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泡沫の夢


※not固定ヒロイン。↑と同じ幼馴染み主。
過去〜現在。若干、フランキー要素あり。


足取り軽く廃船島へ向かう。
鼻歌混じりに作りたてのランチの入ったバスケットを手に抱えて、彼女は橋下にある小さな造船所の扉を叩いた。


「トムさん!ココロさん!お昼の差し入れ持ってきました!」
「あっ…ヒスイ!ヒスイー!」


現れた彼女に一番に走りよるのは、青髪を逆立てたぱっちり目の少年。タックル紛いに突進してきたフランキーをヒスイは笑顔で受け止めた。


「ヒスイ、今日は何持ってきたんだ?」
「こら、バカンキー。ヒスイから離れねぇか。転ぶだろ。」


じゃれつく彼の首ねっこを引っ張って、後ろから現れたのは昔からの彼女の幼なじみ。
ヒスイが笑うと、アイスバーグもそっと目を細めた。
廃船島にひっそりとあるトムズワーカーズ。
街の人間の中には廃船島をただの鉄クズ置き場のように思っている者もいるが、新しい船命は確かにそこで生まれていた。


「はっはっは…!よし、どーんと昼飯にするか!」


打ち響く金の音が止んで、トムの明るい声が奥から響いた。小さな日溜まりのある明るい庭で、食事をするのがヒスイはとても好きだった。
彼女の隣はいつもフランキーが独占。少々粗暴な面もあるが、船作りを愛しそれを自慢げに話す彼は弟のようでヒスイもフランキーを可愛がっていた。


「ヒスイ、もうすぐ俺の新しい船、また完成なんだ。今度ヒスイも俺のバトルシップに乗せてやるからな!」
「そう。楽しみにしてるわ、フラム。」
「てめェ、そいつを危険な目に合わせたら承知しねえぞ。」


握り飯を頬張りながら、アイスバーグがフランキーを小突く。トムとココロがそれを笑って、たわいない喧嘩を彼女が止めて。自らの信じる師の下で、技術を磨くアイスバーグを側で見つめるのがヒスイにとって小さくもかけがえのない幸せだった。


「アイス。」


名を呼べば、手の届く距離で穏やかな顔でこちらを向いてくれる。ずっとこの距離と関係は変わらないものだと、彼女は信じて疑わなかった。

アイスバーグ―――。
貴方が偉くならなくても、凄い船大工にならなくても、私はただ貴方の側に居られたらそれで良かった。

***

「……ヒスイ、おい!ヒスイ!!」


声に導かれゆるりと瞳を開けばそこには成長し、明るい青髪が昔の面影を残すフランキーの姿。
サングラスを押し上げて身を屈める彼にヒスイは口元に笑みを浮かべた。


「……ったく。こんなとこで寝やがって。
今年も来たのかよ。」
「…ええ。貴方も元気そうで何より。」


やんわりとフランキーに引き起こされ、たゆたう海辺にヒスイは立つ。
あの時のまま、トムさんがいなくなった日のまま時間の止まった廃船島の日溜まり。抱えていた白い花弁を波面に浮かべて、彼女は遠い瞳で過去を見つめた。

幸せな夢の後の、空っぽな心。
自分の腕を掴み、彼女は俯く。


「ヒスイ、その…」
「…分かってるわ、フラム。アイスは今年も来ないわね。」


大きな手にそっと自分の手を重ねて、ヒスイは海に祈りを送った。
カティ・フラム。
二人だけの時しかその名は"あの日"から呼ばなくなった。政府の恐ろしさは身を持って例の裁判の日に思い知った。

あの日を境に、こうして堂々とフランキーと会うのもトムさんの命日だけ。どんどん名を上げ有名になるアイスバーグとは彼よりも更に疎遠になった。

"俺はトムさんの意思を継ぐ。"

だからもう近付くな。そう暗に言われた気がして、彼女はそれから連絡をとることも、近付くこともしなくなった。


「――でも。アイスも今日はこの街のどこかできっと祈ってる…。信じてるわ。」


満ち足りていた日々は失われたが、思い出は消えない。
今もこの想いは通じていると信じたい。
彼女の言葉に大きな手が頭の上に乗っかって、乱雑だがヒスイの髪を優しく撫でる。


「さっさといい男見つけてお前は結婚でもしちまえよ。」
「…ふふ。そうね、貴方達よりいい人が現れたら考えるわ。」


だって仕方ないでしょう?
今でもこんなに貴方達が大切で貴方達以外の事なんて考えられないもの。

私にとって奇跡のようだったあの時間。


「…ねえ、フラム。」
「ァン?」
「絶対、死んでは駄目よ。…約束よ。」


瞳から落ちる雫を隠して、ヒスイは彼に言葉を落とす。
生きていて。それがどんな形でも構わないから。
ほんの少しでもいい。
今日だけは同じ空の下で、共に昔を偲んでくれたら。

(……アンタがあいつを好きでなくなったら、すぐにでもかっ拐ってやるのによ、)

フランキーは頭をかいて、隣に佇むヒスイの横顔を苦々しく見つめた。

―――――――――
2011 04 20

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