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夕月に光る花(戦場のヴァルキュリア*イェーガー少将)


※第七小隊義勇軍。


ドレスアップをして王宮に来る機会など一生ないと思っていた。
普段、軍服を来て戦っている日常からは、ここはまるで別世界。ヒカルは仲間の第七小隊のメンバーから少し離れて会場の様子を見守っていた。
連邦政府の客人、摂政の間。中央に飾られたガリア公国の姫は、まるで人形のよう。

美しく、感情のない様で淡々と公務をこなしていた。
ふと、寂しさが胸を刺す。あの表情は知っている、そんな気がして。彼女は自らが属する第七小隊の隊長ウェルキン・ギュンターが勲章を授与するのを見届けたところでそっとセレモニーを抜け出した。

夜風に庭園の花の薫りが混じる。
肩口に掛けた銀のストールが緩やかに舞う。
ヒカルは人気のないバルコニーで、眠ろうとする街の明かりを一人見つめた。微かに聴こえて来る演奏会の音色。喧騒とは程遠い、悪くない心地だった。


「麗しいお嬢さんがこんな所でお一人とは。」
「!」


気配を感じられず、背後から聞こえた声に彼女は驚いて振り返る。距離を取る。いつの間にか側に佇んでいた壮年の男は慌てたヒカルを見て可笑しそうに吹き出した。
上等なタキシードが、がっちりとした身体によく栄えている。一般人、ではない。ほぼ間違いなく。彼女はじりじりと後退すると、男の眼をじっと見据えた。


「…どちら様でしょうか。」
「つれないねぇ、ガリアの戦士はお堅い事で。」
「…帝国の人間ですか。」


恐らく上位の人物だろう。肌で感じる重厚な威圧感。何が目的か分かりかねるが、こんな武器も携帯出来ない場所で出逢うとは。彼女が憮然とした顔で戸惑っていると、優雅に右手が差し出された。
首を傾げる。彼は何がしたいのか?サングラスの奥の瞳は酷く妖艶で、思わず心臓がどきりと跳ねた。


「一曲、お相手願えますかな?」
「は…、はあ?な、嫌だ、ちょっと…っ!」
「こんな場でカリカリしなさんな。ちょうどいい風と音楽が流れてる。」


ごく自然に身体を抱かれ、ドレスの裾が揺れる。高そうな香水の香りに僅かに目眩がした。逃げ出そうと身体を捩るが、力で敵うはずもなく筋肉質な胸板が頬に触れる。居心地の悪さに目を剃らすと、またくつくつと優しげな笑みが耳を掠めた。


「…か、からかわないで下さい!私は貴族じゃない、ただの義勇軍人で男の人とダンスなんて出来ないんです。」
「いいんだよ、それで。リードは男がするもんだ。あんたはただ俺に寄り添っていればそれでいい。」
「…」
「そうそう。いいこだ。」


諦めて彼女が体の力を抜くと、男は機嫌良く彼女とくるりと回った。軽やかにゆったりと舞う身体は意思と反して心地よく感じる。ちらり、と彼の顔を見上げようとすると熱の籠った視線と目が合いそうになって慌ててヒカルは俯いた。

―――どうして…、
初めて会ったのに、そんな目で私を見るの。
触れられている手と肩が熱い。どうしよう、どうして彼から離れたら…そう考えていると彼の肩越しに仲間達の姿が少し離れた所に見えた。

はっと肩が揺れる。
声を上げようとしたのと、強引に唇が塞がれたのはほぼ同時だった。


「、ん…っうぅ!?」


柱の影に押さえ込まれ、悲鳴すら上げられない。いや、こんな所を彼らに見られたら。そう思うと下手に抵抗出来なかった。
初めこそ強引だったが、口付けは優しく…。まるで誠実な愛を囁くような甘いキスにヒカルは強ばった身体を次第に委ねていった。
やがて、完全に気配が遠ざかると男はゆっくりと唇を離す。潤んだ彼女の目元を撫でて、今度は額に口づけた。


「……おふざけが過ぎるのではないですか、イェーガー将軍。」


ヒールの音に、ヒカルはそっと視線をずらす。手が少しだけ、震えていることに気づいた。
バルコニーの入口に佇む長身の女性は見覚えがある。
この世界では珍しい銀色の髪と、赤い瞳。
彼女の事は解る。帝国軍の顔とも言える蒼き魔女、セルベリア・ブレスだ。
ヒカルはそろそろと後ずさろうとするが、男はやんわりと彼女の腰を抱きよせた。


「漸く敵さん側にいる想いびとに会えたんだ。少しくらいアピールしても構わんだろう。」
「…同意があるようには見えませんでしたが。」
「そうか?」


屈託なく笑う男。怖いと感じていた心が少し落ち着きを取り戻し、彼女は改めて彼を見上げる。
想いびとだなんて冗談めいた言葉を使いながら、その視線に籠る熱は確かだ。帝国の人間と戦場以外で出逢う事などないはずだが。考えが顔に出ていたのだろう。男は少し寂しげに苦笑して、ヒカルの髪をさらりと梳いた。


「…覚えてはいないだろうな。あんたと会ったのは昔の…、俺がまだ帝国に来る前のことだ。」
「え…」
「まさか敵同士になっちまうとは。さて、名残惜しいが今日はここまでだな。死なんでくれよ?ヒカル。名もない戦場で死ぬくらいなら、俺が帝国に拐って愛人にする。」


ひらりと手を返して、彼はセルベリアと踵を返す。
イェーガー。その名前を呟いて、彼女は一人立ち尽くした。
フィラルド小国が落ち、かつて医療班の一人として訪れたのがヒカルだった。帝国の兵士も、フィラルドの兵士も分け隔てなく真摯に治療にあたる彼女は、イェーガーにとっていつしか目で追う存在になっていた。

冷徹な顔で銃を持つより、彼女はあの頃ままいて欲しかった。


「将軍が特定の相手を持たないのは彼女を愛しているからですか。」
「…お前さんはいつも直球だな。はは、そうだなあ。誉められた事ではないが、そうかもしれん。」
「私には解りかねます。愛しているなら、何故傍に置かないのです。」
「俺は無理強いはしない主義でね。だが、祖国が復興への道を進み出したらその時は是非隣に彼女をお誘いしたいね。」


そう言って遠い目をして笑うイェーガーをセルベリアは黙って見つめた。彼を理解するのは難しい。
彼女が一度ヒカルを見ると、ちょうど仲間達が迎えに来ており、何事もなかったように笑っていた。

その居場所を奪うまい。
そこが今、君が笑え、生きる場所ならば。
―――――――――――
2014 09 13

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