イトリさん、何かイタズラしたの?」
「フフ、カネキチのオネーサンに興味あったからね。OK.それでいいよ。ヒカルちゃんはあの美食家君からアタシのものね♪」


うきうきと嬉しそうに笑うイトリに彼女は小さくため息をつく。自分なんて何の役にもたたないのに。きっと皆、退屈なんだ。世界は酷く退屈で、他人を傷付けたり弄んだり…それで気持ちを紛らわす。心の中で月山に謝りながら彼女は出掛ける前に最期のメールを送った。

――習。貴方を愛してる。
そうして、夜に出ていこうとした時。


「ふぅん?でも…、それって何だかつまらないね?」


ウタの呟きがやけに近くで聞こえた事にヒカルが驚いて振り返る。いや、振り返ろうとした。手刀が落ちたのにも気付かないまま、彼女はその場に崩れ落ちた。
力の抜けた身体を容易く支えたのはウタその人で、イトリは面白そうに唇を歪ませた。


「ウフフ。うーさんになら、アタシの大切な玩具、譲ってあげなくもないよ?」
「それはどうも。でもその前に。イトリさんヒカルさんに何したの?」
「ある人の血を少〜しご馳走しただけよ。まさかたった一度でバレると思わなかったけど。そんなに何か変化があったのかね?」


悪気なく笑う彼女にウタは小さく息をつく。引き留めたのは、ただ何となく。金木ヒカルの持つ独特の柔らかい空気を容易く失うのを想像すると酷くつまらなくて。飼い主の元を離れ迷い混んできた猫を掠めとるのも悪くないかと思ったのだ。


「本当に…君は危機感が足りないね。」


いや、他人を簡単に信用出来る環境で過ごしてきたのはある意味幸せな事だろうか。
闇色の髪を一撫でして、ウタは意識を沈ませた彼女を担ぎ上げた。

その眼に映る世界を終わらせるには、まだ少し早い気がして。
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2015 08 24

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