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白昼夢にしておいて


停泊中の島で立ち寄ったある小さな書店。
こじんまりとして古ぼけていた割には、質は良い書物を揃えてあり、彼はログが溜まる期間、足繁くそこへ通うようになった。
男の名はトラファルガー・ロー。海賊として悪名高き青年であるが、陸地で市民相手に暴れたりする事はしなかった。善良な人間とは言いがたいが、少なからずローのポリシーがそこにはあった。

店で医学書を読みふけるようになって、最近、彼は気付いた事がある。三つテーブルがある内の一番隅の端。そこにはいつも同じ女が腰を下ろしていた。紙を捲る細い手首にはログポース。華奢な外見からは想像しがたいが、彼女もまたグランドラインを航海している人間のようだ。
側らにはいつも航海術の本が置かれており、彼女はそれを読み進めていた。

どうして見ず知らずの人間に気取られるのか。
ローは、気づけば目で追うのが文字ではなく、彼女にすり替わっている事を自覚した。

宝を見つけた時のような、じわりと高ぶる高揚感。よくよく観察するようになって気づく。
伏せられた瞳。それは睫毛が影を落としていても不思議な輝きを放っていて、控えめな宝石のようだった。
気づいてしまえば今度はそれをより近くでじっくり見たい欲に駆られ、テーブルを一つ彼は詰める。
縮まる距離。それは肉食獣が獲物を見定め、気配を殺して近づくのに少し似ていた。

あと、少し。
その距離が数日続いたある日。ついに彼女と目が合った。
ぼんやりしていた雰囲気は一変。強い警戒心が露わになる。だが、それでももうローは彼女から目が離せなかった。鈍く輝くエメラルドを既に手中に納める算段はついている。じっと見つめ合う鋭い視線。
静寂の均衡を先に崩したのは彼女だった。

カタン…、
席を立った細い足が一歩踏み出される。


「動くな。」


その一言と共にローは行く手を塞ぐよう、脇に置いた刀を蹴り飛ばした。
動きが止まる。店内に似合わぬ重たい音。
それに、彼女は心底不快そうに顔を歪めた。


「──誰ですか…?私に何か用でも?」


冷静に告げられる一言と、毅然とした美しい視線に彼はたまらず笑みを漏らす。怯えるかと思いきや、逆に彼女は強気だった。その瞳をはっきり見れば見る程、内に潜む欲は掻き立てられる。
タトゥーに彩られた左手が彼女に伸びる。
触れるには遠すぎる間合い。だが、彼には充分だった。


「……"Room"……」
「…ッ、!!?」


その響きは彼女を籠の中に捕まえる。
囲まれた空間に、刹那、うろたえる彼女の姿。
しかし、次の瞬間には既に元の落ち着いた表情に戻っており透明な壁を軽く叩いた。


「……生憎と。私、閉じ込められるの嫌いなんです。」


彼女が呟くと、瞬時に辺りから物音が無くなる。
カウンターから微かに響く、ラジオの雑音。
自らの息遣いすら刹那、ふつり、とかき消えて。瞬きする間に彼女の姿も消えていた。


「………な、んだと?」


瞬時に思考が追いつかない。Roomは確かに発動している。いないのは中に閉じ込めた筈の、小鳥だけ。


「ありがとうございましたー」


店主ののんびりした声と、ローが戸口へ向かったのはほぼ同時。乱暴に開け放ったドアからは眩しいほどの太陽と雑踏が目に飛び込んだ。
ざわめきと、日の光に目が眩む。
細められた目が、彼女の姿を探すが目当てのシルエットは映らない。

叫ぼうにも、名も知らぬ人間。
当然だ。
繋がりはこの書店のみ。

そして恐らく彼女はもうここには来ないだろう。


「──チッ」


獲物を逃がした。恐らくは悪魔の実の能力者。
ふつふつとたぎる感情に、ローは拳を握りしめる。彼の苛立ちとは裏腹に、抜けるような晴天を青い小鳥が音をたてて屋根から羽ばたいた。

雑踏の中で、彼女は小さく一息つく。


「はー、まさかあんな海賊があんな書店で普通に本を読んでるなんて。気を付けなくちゃ。」


でもなかなかの男前だったわね。
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2011 01 03

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