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08急襲


家の中で目につく所は、片っ端から片付けた。週末、ヴェルゴがドフラミンゴを連れて帰ってくる。その報せが来てから、ヒスイは冷や汗もので用意を始めた。
どうして。なんで。頭の中でその疑問がぐるぐると渦巻く。暫く音沙汰がなく安心していた所に思わぬ爆弾が投下され、テンションはだだ下がりだった。

兄のヴェルゴは昔から淡々としていたが彼女にとっては優しい人間だった。過剰な接し方はしないが、困っていれば助けてくれたし、悩んでいる時は話も聞いてくれた。
だが、彼は友人を家に呼ぶことは一度もなかった。思えば友人と一緒にいる姿もあまり記憶にない。一人でそつなく何でも出来る人だったのに、大学に行って彼は変わった。いや、元に戻ったと表現する方が正しいのだろうか。過去の関係を知る由はないがヴェルゴにとってドフラミンゴの存在が特別だという事だけは彼女は理解していた。
初めてのことで両親だけは喜んでいた。

(……はあ、ローの事だけでも今、頭がいっぱいなのに、)

床にワックス掛けをしながら、ヒスイは盛大なため息をついた。

***

「お帰りなさい、お兄ちゃん。」
「ああ、ただいま。」
「…こんにちは、ご無沙汰してます。」
「おぅ、久しぶりだなァ。ヒスイ。」


帰省当日。彼女は玄関にスリッパを用意して、現れた二人を家の中へ促した。ちょうど母親は買い物で外に出ており、彼女は一人だった。リビングに案内して、お茶の用意を始める。


「お兄ちゃん、飲み物どうしようか?」
「ああ、ありがとう。お前に任せる。ドフィ、二階に荷物を置いてくる。その辺で寛いでいてくれ。」
「ああ、悪いな。ヴェルゴ。」


え、待って。二人にしないでよ。彼女は表面上、焦りを押し殺したが、心の中で叫んだ。今日はいつも間に入ってくれるロシナンテはいない。兄のヴェルゴだけが頼みの綱なのに、彼は自然と階段を上がって行ってしまった。


「…お前、全然、あっちに来ねェじゃねぇか。」
「私だって学校もあるし、こっちの生活だってありますから。」
「そーかよ、」


珈琲を淹れて少し蒸らす。キッチンからドフラミンゴの座るソファをちらりと見ると、彼はぶっきらぼうな声だったが機嫌良さそうに庭を見ていた。
日に透ける金髪。鼻筋の通った横顔に魅入りそうになって首を振る。お茶菓子をトレーに乗せてぎこちなく近くへ寄ると、ドフラミンゴが顔を上げた。


「座れよ。」
「え、…いや、あの」


ひょい、とトレーを取られて机に置かれる。腕を掴まれて少し強く引かれれば、その力に抗う術はなくヒスイは簡単に彼の方へ雪崩れ込んだ。
抱き止めるように回された腕に、体が硬直する。筋肉から伝わるその感触は、感覚的に体が覚えていて彼女は顔を真っ赤にした。

―――そうだ。
ドフラミンゴと、私は。

恋人ではなかったが、昔、幾度か身体を重ねた過去が蘇る。乱暴な言葉とは裏腹に彼は大切に抱いてくれた。だが、それは今生のことではない。前と違う人生を歩むことに彼女は頑なに拘っており、肩に埋まった顔を何とか押し返そうとした。


「…別に何もしやしねぇよ。大人しくしてろ。」
「こ、これでも困るんです、私!」
「何が困るんだ。たまにしか会えないんだ、これくらい赦せ。」


ばくばくと鳴る心臓を押さえて、彼女はハラハラと階段を見る。早く降りてきて、早く。そう願うがなかなか兄の足音は聞こえて来ない。今、ドフラミンゴはただの兄の友人でしかない。こんな抱擁をしたりする関係ではないのに。だが、過去の恐怖が邪魔をして拒否の言葉は喉を通らなかった。
何故、彼が自分に固執するのかヒスイには分からない。ローもにしてもそうだが、今なら違う女性だって構わない筈だし周りにたくさんいる筈なのに、と。


「ドフラミンゴは…私を殺したから、後悔してるの?」
「あん?」
「だって…、分からないんです。貴方がわざわざ離れてる私を構う理由が。貴方が必要としてた能力も、珍しい色だった瞳も、今はもう持ってな」
「関係ねぇよ。」


ぎゅう、とそれ以上喋るなとばかりに抱き締められる。シャツの裾から手が入って直接、腰の辺りを撫でた事に彼女は堪えきれず悲鳴を上げた。
ドフラミンゴは笑って彼女を解放する。からかわれた事を悟り、抗議の声を上げようとすると、不意に顔が近付いてほんの一瞬、唇が触れた。


「後悔なんざしてねぇよ。ただ、今生はもう手離す気はねぇ。…傷付けるつもりも。それだけだ。」


その複雑な笑みはかつてを彷彿とさせながらも、柔らかい雰囲気を纏っていた。彼が放つ壮絶な色気に彼女は固まってしまう。昔からそうだ。彼はどんなに残酷でも抗えない魅力と優しさを兼ねていた。


「…、私は貴方を好きになりたくないんです。」


何とか彼の視線から目を逸らす。ヒスイが気を紛らすように持ってきた菓子に手を伸ばすと、隣の男は気にした様子もなく珈琲を片手に苦笑を漏らした。


「欲しいもんはなかなか手に入らないもんだな、」

―――――――――――
2017 05 08

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