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溺れる魚を掬う男


※友人以上恋人未満。船員ではない。


深夜、ホットココアを淹れて一人窓辺に座る。
空に浮かぶ月は今宵ラストクォーター。暗い波間に浮かぶ淡い光をヒスイは、カップを冷ましながら眺めていた。


「――ヒスイ、」


不意に戸口から聞こえた声に彼女は現実へ引き戻される。のろのろと立ち上がり、扉へ向かうとそこにはこの艇の船長のローの姿があった。
彼女が何か、と首を傾げると、明かりが漏れていたからと何とも在り来たりな言葉を告げられ、当たり前のように彼は部屋に入る。彼女も何も言わずそれを見て扉を閉めた。


「…眠れなくて。少しぼんやりしていたの。」
「具合でも悪いのか?」


ひんやりとした手が額に触れる。
思っていた以上にその手は大きく、胸を満たした安心感にヒスイはゆるりと目を閉じた。


「…誘ってンのか?」


微かに笑った気配と同時に、持ち上げられる顎。
そっと唇が重なって、深くなろうとした所で彼女は一歩後ろに下がった。


「駄目よ。セックスフレンドはお断りだって言ったでしょう。」
「だったら恋人を名乗ればいいだけの話だ。」
「嫌よ。一緒に航海をするでもないのに。私達はたまにだから仲良く出来るの。明日には陸に着くんだから我慢して。」


ゆったりと歩いた道を引き返し、彼女は窓縁に再び腰を下ろす。ローはその様子を目で追いながら、それ以上食い下がりはしなかった。

彼女と初めて出会ったのは北の海で海賊団を立ち上げて間もない頃だった。当時、まだそれほど成熟していなかったハートの海賊団は海賊とのいさかいで危険だった時があり、それをたまたま助けたのがヒスイだった。

――名前は?
――…クロノス。他人からはそう呼ばれてるわ。

昔の彼女はまだ少女と呼べる年齢で、それが海賊船を妙な力で沈めるものだから異質だった。
世界政府から狙われ続ける女は、グランドラインの航海の中で幾らか顔を合わせる内に次第に距離が縮まった。無愛想だった表情が人並みに変化を見せるようになり、たまにこの海賊船にまで乗り合わせる程度まで打ち解けた。

ローが黙って側に歩み寄ると、ヒスイはぽつりと言葉を落とした。


「…生まれた島の夢を見たの。驚いた。もう忘れたと思ってたのに。」
「生まれは何処だ?」
「さあ…知らないわ。私の一番古い記憶は海軍本部だから。」


ため息を零し、彼女は片手で目元を覆う。珍しい、普段は弱さを見せない彼女が今夜はまるで抱き締められるのを待つただの女に見えた。
ヒスイの頭をローはやんわり撫でる。

どんな手段でも構わない。
酒の力を借りてでも、単なる気まぐれでも、一言、ヒスイが自分を頼るならどんな事でもしてやりたいと思うのに。


「ヒスイ」


顔をあげた彼女はただ儚げに微笑むだけだった。
包むように抱きしめる。すると、珍しくその手はローを押し返すことなく、彼の服を握りしめた。


「…あったかい。」
「お前が冷たすぎるだけだ。」
「ねぇ。暫くこのままでいてって言ったら生殺し?」
「処女でもあるまいし。俺じゃ不満か?」


小さくくぐもった笑いが閉じこめた腕の中から耳に届く。ローは彼女の髪に顔を埋めて、首筋に優しく噛み付いた。

暗闇をかき消す朝日が昇る頃、ベッドで微かに寝息をたてるその人に彼女は静かに口づける。

(ねえロー、私、貴方を愛してしまいそうよ…。誰も…愛したくなんかないのに。)

微睡みの中、ヒスイは再び瞳を閉じた。
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2011 04 12
一部改定

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