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06接吻


季節が初夏に差し掛かろうとしている五月のある日。気持ちのいい風を感じながら、ヒスイは図書室でぼんやり小説を読んでいた。
四月はただただ慌ただしくて、思いがけない出会いが在りすぎて頭がパンク状態だったが、漸く元の落ち着きを取り戻しつつある。
兄の所に行くのは多くても月に一度と決めた。ドフラミンゴはそれにもの凄く微妙な顔をしていたが、この世界では彼は他人なのだから当たり前の話だ。もっともそんな事はとても口には出来ないので、学校が忙しいからという理由に留めた。

(でも……なんだか懐かしくなる日もあるんだよね、)

ドレスローザの古書室に籠りきりだった日々を、最近、彼女はよく思い出していた。
軟禁に近い状態だったがドフラミンゴは時々、顔を覗かせては食事やら毛布やらを与えてくれた。何も言わず傍で書類を読んでいる時もあった。元々、世話焼きな面がある性格なんだろう。現に今、ロシナンテはドフラミンゴが大好きだ。
とても怖いひとだったが、人を惹き付ける魅力は昔から天性のものがあった。


「…」


うとうとと、そよぐ風の気持ちよさに眠ってしまう。彼女が夢の中に落ちていく時、すぐ傍で分厚い医学書が数冊床に落ちたのだが気が付かなかった。


「―――嘘、だろ。」


呆然と囁かれた呟きは彼女の耳には届かなかった。

***

前世の記憶が戻ったのはちょうど彼が10を数えた時だった。優しい町医者の両親と歳の離れた妹はそれから数年経った今も健在でなに不自由なく暮らしている。
当初は何故、今さらと思った。家族にそんな兆候は見られない。忘れたままで良かったのにどうして不要な記憶が自分だけに戻ったのか。たまに見る白い町の悪夢は彼を悩まし、いつかこの生活が壊れてしまう前兆なのではと不安になった。
そんな心配をしながらも何が起こるでもなく、彼はこの春高校生活をスタートさせた。入学してまだ間もないが、目指す将来を既に見据えている彼は部活より勉強、と足しげく校内の図書館に通っていた。

その日は風が緩やかに吹いていて、何処かで開いたままであろう窓を閉めようといつもと違う席の辺りを彼は歩いた。
中間テストも終わったばかりで館内に人はまばら。やがて見つけた半開きの窓の傍には一人、女子生徒が座っていた。木漏れ日に包まれて、窓際で目を閉じている一人の少女。

「――…」

一瞬、何をしていたか、此処が何処かすら本気で忘れた。目を閉じている横顔には、見覚えがあった。
見覚え、というには語弊がある。かつて忘れようがない程に焦がれた数少ない一人だった。

(ロー、いらっしゃい。紅茶、淹れてあげるわね。)

ドンキホーテファミリーに入り、ドレスローザで出会った彼女。城に軟禁されている彼女の部屋を訪れるのは当たり前の事で、彼女が愛しげに見つめていたコラソンに当時、激しく嫉妬していた。
いつか彼女を自由にしたい。寂しげな横顔で、外を見つめる姿を子供ながらに複雑な思いで見つめていた。

だが、結局。子供だったローは、後に大切な存在になったコラソンも、彼女も、失ってしまった。生き別れたミニオン島での記憶が最後。コラソンを助けようとして、彼女は死んだ。


「ヒスイ」


愛していた、特別だった、目の前から消えてしまった彼女。
あの頃と変わらない。今、目前にいる少女は記憶の中にある彼女のままだ。ローはそっと近付いて観察する。
あの頃は彼女より低かった背は、今では逆になっている。制服を見ると、胸には二年生のブローチが付いていて、この世界では一つしか歳が変わらないのが見てとれた。


「ヒスイ、」


名前を呼んだのは無意識だった。手を伸ばして、肩を揺らす。当たり前のように声を掛けて、ローは目を擦りながらぼんやりと開いた瞳を瞬きすら惜しむように見つめた。


「…ん、」


自分を呼ぶ声に彼女は自然と重たい瞼を開くと、知らない男子生徒が立っていた。てっきり友人の誰かだと思っていたヒスイは彼の顔を見上げてにわかに固まる。

(え、誰…?)

ブレザーには一年生の校章が付いていた。部活に入っていない彼女に親しい後輩はいない。
鋭い眼の、端正な顔立ちをした青年。女子にもてる部類の男の子だな…、そう思ったところで彼女は何故、この人は名前を知っているのだろうかと再度、疑問に首を傾げた。


「ローだ。トラファルガー・ロー。」
「…え゛、」
「覚えてるのか!?」


しまった。ドフラミンゴの時と同じ反応をしてしまい彼女は漏れた声に口を押さえた。
咄嗟に俯くが、顎を掴まれて顔を覗き込まれる。言われてみれば子供時代の面影がある。隈が濃いのも相変わらずだ。ただ、記憶にある小さな少年が突然大きくなって現れたことに彼女は大いに混乱した。


「…え、えっ、ロー?でも子供じゃ…、
いや…、でも、待って、なんでローが、」


震えた声は触れた唇に呑まれた。触れるだけの優しいキスだが、頭の中は真っ白でどうしていいか分からない。離れていかない体温を突き飛ばすことも出来ず、焦点の合わない近さにいるローをヒスイはおろおろと見つめるしかなかった。


「…あんたが好きだった。あれから俺は生き抜いて大人になったけど、…好きだったよ。」
「あ…、うん。あり…がとう。」
「悪い。キス、勝手だったな。」
「…うん、それは、あの、反省してもらえると。」
「はは、ほんとに悪かった。もうしない。」


漸く離れたローにぎこちなくだがヒスイは笑みを返した。彼は小さく嘆息した。


「ずっと引っ掛かってた。あの頃、あんたとコラさんにもっと好きだって言っとけば良かったって。」
「ロー…」
「はあ…。あー、まだ信じられねぇ。」


でも今はもう寂しそうじゃなくて良かった、そう呟いて明るく笑うローを見てヒスイは緩みかけた涙腺をそっと隠した。

(あの頃、君はそんな事にも気付いてたんだね)
――――――――――
2017 04 25

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