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私の王子さま


※not固定ヒロイン。船大工幼なじみ主。


春の日差しが夏のものに変わる頃。
製図と睨めっこしながら、ヒスイは一番ドッグを歩いていた。
製造中の船を入念にチェックしてから、彼女の足は大工職であるカクの元へ。


「カク職長!ちょっといい?」


その声に反応して高い場所でゆらり、影が一つ動いて地上に降りた。
隣で軽く舞い上がる土煙。風圧で何枚か指から外れた紙をヒスイが慌てて追おうとすると、その前に長い腕が素早く伸びた。


「おっと!すまんの。」
「気にしてないわ。わざとでしょ。」
「わはは!」


否定せず屈託なく笑うカク。頻繁にこういった小さな悪戯をする彼だが、その無邪気な態度には毎度怒る気も失せてしまい…ヒスイは差し出された紙を苦笑混じりに受け取った。


「ヒスイにそんな迷惑そうな顔をされると傷付くのぅ。」
「させてるのは誰デスカ!…ま、いいわ。これ、確認して。意見を聞かせて欲しいんだけど」


図面を見せて組木の話に入ると、カクも表情を引き締めて真剣に紙面を覗き込む。
その場で話し込む事、数分。不意に紙面に一つ水滴が零れ、文字と図形が僅かに滲み会話を割いた。


「あっ!すまんっ」


額から落ちた汗をカクが慌てて拭うのを見て、彼女は首を横に振る。
確かに今日は普段に比べてかなり暑い。周りを見れば皆、比較的薄着で作業にあたっていた。
ポケットに入れていたハンカチを差し出すが、汚れるからとカクは断り代わりに一枚上着を脱ぐ。


「どうじゃ?わしもなかなかいい体じゃろ。」
「はいはい。カク職長はいつも素敵よ。」


さりげなく日影に移動してヒスイは彼の軽口に相槌をうった。
カクはそれに不満そうに頬を膨らませたが、どうにもそちらに話を持って行かれても面白可笑しい話題に出来ないので彼女は流すようにしている。
普段ならその程度で終わりなのだが、今日のカクは違った。図面にペンを走らせるヒスイの服を引っ張り邪魔にならない程度に話しかける。


「のぅ、ヒスイ」
「ん?」
「あそこあそこ、パウリーを見てみぃ。」


彼が指差した先。
ヒスイが自然とそちらを向けば見慣れた同期の金髪が目に留まる。彼も暑いのだろう。
いつも着ている青のジャケットを側に放り、上は黄色いタンクトップ一枚。首から掛けたタオルで時折汗を拭いながら、慎重に板を削っていた。


「…?パウリー、何か変?」


特別、普段と変わりなく見えたヒスイが首を傾げるとカクがとん、と腰を指す。
再度、彼に送る視線。そこで漸くヒスイはカクの意図を読み取った。
普段より少しだけ低い位置にずれたズボン。
腰に巻いたベルトの近くから覗いているのは程良い腹筋と―――。


「…カク、サイテー。一応、女子よ!私も。」


赤くなる顔を見られたくなくて、彼女は素早く体を反転させる。
が、カクはにこにこしながら、そんなヒスイの顔を心底愉快そうに覗き込んだ。


「ん?なんじゃ?どうしたんじゃ、ヒスイ。何を見」
「、もういい!用は終わったんだからあっち行って!」


慌てて逃げようとして、しかし掴まれる手首。ずい、と顔を近づけてカクの丸い目が意地悪く彼女を見つめて笑った。


「…その様子じゃとパウリーとはまだ進展しとらんようじゃのう。」
「!!」


無意識に視界の端で揺れる金色を瞳が追う。
困り果てて茹で蛸になったヒスイの頬をカクは指で軽く突っつき、俯いた頭を軽く撫でた。


「あーあ。こーんなに可愛いのに、何でパウリーなんかのぅ。勿体無いのぅ。」


プチン…、彼女の中で何かが切れる音。言いたい事は沢山あったが、大きく息を吸い込むと、ヒスイは一言、ありったけの声を張り上げた。


「パウリー!!カクがハレンチなんだけど!!サボってるし!!」
「あァ!?カク!!てめェはまた仕事中に……!!!」


彼女の声とほぼ同時に途端、飛んでくるロープアクション。

どうしてパウリーが好き…?
どうしてだろう。
理由はこれと言って浮かばないが、仕方ない。
呼べば直ぐに飛んできてくれる、目の前のギャンブル好きな船大工以外私は好きになれそうもないのだから。


「ヒスイ!悪かった!わしが悪かったからパウリーを止めてくれ!」
「…知らない!」


跳ねるカクと追い掛けまわすパウリーを見てヒスイは少し笑った後、彼女は仕事に戻った。
造船所は今日も平和であたたかい。
―――――――――
下手くそなラブソングの裏側。
2011 04 03

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