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「そう言えば、月山さんは何処で働いているんですか?」
「僕?僕はまだ、大学生だけど。」
「…え」
「晴南学院大学四回生。学科も聞きたい?」


思わず手に持ち上げたカップを、落としそうになった。家に入り浸る月山に何気なく問いかけた質問だったが、それは予想だにしない答えで返された。
ぱりっとしたスーツとシャツを着こなす事の多かった彼を、ヒカルは完全に社会人だと思い込んでいた。
(正確には人ではなく、喰種だが。)

―――私、学生と寝たの?

目眩がする。そんなつもりはなかったとは言え、彼女は罪悪感に非常に気持ちが重たくなった。
途端にお茶をする気分が失われ、自分の食器を片付け始めたヒカルに月山は不思議そうに首を傾げる。


「…変な事をヒカルさんは気にするんだな。年下は趣味じゃなかったかい?」
「違うわ…、そういう意味じゃなくて」
「そんな些細な事を気にする前に、僕が喰種だって事の方が一般的に考えれば大きな弊害だと思うけどね。」


明るく笑って本に視線を落とす月山にヒカルははた、と動きを止めた。それはそうだ。ただ、彼女としては付き合っているつもりなど無いが、すっかり居着いてしまったこの男をどう扱うべきか考えあぐねていた。


「…ねえ、あの。月山さん。」
「だから習で構わないよ、ヒカルさん。いい加減命令する前に名前で呼んでくれないか。」
「私、研とここで暮らそうと思ってるんです。」


その言葉に今度は月山が固まる番だった。本から彼女に視線を移すと、暫し言葉なくキッチンへと歩いていくその姿を見つめる。
月山に話した内容は彼と知り合う前から考えていたことだった。一人立ちして生活も安定してきたし、今まで面倒を見てやれなかった分傍で力になってやりたい。今さら研の親代わりになれるわけではないが、彼女はそうありたいとずっと考えてきた。
かたん、音がして流し台から顔を上げる。いつの間にか隣に来ていた月山を見上げると、彼は蛇口を静かに閉めた。滴が一粒落ちる。
無表情な横顔に思わず後ずさるが大して距離は開けられない。俯きかけた顎を持ち上げられて、ヒカルは黙って彼を見つめた。


「それは許可しないよ、ヒカルさん。カネキ君がいくら貴女の弟でも彼も男だ。」
「な…、何で…貴方の許可が必要なんですか。此処は私の家なのに。」
「なら僕の家に監禁してしまおうか。」


物騒な言葉に震えると、月山は僅かに微笑んだ。頬を撫でる手つきは優しいのに醸し出す雰囲気は恐ろしい。まるで噛み付かれたあの夜のように。


「ねえ、ヒカルさん。君はカネキ君の事をどれくらい知っているんだい?」
「え…」
「いいよ、試しに聞いてみるといい。僕が反対する以前に彼は君と暮らしたいなんて思わない筈だ。」
「……どういう意味ですか?月」
「習だよ。」


長い指が首もとに加減されて、食い込む。
ひゅ、と恐怖で喉が鳴いた。


「…自分で言うのもなんだけど、僕、とても気は長い方なんだ。でももう待てない。流石に貴女は焦らし過ぎだよ。」
「や、め……し、習、やめて…」
「…、やっと呼んでくれたね。」


そっと唇に口づけて月山は彼女から手を離した。穏やかに細まる瞳にヒカルは怯えながらも戸惑いを募らせる。これ以上、彼との距離を縮めるつもりなんて毛頭ないのに。相手は彼女の意思などお構い無しに近付いてきて拒否が出来ない。彼女が困ったように身体を反転させると月山はそのままヒカルを抱き締めた。


「…ヒカルさん、カネキ君には秘密がある。それは貴女にはきっと知られたくない事だ。今まで話していないのがその証拠さ。」
「…」

「聞いてあげないのが心配りというやつだよ。」


何も心配いらないから貴女はこのまま僕と過ごしていればいい。
本来なら甘い筈のその言葉は彼女の耳を上滑りして、ヒカルは晴れない心のままただ弟の顔を思い浮かべていた。
―――――――――――
2014 10 22

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