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10


言われるままに連れて来られた月山の家は、外観からでも解る位入るのを躊躇われる豪華な洋館だった。門の前で立ち止まると、月山がそっと肩を抱く。
不安に駆られて彼を見上げると、月山は穏やかに微笑んだ。


「気にする事ないよ、ヒカルさん。此処には僕と使用人しかいないから。今はね。」
「し、使用人…」
「後、たまに勝手に上がり込んでくる友人もいるけど。まあ彼女に会ったら仲良くしてあげてくれ。」


――…深くは聞かない事にしよう。
彼が家で何をしようが勝手だ。しかし、『彼女』というフレーズは思った以上に胸を騒がせてヒカル自身が驚いた。意図せぬ処で彼に傾倒していく心に戸惑う。今はそれどころではないというのに。彼女は手入れの行き届いた庭園に所在なさげに視線を投げた。
案内した空き部屋にヒカルを通すと、月山は控えていた喰種に飲物を言い付けた。
そんな事はしなくていい、彼女が言い出す前に月山はヒカルをソファに座らせる。揺れる瞳に自分だけが映っているのは気分が良かった。
髪を撫でて、唇を寄せる。今、彼女を独り占めしている幸福感と少しの不満。友人が女だと告げたのはわざとだったが、やはり、彼女は誘いに乗ってこなかった。


「……さて、何から話そうか。カネキ君が喰種になった辺りから?でも僕が彼と会った時、既に彼は喰種だったから聞いた話になるけどね。」
「構いません。お願い…します。」
「…分かった。」


ヒカルの手は僅かに震えていた。月山が話す言葉に彼女は口を挟む事なく、黙って彼の目を見つめていた。月山は柔くそんな彼女の手を握って、
話を進める。泣きそうなヒカルの顔は金木研の話でしか見られない。
これが自分に向けられる感情であったなら。月山は金木への羨望を自覚しながら彼が今、置かれている状況を淡々と述べた。


「…ヒカルさん。状況からしてカネキ君は恐らく対抗勢力に拐われたんだ。喰種は基本的に粗野な連中が多い。だが、安心したまえ。拐ったという事はまだ利用価値があるという事。僕は自分の予約品を他人に譲る気なんてないよ。」
「…人間から喰種になった研はそんなに珍しいものですか。」
「それもある。けれど、カネキ君の場合隻眼である事の方が価値が高い。喰種の中でも隻眼の喰種は出逢う事自体がまず無いんだ。」


丁度、執事の持ってきたティーカップが二人の前のテーブルに静かに置かれる。月山の方は珈琲だが、ヒカルの前に置かれたのはミルクの添えられたカモミールだった。
丁寧な仕草で月山は銀の器からミルクを注ぎ込み、彼女にそっと渡してやる。


「さあ、飲んで。一息つくといい。」
「あの…、でも」
「僕たちの世界を一度に理解するのは不可能だ。大丈夫だよ、ヒカルさん。カネキ君の事は僕に任せてくれ。」


優しい言葉を並べて、月山はヒカルにカップを握らせる。彼女はおずおずと紅茶を口に含んだが、ほう、と息を吐き出すと半分ほど流し込んだ。唇を歪めた月山の笑みに俯いたままの彼女は気付かない。さりげなく彼女の持つカップを取り上げて、彼はそれをテーブルに置いた。


「つ…、しゅ、習。あの、私にも出来る事はないでしょうか?研の為ならっ」
「…貴女はそういうと思ったよ。でも残念ながら大人しくここにいるのが一番いい。一緒に行くなんて単なる自殺行為だし、ヒカルさんは怪我せずに待つのが仕事だ。だから、」


Good Night.My dear…

まるでその言葉を皮切りにするようくらりと、逆らえない目眩に襲われる。彼女は小さく呻きソファを握り締め、とくとくと早鐘を打つ心臓を押さえた。
視線を上げようとするが身体が動かない。
薬を盛られた事など経験がない為、ヒカルは状況を理解出来ぬままずるりと月山の方へ崩れ落ちた。


「僕を信用している貴女はとても可愛い。」


動かなくなった彼女に口づけて横たえると、月山はジャケットを羽織った。携帯を開いて、表示された番号にほくそ笑む。ディナーのメインディッシュを横取りされるなんて赦せない。
月山はヒカルの頭を一撫ですると、颯爽と部屋を出ていった。


「やあ、これは芳村氏。貴方から連絡とは、何か重要な事でもありましたか?」


さて、楽しくなりそうだ。
――――――――――――
2014 11 11

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