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9


あれからヒカルは考えていた。考えても出ない答えをずっと考えていた。だが、もやもやしていても解決しない。
仕事が早上がりの夕方、意を決して彼女は鞄から携帯を取り出した。研に会いに行こう。何を聞くかは別にしてとにかく彼に会く事にした。
金木研への電話は繋がらず、彼女は出かける準備をしてマンションを出た。もしかしたらあんていくにいるかもしれない。少しどきどきしながら、街を歩く。どうしても月山習の言葉が彼女の心に引っ掛かっていた。

――きっと彼は知っているのだ。
以前、研が、私の前で泣いた理由を。

あんていくの前まで来ると、入口には『close』の札が掛けられていた。そっとドアノブに触れると鍵は開いている。もう開店している時間だが…、そう思いながら扉を開けて彼女はひっと息を飲んだ。
割れた窓ガラス、血塗れの壁やカウンター。
誰の。瞠目したまま店内を見回して、奥に臥している霧島董香をヒカルは見つけた。


「き…、霧島さ…!?」


傍に駆け寄って気付く。酷い怪我をしているのに彼女は眠るように呼吸をしている。ヒカルは震えながら座り込んだ。
今まで感じていた小さな違和感が、嫌な形ではっきりする。不思議に思っていた。月山習の正体を恐らくは知りながら黙認していた理由。――彼女もまた、喰種だったのだ。

(カネキ君には秘密がある。聞いてあげないのが心配りというやつだよ。)

……嘘だ。こんな悪い予感、当たってほしくない。
だって、自分の知る弟は間違いなく人間だった。放心したままヒカルは携帯を取り出す。
最近、登録したその番号を自分から掛けるのは初めてだった。掛ける機会など来ないものと思っていたが。


『……もしもし?驚いたな、ヒカルさんから連絡もらえるなんて。』
「…」
『…どうしたんだい?何かあった?』


頭の中が整理出来ず、電話を掛けたもののうまく唇が動かない。


「…あ…の、教えて…下さい。喰種はどうやって手当てしたらいいんですか?」
『…。今、何処にいるんだい?あんていく?』
「…き、霧島さんが…霧島さんが血だらけなの。け、研の姿もなくて。ねえ、私…私はどうしたらいいの。」
「すぐに行く。何処か安全な場所で隠れていてくれ。ああ…霧島さんには近付かないように。彼女は大丈夫だから。分かったかい?」


涙が溢れる。目の前が暗くなる感覚。目を押さえ、声を殺して泣いた。月山は落ち着いた声で絶えず彼女に呼び掛け続けた。
月山の心はヒカルの身を案じながらも喜びに弾んでいた。今までは自分が求めるばかりだったが、彼女の方からも求めてくれたのは良い変化だ。
気丈な彼女が、今、困り果てている。可哀想だが見るのがとても楽しみだった。

月山があんていくに着くと、ヒカルは青い顔で床に座り込んでいた。仄かに赤くなった目もとに、密かに興奮する。月山は霧島董香に1度視線をやり生きているのを確認すると、ヒカルに近付いて跪いた。


「怪我はないね?」
「…ええ。」
「誰かと接触は?」
「いえ…」
「良かった。じゃあ早く此処を出よう。君は何も見なかった事にした方がいい。」


彼女の腕を引っ張り起こす。よろめいた身体を支えて、月山は颯爽と歩き始めた。
震える肩を抱く。すっかり気落ちした彼女はいつもにも増して密着している事にも気づいていない様子だった。


「…霧島さんなら大丈夫。喰種はとても頑丈なんだ。傷の再生能力も人間とは比較にならない。あの程度なら芳村氏が戻ってからで手当ては間に合うよ。」
「…じゃあ研も無事だと言い切れますか?」
「!」


月山は思わず立ち止まり掛けたが、そのまま歩き続けた。…やはり、もう隠しておく事は出来なさそうだ。少し残念に思う。訳も分からず悩んですがるように見つめる瞳が可愛かったのに。今やすっかり意識は金木研に向いていて月山は眉を顰めた。
ヒカルのマンションに辿り着くと、月山は勝手にクローゼットを開いた。呆気に取られる彼女を他所に彼は手頃な旅行用バックに衣類を放り込んでいく。


「うーん、下着はこれとこれかな。」
「ち…、ちょっと何してるんですか!!」
「何って、暫く僕の家に来るんだから少しは自分のものがあった方がいいだろう?」


止めに入ろうとした彼女に振り返って月山は当たり前のように微笑む。そして状況を理解していないヒカルの頬を撫でて彼はそっと唇を寄せた。


「ひとまず僕の家においで、ヒカルさん。安全な場所で話してあげる。」


もう、戻れないよ。
そんな覚悟はなかっただろうか。
―――――――――――
2014 11 02

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