×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



強敵は宝箱の中にも


※一部、マルコ要素あり。


目が覚めたら、そこは狭い部屋のベッドだった。
息を吸うと、焼けた喉がズキズキと痛む。
遡る記憶の最後は火拳のエース、その人の顔。
船に乗れと言われた事を断り、彼からひたすら逃げていたが―――…ヒスイはまだはっきりしない意識の中で、毛布の波から抜け出した。

多分、拐れたんだろう。足下の感覚でここが船の中だと悟る。木製の廊下に手を這わせ、壁伝いにゆっくりと歩く。やんわりと差し込む光。窓ガラスの向こうに見える海の色からどうやら朝であるらしき事が分かったところで、彼女はその場に膝をついた。

みず、水が欲しい。


「…すみません。水を…」


近くに来た気配に、声をあげかけて、その酷さに驚いた。慌ててヒスイが喉を押さえると人影は静かに膝をつき彼女を一瞥し納得したよう頷いた。


「…成る程。あんたヒスイだな?」


名前を聞かれ、戸惑いながらも彼女は恐る恐る首を縦に振る。気分の優れないヒスイが座り込んだまま動けない事を悟ると、彼は深い溜め息をついた。


「…ったく、あの馬鹿。相変わらず加減の分からねェ奴だよぃ。」


そう呟くが早いか否か、男は彼女を抱え上げた。
一瞬、彼女は身を強ばらせるが穏やかな笑みを向けられて大人しく口を噤んでしまう。


「大丈夫だ医務室に連れてく。水もちょっとだけ我慢しろよぃ。」

***

「ヒスイ!!」


連れて来られた医務室でヒスイが横になっていると、少しして乱暴に扉が開いた。
蹴破る勢いで飛び込んできたエースは息を切らしながら、彼女に大股で近づいてくる。
サイドテーブルに置かれた空のコップが目にはいる。彼は酷く心配そうに彼女の顔を覗き込むと、そっと布団に手を置いた。


「マルコに聞いた。悪ィ…俺のせいで喉、痛めさせちまったんだってな。」


マルコ。知らない名だが恐らく先程の男性だろう。
医務室に連れてきてくれるなり、ふらりとどこかへ行ってしまったがどうやらエースを呼びに行っていたようだ。
ヒスイはエースに大丈夫だと伝えながら、小さく息を吐き出した。


「……ここは貴方の母船?」
「ああ。白ひげ海賊団本船モビーディック号だ。」


彼女の問いにエースは自慢気な屈託のない笑顔を向ける。彼の笑顔とは反対に、胸に落ちる影。
本当に…攫われてきてしまったのだ。
哀しげに俯いたヒスイを見て、エースは明るい笑顔を引っ込め、暖かな掌を彼女の額に置いた。


「悪かった…けど分かれよ、ヒスイ。」


ここは安全だ。一人でいるより、ずっと。
真摯な声で告げられる台詞。
無理やり連れて来ておいて何を、と。心底腹立たしくあった彼女だが、捕まえられてしまった手前強く言い返す事が出来なかった。
力が無かったから逃げ切れなかった。
この海ではそれが全て。

エースの事は嫌いじゃない。
明るいし、さっぱりした性格は一緒にいてとても楽しい。
ただ、彼女が考えていたよりも彼はずっと頑固で強引過ぎて。ヒスイは抱きしめられたまま、ぎゅっと拳を握りしめた。


「その位にしてやれよい。」


ふと思わぬ所から、不意に助け舟が出る。
鼻腔をくすぐるいい匂い。彼女が導かれるよう顔を上げれば、淡く湯気立つトレイを手に乗せて、マルコが入り口に立っていた。
彼が遠慮なく歩み寄り二人の居る隣のベッドにどかりと腰を降ろすと、エースの腕に力が籠もる。
端正な顔立ちを歪ませるのは嫉妬の色。ヒスイはその表情に、心配そうにマルコを見やるが当人には特に気にした様子は見られなかった。


「…嫌に構うじゃねぇか、マルコ。言っとくがヒスイはやらねェぞ。」
「アホ。お前が気が利かな過ぎるんだよい。」


唸るエースの眉間の皺に、マルコは容赦なくデコピンを食らわせる。痛みで思わずうずくまるエース。
その隙に、マルコは彼を引き剥がすとヒスイの方に向き直った。

相変わらず、彼女に向けられるのは優しい表情。
エースを羽交い締めにして戸口の方へ引きずりながら、マルコはトレイを顎で軽く指した。


「粥だ。ある程度冷ましてあるから食えるようなら食うと良いよぃ。」
「離せよ、マルコ!俺が食わせる!」
「お前がいたら五月蝿くて嬢ちゃんが休めねェよい。いいから来い。」


エースを部屋から放り出し、入れ替わりに医務室に戻ってきたナースに対しマルコは一言二言告げる。
彼女が頷いたのを見て、そのまま出て行く彼の背中。
その後ろ姿が完全に扉の向こうに消える直前、ヒスイはまだ痛むが彼の背に声を張り上げた。


「あっ…ありがとう、あの…マルコさん。」


掠れた彼女の声に、マルコは少しだけ振り返る。
大人の色香を放つその流し目。
その仕草に思わず顔が赤らんでしまう。
マルコは彼女を見つめ何も言わなかったが口元を軽く吊り上げて、そのまま静かに扉を閉めた。


「…成る程な。お前が閉じ込めたがるのも分からなくねェよい。」
「は――!?どういう意味だよ、それ!」
「さあな。」


側でギャーギャー喚くエースを笑い、マルコは悠然と歩き出す。
噂に聞く"クロノス"とは程遠い、普通の女性だ。
それもまだ子供のようにも見える。

―――是非、海軍で鬼神と謳われた姿もお目にかかりたいもんがだねぃ。
騒ぐエースを小脇に抱え、マルコは彼の髪を乱暴に撫ぜる。


「おぅ、エース。」
「んぁ?」
「覚えとけよぃ。俺も海賊だ。」


欲しいものは何であろうと頂くよい。
口をついて出るのは悪戯な言葉。
無論、本気で奪うつもりなどさらさらない。
だがそれに青ざめるエースがいて、マルコは可笑しくて仕方なかった。

――――――――
2011 02 03

[ 101/110 ]

[*prev] [next#]