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05役得


朝起きると、外はいい天気だった。
パーカーに動きやすい膝上のホットパンツを合わせて、ヒスイは家の扉を潜った。
綺麗めの服装が良いのか迷ったが、元より兄に会いに行くだけだ。ドフラミンゴの為に女子力を出すのも何だか違う気がして彼女は普段通りのラフな格好にした。


「もうちょっと色気のある服は選べなかったのかよ。」
「え、兄上なんで?可愛いじゃん!」


交通機関を乗り継ぎ、兄の住む街に着いた時には既に三人は駅に集合していた。ドフラミンゴとヴェルゴは綺麗めのシャツにパンツを合わせて大人っぽい格好をしていたが、ロシナンテはTシャツにジーパンといったラフめな服装だった。
何だか想像通りの嫌な感想だと思った。ヒスイは黙ってロシナンテの側に寄り、ドフラミンゴから隠れるように立つ。しかし、そんな事はお構い無しにドフラミンゴは彼女の襟首を掴むと、自分の視界に入るよう移動させた。


「ヴェルゴ、服くらい幾らか買ってやれよ。デートに使えそうなやつ。」
「そ、それくらい家にあります!」
「じゃあ何で着て来ない。」
「…別にデートじゃないんだから構わないと思いました。」


少しむくれて、ヒスイはドフラミンゴから目を逸らす。せっかく遠くから来たばかりなのにきっと今、ひどい顔をしている。顔を隠すよう俯くと、ロシナンテが俺は好きだよ、なんてほんわかと頭を撫でてくれたからいくらか気持ちは救われた。


「あれ、ドフラミンゴさんじゃないですか?」
「あ、ほんとだ。偶然〜」


ふと、女子の声がして首を捻ると、ふわふわと髪を巻いた二人組が笑顔で声をかけてきた。
いかにも女子大生的な風貌に俄に固まる。気さくに手を上げて挨拶をするドフラミンゴに、またしてももの凄い違和感を感じながらヒスイは何となく彼から離れた。

(笑ってる…、)

かつての世界では見せなかったような優しい顔で会話をするドフラミンゴに彼女は内心、動揺した。ヴェルゴに飲み物を買って来ると告げて、逃げるようその場を離れる。
忘れていればよかったのに、そう思った。あの日、再会した日、忘れていなくても知らない振りをしてくれていたらと思った。彼が海賊だった頃の記憶で良い思い出などないだろう。ロシナンテと二人で、平和に生きて行けているならそれで彼は充分、満足出来るのではないか。ヒスイは自分が彼の人生に足を踏み込んだ事に改めて複雑な思いに駆られた。


「あ、コーラ。俺も好きなんだ。」


自販機の前でボタンを押すと、明るい声が背後から掛かる。振り返った先にはにこにこと笑うロシナンテがいて、ヒスイも遅れて笑顔を返した。


「兄上、知り合い多いんだ。今もちょっと上からだけどもともと社交的な人だから。」
「知ってる。前から人を惹き付ける人だったものね。」


近くにあったベンチに座る。隣にロシナンテも当たり前のように腰を降ろした。肩越しに見える横顔が前よりも近い。少し、どきりとする。足元に差す陽射しは柔らかく、彼女はぼんやりと視線を落とした。


「なあ、ヒスイ。ロシー、って呼んでくれないかな。」
「え、」
「君は俺の名前を絶対、愛称で呼ばなかったろ。そうさせた環境もあったけど…俺は少し寂しかったんだ。頼っていてくれた事は嬉しかったけど、君が誰にも心を開けない事が俺は気掛かりだった。」
「…気にしすぎよ。私は貴方がいてくれて幸せだった。今の生活だって、幸せ。」
「そうか。」
「でも私、私達、あまり会わない方が良い気がするの。…ドフラミンゴを見て思ったの。貴方もそうだけど…今、凄く穏やかな顔をしてるから。私を見て過去を思い出して欲しくない。」
「ヒスイ、」
「ねえ、ロシナンテ。私を忘れようとする事は出来ないかな?」


ああ、やはり彼女は彼女のままなのだ。ロシナンテは少し驚いてから、苦笑した。肩に腕を回してそっと抱き寄せる。いつも他人の事ばかりで、身を引くのは悪い癖だ。それは出来ない、ロシナンテが呟くと、彼女は困ったように沈黙した。


「俺は忘れたくなんかない。今も君が大事だから。ドフィもやり方を間違えたけど、昔から君を大切には思っていた筈だよ。」
「ロシー…、」
「あの時、手を取って一緒に行けなくて、ごめん。
でも俺は君もローも大好きだった。また会えたのに、離れなくていいのに、離れるなんて俺は嫌だ。」


全く周りを気にせず、二人の空間を作りあげている彼らは追いかけてきたドフラミンゴが柱の陰でいる事に気付かなかった。ドフラミンゴは小さく息をついた。前もそうだ、ヒスイも、ローも、気づけばロシナンテにほだされて懐いていた。真っ直ぐで他人に甘い男だ。この世界では尚更。彼が彼女に掛けている言葉も本当は口にしたい台詞だが、自分では意味合いを違えて吐き出してしまう。

今日とて服なんてどうでも良かった。
ただ、笑う顔が近くで見れたら、と呼んだのに。


「お前ら公共の場でいちゃつき過ぎだ。ったく、帰ってくるの遅ぇんだよ。」
「あ、ごめん兄上。今、行くから。」


声をかけると、顔をあげて屈託なく笑うロシナンテにドフラミンゴは苦笑する。
そういう他意のないところはお前には一生敵わないんだろう。ヒスイを見る。ロシナンテに繋がれた手がやけに目についたがドフラミンゴは口敢えてに出さなかった。
――――――――――
2017 04 17

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