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日溜まりの特等席(進撃*エルヴィン)


終わり行く世界の始まりの頃を、ヒカルは資料館で読むのが好きだった。見たこともない、海。その海を航海する船の話が書かれた古書を彼女は一番奥の片隅。木漏れ日が射す窓際の区画で休憩がてらよく眺めていた。
大した力も技術もないヒカルは壁内の雑兵として、塀の中で暮らしていた。巨人によって植え付けられた恐怖、何年経ってもそれは心から拭えはしない。巨人がいつ攻めてくるとも知れない小さな鳥籠。どんな小さな光でもいい。彼女は心に希望を求めていた。
彼女はいつか白日の太陽の下、自由に本当の広い世界を見てみたい。見える事を祈っていた。

カタン、前の椅子が静かに引かれる。座る気配。顔をあげると綺麗に纏められた金髪が目に入った。驚きに彼女は体が固まる。多分、軍で彼の顔を知らない者はいない。

エルヴィン・スミス―――かの調査兵団団長だ。
ヒカルは咄嗟に視線を戻す。挨拶すべきか迷ったが、結局気づかない振りをした。
紙を捲る音だけが響く。彼女はまた内容に集中し始め周りが気にならなくなっていた。
読み終えて席を立つ頃には、エルヴィンはいつの間にかいなくなっていた。…少し残念な気もしたが、調査兵団の団長である彼に話し掛ける勇気はない。ヒカルは棚に古書を戻すとその日は館内を後にした。

一月も経つと、そんな偶然も忘れかけていた。いつものように非番の日、彼女は資料館を訪れいつもの場所を目指す。自分だけの、僅かばかりの神聖で平穏な。
そして、その場所で自由の翼を宿す背中に彼女の視線は引き付けられた。窓から透ける光を金色の髪が反射している。止まってしまった足が進まない。
そこだけが切り取られた世界のようで、彼が振り返るまで息をしていたかも定かではなかった。


「…どうぞ?私の事は気にしないでいい。」
「…あ、はい。ありが、とう…ございます。」


一礼してエルヴィンの隣を通り過ぎる。奥の棚へ歩いていき、壁のように聳える本棚を彼女は見上げた。外の世界へ連れて行ってくれる、扉の入り口。
その中の一つに手を伸ばすと、彼女は躊躇いながらもエルヴィンのいる机に歩いていった。
目が合うと、穏やかな笑みが返される。外で見る厳しい姿とは別人のようで、前に座るよう手で促す彼にヒカルは曖昧に笑う事しか出来なかった。


「以前にも会ったな。よく此処には来るのかい?」
「はい。私、古書が好きなので。申し遅れました、ヒカルと言います。…その、スミス団長は…」
「そう固くならないで。エルヴィンで構わないよ。」


優しく細まる青い目がとても素敵だった。彼はこの、あまり人の来ない区画が好きだと言った。本を読みながら微睡むのが、午後のティータイムのようで落ち着くと。久しぶりに壁外から戻って此処へ来ると、ヒカルが座っていてエルヴィンは少し驚いたらしい。


「…大昔の話なんて、今、殆どの人間が興味なんてないだろう?外は今や巨人の世界だ。恐怖の対象でしかない。」
「…そうですね。」
「しかし、君は嬉しそうに本を読む。まるで子供のように。初めて見た時、何だかこちらまで幸せな気持ちになったよ。」


思わず本でエルヴィンの視線から顔を隠す。恥ずかしいような、申し訳ないような。命を賭して外の調査に向かう彼の前でこんな幼く浅はかな自分を晒してしまった事がヒカルは恥ずかしくて堪らなかった。
どうしたんだい、なんてエルヴィンは変わらない暖かな声で少し笑いながら本を取り上げようとする。


「だって、ごめんなさい。こんなの……調査兵団の方には馬鹿みたいでしょう。」
「そんな事はない。…嬉しかったよ、まだ外の世界を諦めていない人間がいて。また良ければ聞かせてくれ。君の描く幸せな世界をね。」


大きな手が頭を撫でる。ヒカルは立ち上がって去っていく翼の背を黙って見つめていた。
突然温度が下がったような、奇妙な感覚。淋しい、言葉にならないが一番近い感情だった。また話が出来るだろうか。兵士ではない、エルヴィンと。

雲が、日差しを緩やかに遮る。
それは秘密の団欒の終演をそっと告げるように。
――――――――――――
2013 11 24

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