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夢の痕1(スレイヤーズTRY*ゼロス)


※古代竜主。


アストラル体になって、どれ程の月日が流れただろうか。冬のまま、凍りついたこの地に聳え立つ神殿にもう春は永久に訪れはしないだろう。一族は戦いで息絶え、皆、死んでしまった。正確には彼女とて既に生きてはいない。それでも彼女はこの世界に存在し、広大な雪の上に立つ十字架は彼女が魔法で造ったものだ。

全てを白銀で覆われた最果ての地に来訪者はいない。
これからも、居ない筈だった。


「こんにちはー?誰かいますよね?」


久しく他人の声が聞こえた事に彼女はゆっくり目を開ける。神殿の外で冷たい風に靡く、紫色の髪。気配は魔族。人間に似せて象ったその顔は降魔戦争以来見る悪魔の笑みだ。

―――獣神官ゼロス。
彼女がその姿を見つめ返すと、彼はにっこりと微笑んだ。


「…いやあ探しましたよ。まさか異界の最強の武器を持つ者が、既に滅ぼされた一族とは。皮肉なものですね。」
「…。魔族はどうあっても此処には入れない。立ち去るが良い。」
「ええ、そのようで。ですから、話し合い以外の手を考えます。僕の連れも遅れて此方へ向かっているものでしてね。」


金色の目を瞬かせて、ヒカルは同じく人形を象る。姿を型取り、誰かの前に現れるのは幾年ぶりだろうか。緩やかに舞う新緑色の髪。かつてダークスターに呑まれて散った粗野な彼をゼロスはその容姿に思い出した。纏う静かな雰囲気は、彼とは別人だったが、瞳に漂う憎しみと悲しみはよく似ていた。


「我らがただ静かに眠る事すら赦さないか。貴様らなど全て呪われてしまえば良いものを。」
「おやおや。巫女とは思えぬ過激な発言ですねえ。もしや魔族へ転属希望者ですか?」
「…今の私はこの神殿の結界そのもの。此の深部に誰も近付けない事だけが私に残された役目。…我が一族は滅びの時も異界の武器にだけは手をつけなかった。」


最初から望みのない戦いだった。あっという間に大群に攻め込まれてなす術はなく。家族の安否すら確認する間もなく、彼女は巫女として他の神官達と柱になった。

あの日、誰か逃げ出せた者はいただろうか。
もう名前も思い出せないが、同じ年の頃の少し泣き虫だった小さな男の子を思い出す。


「…残念ですね。これだけの力、魔族になればさぞ心強い味方となりえたでしょうに。今からでも取引しませんか?貴方に体と力を与える代わりに、貴方は私の僕となり異界の武器を渡す。今、此処へ向かっているのは黄金竜の娘です。自らの手で復讐したいと思いませんか。」
「……私は何にも属さない。この地でただ静かに世界が朽ちるまで神殿を守る事だけが、遺された私の最期の役目。誰が来ようとも我が牙は既に無いのだ、獣神官。」


空に溶ける彼女を見て、ゼロスは暫くその残滓を眺める。
ヴァルガーヴのあからさまな憎しみは愉悦を誘ったが、彼女の在り方は見ていて少し憐れみを覚えた。世界の果ての傍観者。
彼女のような存在をヴァルガーヴが知っていたら、彼はあれほど愚直に死に場所を求めるような行動には出なかったかもしれない。


「…、いやあ、つまらない事にならなくて良かった。」


もし貴女がこの秘境で独り大人しくしていなければ、世界は今、こんなに面白い事にはならなかったかもしれません。
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2015 03 29

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