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18


雨の日は昔は嫌いだった。
けれど、今は好きだ。レインコートを来て傘をさせば外を散歩出来る。ヒカルはため息混じりに携帯の天気予報を見て、ポケットに入れた。

彼女が仕事を辞めて一月。CCGは手掛かりの一つとして、いまだ「金木ヒカル」を調べているそうだ。
色々と気を付けるんだよ。淡々と告げた月山習にもぞっとするものを感じたが口には出さなかった。月山は今や、彼女の恋人であり、金木研の庇護者だ。彼を拒絶することは自然と減っていった。

愛している、とは思う。
だが、出会った当初から力関係は歴然としていて、その思いはきっと純粋な恋情からではない。流されたと言われれば間違いなくイエスだろう。
ヒカルはそっと視線を上げる。ビルの隙間から見える灰色の空。それははっきりしない自分の心のようで彼女はまた傘の中にすっぽりと収まった。


「…あれ。もしかしてキミ…」


雨音に紛れてすぐ隣で、落ち着いた男性の声が響く。肩が跳ねるが、見上げる事はしなかった。これが喰種捜査官だったら。彼女は黙ったまま足早に通りすぎようとするが、軽く腕を引き戻された。
抵抗などする間もなく、ビルの路地に引きずり込まれる。さっきまで歩いていた舗道に傘は転がったまま。普段叶に叩き込まれている護身術も全く披露出来ぬまま両頬を大きな手で包まれて、彼女は息をするのも忘れて固まってしまった。


「…ああ、やっぱり。カネキ君のオネーサン。」
「…」
「駄目だよ。街中を一人でなんか歩いちゃ。彼に迎えに来てもらった方がいいんじゃない?」


奇抜なパンク系ファッションの袖の隙間から見えるタトゥー。かなりの面積で彫られていそうなそれに彼女は内心震えた。サングラスの奥の表情は見えない。柔らかい声色だが、逆にそれが恐怖を煽って『誰…』そう唇を動かせる事が精一杯だった。
ゆっくりと手が離れて、少しだけサングラスがずらされる。棘眼。知らない喰種に出会ってヒカルの頭の中は完全にパニックだった。どうするのが最善か。ぐるぐると出口を探して思考が巡る。


「初めまして。僕はウタ。…怖がらせちゃったみたいだね。」
「…。金木…ヒカルです。」
「うん、知ってる。カネキ君とキミの彼とも知り合いだから。」


薄く微笑むと、ウタは乱れた彼女の髪を整えた。優しい指先に動揺するヒカルは完全に逃げ腰だが瞳は真っ直ぐウタを見据える。その瞳に彼が目を細めた事には気付かなかった。


「近くに友達の店があるんだ。其処に迎えに来てもらいなよ。」
「…いえ。家には一人で帰ります。」
「雨だから平気?でも初対面のボクでも見付ける事が出来たよ?キミはキミが想像している以上に捜索対象として高い位置にいる。」
「…」
「ね?いい子だから大人しくついて来なよ。」


レインコートのフードを目深に被されて、手を引かれる。断る事も出来ず、彼女は従う他なかった。

***

「……ちょっと。ちょっと、ちょっとうーさん!まさかの略奪愛!?」
「何処を見ればそうなるのさ…」
「だって、彼女カネキチのオネーサンじゃない!それをうーさんが連れ歩いてるって事はあのナルシー君からとったんでしょ?」
「偶然そこで見掛けたから声掛けただけ。…ヒカルさん、彼女はイトリさん。この店のマスター兼情報屋だよ。」
「その説明に付け足すならうーさんとは腐れ縁。ま、よろしくね!ヒカルちゃん!」


案内されたバーカウンターで、ヒカルは紹介された女性と握手を交わした。心はしまったな…と感じる。こんな新しい知り合いを作ろうと月山家を出たわけではない。習にいらぬ迷惑をかけてしまうのが彼女は後ろめたかった。


「まあまあ、これでも飲みなよ。で?ヒカルちゃんはあのナルシー君のどこが良くて付き合ってるの?顔?体の相性?」
「ぶっ…」
「きゃはは!なによ、初々しいわねー!」
「…イトリさん、引かれるよ。」
「そんな事ないわよ!いい?何でもオネーサンに相談しなよ?喰種の恋の悩みを聞いてくれる喰種なんてなかなかいないわよ!」
「…確かに。」


久し振りにそんな話題で驚いたり、笑った気がする。出してくれた飲み物を口に含み、くすりと目を伏せた彼女に金木研の雰囲気をみた二人は刹那、目を見合わせた。


「…うーさん、ホントに盗っちゃえば?」
「吹っ掛けるよね。イトリさんは。」


まあでも可愛いひとだとは思うけどね。
―――――――――――――
2015 07 07

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