×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



月夜に透明なヴェールをひいて(Fate*弓兵、槍兵)


※士郎と双子。ネタバレあり。
UBWルートの序盤辺り。


夜も更け、静まり返った冬木の街。
その郊外にある武家屋敷の縁側で、ヒカルは静かに座っていた。
薄手の毛布にくるまって、彼女はじっと鈍色の空を見上げ辺りに耳を澄ませている。
望まぬまま聖杯戦争に参加する形となったエミヤシロウと同じ貌をした少女。

彼よりも少し柔らかい雰囲気で、
彼よりも少し華奢な体つき。
見目はほんの僅かばかりの違い。
だがその少女は、青い槍兵の興味を引いた。
監視対象はアーチャーのマスターだが、自然と異質な少女へ興味は移ってしまう。

小さな小鳥を殺すのは容易い。
しかし相手は魔術回路を持ちながらも、魔術師でない普通の人間。脆弱な兄に守られる彼女を手に掛ける気も起こらず。白い顔のラインをなぞるようにランサーは遠くから指を動かした。
壊す気はない。ただ、触れてみたい。
その、無垢な美しさに。

――コツン。

小さな石粒てを扉に当てる。
簡単だ。
結界などわざわざ破らずとも、こうして誘ってやれば人間は面白い程素直に動く。


「…士郎?」


案の定、駆け出す少女に口元の笑みを深めて、ランサーは音なく扉の前に立った。

規則的に砂利を蹴る音。
だが、それは意外にも門の前でぴたりと止まった。


「………誰…?」


唇から零れた小さな囁き。
薄い木を隔てて届いた声は凛としていて、図らずもランサーの気を高ぶらせた。
言い知れぬ高揚感が、胸をつく。

―――あってないような扉を、蹴破る。

現れた血のように濡れた獰猛な赤眼に、ヒカルは咄嗟に動けなかった。

シロウ。
心の中で、兄の名を呼ぶが彼の気配は届かない。
青い悪魔に引き寄せられて、彼女はただ困惑の視線を彼に注いだ。


「…感がいいねェ、お嬢さん。直感も実力の内。いいね、嫌いじゃねェぜ。」
「…、今、誰も…此処にはいない…わ…」
「知ってるさ。いつも屋根にいる"あの男"もいねェ。街に戦いに行ってるんだろう。」


無造作に伸びてくる青い手。

それは後ろに下がる間もないほど早く少女を捕らえた。琥珀色の瞳が瞠目する。
顔立ちはアーチャーのマスターの方が整っているが、体から溢れる魔力は全て抜きとってしまいたい程芳しい香りだった。


「勿体ねェな。お留守番なんざ暇だろ?どうだ、俺のマスターにならねぇか。お嬢ちゃん。」
「、…」


爽やかに笑う男にヒカルはただ、身を竦ませた。敵意はなさそうだが、この異常な状況で判断はつかない。断れば自分はこの男に殺されてしまうのだろうか。
聖杯戦争が始まってから、傷だらけで家に帰って来るようになった兄。人助けが好きで、それが元で損をするような事があっても気にしないお人好しな性格なのに。本来、戦いになど一番向かない兄なのに。
涙が零れる。この状況が怖いから、それもあるが、自分が死んでしまった後、士郎がどう思うか。
きっと一人置いていった事で自身を責める。自分がこの後、彼に答える言葉ひとつであの、10年前の絶望をまた彼に強いてしまうかと思うと堪らなく恐くて悲しかった。


「誰がヒカルに触れて良いといった?」


赤い影が割ってはいる。いつ、空中に放り出されたか分からないが、気付けばヒカルはアーチャーに俵かつぎにされていた。
言葉を交わした事などなかったのに、名前を知っていたのだ。不規則に流れる景色の中で彼女はぼんやり思った。近付いてくるセイバーの気配と、あっという間に引いた来訪者の気配。ほっと無意識に息を吐き出すと、アーチャーは不満そうに毒づいた。


「何を安心しているのだ。君は今、死にかけていたと分かっているのかね。」
「…はい。だから、死ななくて良かったと。士郎を一人にすることにならなくて良かったと…つい。ありがとうございます、アーチャーさん。」
「…」


縁側に降り立つと、アーチャーはそっと、ヒカルを降ろしてやる。彼女が顔を上げる前に彼は霊体に戻っておりその表情を伺い知る事は出来なかった。

ただ、そっと。額に置かれた手の感触が優しくて、ヒカルは目を伏せる。何故だろう、その無骨な掌に切嗣を思い出したのは。


「ヒカル!!」


衞宮士郎の声に、彼女は目を輝かせて顔を上げる。お帰り、シロウ。笑って立ち上がったヒカルをアーチャーだけが一人、寂しげに見詰めていた。

もし、君がずっと側に居たら、
俺は英霊になどならなかっただろうか。
―――――――――――
2014 12 10

[ 99/114 ]

[*prev] [next#]