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ストックホルム症候群


※拉致され夢主。
満更でもないけど、心を許してもいない関係。


ヘッドホンを付けて眺めるのは海中を映すモニター画面。潜水艇の生活にも大分慣れてきた今日この頃、ヒスイは操縦士の隣で深い海を眺めていた。


「速度20ノット。深度約200M、周囲に艦無し。次の島まで後、一日弱…ってとこね。」
「あんた船長のとこ居なくていいのか?」
「なんで。」


頬杖をついて即答で返される気のない返事、それには相手も苦笑いを浮かべざるを得ない。
ハートの艇には既に航海士は存在する。
つまる所、彼女があれこれする必要はないのだが、ただ乗せられているだけというのも落ち着かずヒスイは出来る事を見つけては時折自ら動いていた。


「トラファルガーさんはこの間買った新書とでも睨めっこしてるんじゃない?」


次の島までの距離、方角を確認しながらヒスイは隣の男にのんびりと呟く。
羽根の付いたペンを回しながら、傍らに置くのは古びた医学書。攫われた男との共通点が一つでも合ったのは不幸中の幸いだ。ヒスイは静かに頁を捲り、本日は居心地の良いここで暫く時間を潰すつもりだった。


「おいヒスイ、茶を入れて俺の部屋に持って来い。今日はアッサムにしろ。」


―――…背後からの低音ボイスさえ掛からなければ。

一旦聞こえなかった事にしてみるヒスイ。
だが、相手はそれに俄かにイラついた様子でもう一度語尾を強め彼女の名を口にした。


「ヒスイ。」
「…ティータイムに誘うならもう少し紳士的に出られないわけ?船長さん。」


パタン、と閉じられる傍らの医学書。
緩慢に立ち上がると彼女はじっとローを見つめる。
だが、視線が合ったのは一瞬。ローは踵を返すとさっさと来た道を戻ってしまった。


「…あんたから折れてやりなよ。船長より年上だろ?」
「そういう問題じゃないでしょ。今の。」
「状況は至ってシンプルさ。船長はあんたを好いて側に置きたいと思ってる。船長が嫌いじゃないならあんたももう少し妥協してもいいんじゃねェの。」


ま、攫ってきた海賊のいうことじゃないけどな。
あっさりとした物言いをして操縦士の男は軽く笑う。
屈託のないその笑顔に胸の内で渦巻いていた毒気を抜かれ、ヒスイは小さく嘆息すると、戸口に向けて足を一歩踏み出した。
これ以上ここにいても彼に迷惑がかかるだけ。

海賊船での船長命令が絶対である事は彼女もルールとして心得ていた。


「…お邪魔したわね。」
「いいや。美人なら大歓迎。でも船長にバラされるのはゴメンだから来るのは偶にしてくれよ。」


後ろ手に軽く手を降って、彼はのんびりと煙草に火を付ける。


「ねぇ」
「ん…?」
「私、あの船長さんの事好きになれるかしら…?」


何となく口をついて出た疑問。
他人からの答えが欲しかったわけではない。
だが。


「なれるさ。船長はいい男だ。案外、もう落ちかけてんじゃねぇの。」


自信たっぷり、返った答えにヒスイはまさか、と小さく笑った。
給仕室へと歩きながら彼女は思案を巡らせる。
思えばこの船に乗って以来、ローとまともに向き合い話した事は一度も無い。
自分の進路を奪われた事がただ悲しくて、悔しくて…彼女は視界からトラファルガーを避けようとばかりしていた。


「……私のお茶は海軍中将だって唸らせてたんだからね。」


一人、ごちて彼女はカップに注いだ湯を蒸らす。
冷蔵庫にあったビターチョコレートをいくつか拝借。彼女は用意の整ったトレーを持ち上げ、艦内を軽やかに歩き出した。

向かう先は、未完成な愛が待つ場所。

(言葉にすればそれは酷く単純なのに。)

―――――――――
2011 04 09

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