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17


「――習。私、試したい事があるんです。」


金木研が無事に生還し、少し落ち着いた頃。ヒカルは月山の部屋に彼を訪ねた。大学のレポートを書いていたペンを一旦置いて、彼は彼女の方へ向き直る。少しだけ腕が震えているのに気づいたが、月山は追求しなかった。
このやり取りに少し慣れてきたのも一因かもしれない。


「なんだい?また良からぬ提案じゃなければ喜んで引き受けるけれど。」
「…貴方の血を、少し、私にくれませんか。」


その申し出に月山は僅に目を見張ってから、溜め息をついた。この所、体術の稽古がしたいなど似合わない事を口にするヒカル。いや、理由は解っている。黙って待つ事が耐え難いのだ。その性格は彼女らしいが…しかし、喰種の血まで求める考えに至り出すのは賛同しかねた。
月山は冷静な顔で首を横に振ると、レポート作成の作業に戻った。


「No.許可しないよ。喰種の血を飲む人間なんて聞いた事がない。万が一、拒絶反応が出て死んだらどうする気だい?」
「でも…研は、」
「カネキ君と貴女は別だ。訓練するのは構わないけど、そんなリスクを冒して力を得ようとするのは許さないよ。」
「…」
「君は人間のままでいい。ほら、もうすぐトレーニングの時間だろう?叶が待っているだろうから行っておいで。」


ヒカルはやり場のない焦りに追い立てられていた。弟が急に望まない巨大な力を得て、周りにいる仲間を守ろうとしている。彼の負担は分かち合うと、決めたのに。人間はとても非力で、無力だ。
生まれてから平凡に育ってきた体は、突然鍛えようとしても言うことをきかない。始めて一週間は筋肉痛と嘔吐を繰り返した。
月山は叶という執事を稽古に付けてくれたが、彼も月山から言付かっているらしく怪我をしない程度にしか相手をしてくれなかった。
何度か竹刀を合わせて、吹き飛ばされたが、手加減がありありと分かる彼の太刀にヒカルは不満げに愚痴をこぼした。


「ロゼ君…もっと真剣にやってよ。」
「Dummkopf.習様の物に私が傷など付けられるか。大体貴様は習様の物である自覚が足りない。人間の分際で習様の寵愛を奇跡的に得ているのだ。分布不相応な事に時間を割かず、足りない美しさをより磨く事に集中しろ。」


年若い執事であるこの叶・フォン・ロゼヴァルドはとても口の聞き方が悪かったが彼女は気に入っていた。
叶は人間が嫌いで、不快に思った所は直ぐに口にしてくれる。皆が気を使って優しくしてくれるばかりの中でそれは嬉しい事だった。苦笑するヒカルを叶は冷たい目で見下ろしたが、彼は転んだ彼女を助け起こした。
不思議と不快感の沸かない人間に叶は内心、扱いに戸惑っていた。控えめだが、力強くあろうとするこの脆弱な生き物は叶の知っている人間達とは違っていた。

(私も…助けられるばかりじゃなくて、助けたいの。だから、お願いします…)

そう申し出られた時、思わず、その表情に見入ってしまった感情は気の迷いとして今も固く蓋をしている。主人に愛を注がれる人間。初めはヒカルのその存在すら赦せなかったのに。彼女が傍にいる時の月山習を見てしまうと殺してしまう訳にはいかなかった。


「ロゼ君?」
「…Scheisse.血が出ている。」


腕に食らい付きたい衝動を抑えて、叶はそっとヒカルの傷口を拭う。彼女は習様の大切な薔薇。その花弁を執事の自分が一片でも落とす事は赦されない。それだけの事だと、彼は言い聞かせた。


「…ごめん、ロゼ君。私、自分で」
「私の仕事だ。黙っていろ。」


嗚呼、習様。私は貴女の花が羨ましくて憎い。
絶望の底を知らず、優しく笑うこの女性が私は大嫌いで、殺してしまいたいとすら思うのに、手折る事も慈しむ事も出来ないのがただただ苦しくて。


二人の様子を遠くからカメラレンズ越しに覗く丸い瞳。


「うーん…。タイトルは叶クン、叶わぬ恋に身を浸す。」
「何!?掘…、今、何と」
「もー月山君五月蝿い。」


ねえ、月山君は悪気なく残酷だね。
―――――――――――
2015 05 08

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