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旅立つ君の背を抱き締めて


※not固定ヒロイン。市長幼馴染み主。
エニエスロビー編後。


水面を震わせる汽笛が鳴る。
その音と共にブルーステーションから煌めく水しぶきを上げて街を出て行く海列車を見るのがヒスイはとても好きだった。

アクアラグナが過ぎ去って、街のごたごたからも幾月かの月日が流れた。休日、ホームのベンチに座って海を眺めるのは昔からの彼女の日課。一時期それが中断され、また再開されてから暫く経つ。
波に揺らぐ線路が繋ぐのは春の女王の街セント・ポプラ。美食の街プッチ。カーニバルの街サンファルド。更にはそこから移動機関は増えて、広い世界へ。
まだ見ぬ未開の土地に彼女は思いを馳せながら、本日ものんびりと旅関係の本を読んでいた。


「……ンマー、奇遇だな。」


ベンチの空いたスペースがぎしりと揺れる。
彼女が顔を上げると、ウォーターセブンの顔でもあるその人は俄かに浮かない貌でヒスイをじっと見つめていた。


「吃驚。…お体のお加減はもう宜しいんですか?」
「ああ。もう平気だ。」
「…そうですか。最近、新しい秘書さん…募集が出てましたね。」
「…あぁ、前のは里帰りしたからな。」
「なるほど。それで我らが市長様は今、堂々とこんな所で時間を潰していらっしゃるわけですか。」


冗談混じりに言葉を交わしている内にも次に発車予定の海列車が駅に滑り込んでくる。
隣に座るアイスバーグが設計、管理する夢の船。
若かかりし頃、廃船島で船造りを学んでいた彼は、今やこの巨大な水都の市長。加えてガレーラカンパニーの社長として数多の船大工達を纏めあげている。
こうして側に座っても互いの距離は随分、離れてしまったものだ。
自分は昔から変わらない。両手に抱えられるものは限られているし、彼のような器量もない。平凡で無力な顔馴染みでしかなかった。

(…駄目ね、なんだか今日は考えが卑屈だわ。)

久し振りにこんなに近くで姿を見たせいだろうか。
ヒスイは小さく嘆息すると、ゆっくりベンチから腰をあげた。


「私、そろそろ行きますね。市長さんも…」


―――その先は言葉にならなかった。
突然、痛い位強く手首を掴まれ歩き出したアイスバーグに彼女の足は引きずられる。
明らかに変わった空気にヒスイは困惑と、少しだけ恐怖を感じた。

ステーションの裏側に連れて来られて、顔の両側に手をつかれる。
耳際で響いた大きな音。彼女はそれに思わず身を震わせたが、冷静な表情を努めた。


「…どうしたの?貴方らしくない…何か気に障ったなら謝るわ。」


そう告げてやんわり脇をすり抜けようとするが、彼はそれを赦さない。
自らより細い肩を壁に押さえつけて、アイスバーグはヒスイの鼻先を掠める程の位置まで背を屈めた。
熱を帯びた強い瞳。それに気づけない程子供ではない。


「な、何を考えて…!?やめ―――っ」


焦った拍子に本が落ちる。抵抗するが、いまだ現役の船大工でもある彼に元より敵う筈もなく。背けた顔も正面に戻され、あっさりと彼女は唇を塞がれた。


「、ん…ァ…イス、ッ……」
「いいから黙って俺だけ見てろ。」


やめて、やめて。
誰かの目につけば不要なスキャンダルになる。
私は貴方の足枷になんかなりたくないのに…!

胸を押し上げる恐怖と混乱で、ヒスイは涙を零しながらアイスバーグの胸を押したが、彼の体は離れなかった。
長いキスの後で、力を無くしたヒスイの体を彼は柔らかく抱きとめる。
小さく震える彼女の耳にアイスバーグは唇を寄せ、普段からは考えられない程弱い声を吐き出した。


「…街から…俺から離れていくな。」


俺が市長になってから、お前は俺の名を呼ばなくなった。お前は頭がいいからごく自然に俺と少しずつ距離を置いて行った。


「知ってたさ…いや、知らない筈がない。お前が昔から俺を好きで、離れたのはお前なりに俺を気遣った行動だった事も。だが、街を出る気なら話は別だ。」


俺はお前を手放す気はねェからな。
そこまで聞いて、ヒスイは漸くアイスバーグが変わらず自分を見つめ続けていた事に気づく。
彼は知っていたのだ。自分の意識が変わった事を。
同じ街にいても遠い存在。それでも良かった。しかし数カ月前の暗殺未遂事件で、彼女の心にはある変化が生まれた。ただ近くで過ごすだけで彼の力になれないなら、いっそ島をもう出た方が良いのではないかと。昔の繋がりを調べられて万が一、彼の重荷になるような事があってしまってからでは…。
この分だと住み慣れたアパートも引き払う準備をしていた事も、彼は知っているのだろう。
ヒスイは急に羞恥にかられ、彼の腕の中で俯いた。


「…ンマー、なんだ。ヒスイ、一つだけ聞くが。」


俺のプロポーズ、受けねェか……?
こちらの気持ちも、順序も全部すっ飛ばしてそんな事を云うマイペースかつ強気な彼は昔と何一つ変わらない。
だがヒスイは贈られたその言葉に再び溢れ出す涙を止める事が出来なかった。


「アイス…」
「ん?」
「知ってる?女は質問を嫌うのよ。」


嗚咽の合間で、彼女は答え、彼にぎゅっとしがみつく。
抱きついてくるヒスイに、彼は頭一つ高い位置で優しく目を細めて笑った。


「ンマー、ならお前の望む言葉に変えるとしよう。」


愛する君に過去と未来の想いを込めて。
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2011 04 14

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