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星の海に浮かぶのは僕だけで(レイブン)


※無印前。


最初に目についたのは、シャドーの不可解な行動だった。普段、レイブン以外の人間を気にする事のない黒いオーガノイドがある兵士に気取られるような仕草を見せた事に彼はふと眉を顰めた。


「…どうした?あの女がどうかしたのか?」


最早、すれ違った後の背中を見つめてレイブンはシャドーに問う。シャドーは僅に躊躇うような仕草を見せたが、静かに首を横に振った。
その時はすぐに忘れてしまった。

戦いの日々に身を置く事に疑問はなかった。帝国に対して愛国心など欠片もなかったが、プロイツェンの下で敵を叩き潰すのは気分が良かった。

共和国があるから戦争が続く―――なら、そんな国は不要だ。
力を求める人間の欲望が、ゾイドを求め、国を滅ぼす。
戦う為にゾイドは必要だが、大嫌いだ。周りの大人達も、また同じく。軍人の大半が、彼をレイブンとしてでなく、プロイツェンの所持物として扱った。希にシュバルツのように対等に話し掛けてくる人間もいたが、帝国軍に置いて彼の存在は総じて異質だった。

彼は独りだった。それに対して不満はなくむしろ満足していた。

時々、結末のない悪夢に襲われる。ある夜、レイブンが目を醒ますといつも傍らに控えているシャドーが部屋から消えていた。出会ってからこのかた、離れたことなどまずない事だった。目覚めの悪さに更に苛立ちが募る。
寝台を降りて、レイブンは一人、外へ出た。


「――そう…、貴方シャドーっていうの。」


聞こえてきた小さな声に心臓が跳ねた。静かな女の声。レイブンは建物の影に身を潜めそちらを覗いた。
シャドーがいる。その隣に見えたのは一般兵の制服だった。帽子でその顔はよく見えない。しかし、当直用の焚き火の側で女性兵士はシャドーの鼻先に触れて笑んでいた。
あのシャドーが他人に体を触れさせるなんて。
信じられなかった。


「…僕のオーガノイドと、何をしてる?」


細い肩が震える。シャドーに触れていた手が引っ込み、彼女はレイブンを見て驚きに揺れた。星の光を集めたような、黒い目に輝きを持つ女だった。瞬間的に思い出す。彼女は以前、シャドーが目で追っていた、あの女だ。慌てて去ろうとする彼女を反射的に追う。退屈になりかけていた戦争の最中、珍しい玩具を見付けた、不思議な感覚だった。


「僕が誰か知っているな?」
「も、申し訳ありません!私、勝手な事を…」
「名前を。上官命令だ、答えろ。顔を見せるんだ。」


断れない言葉を選んで、レイブンは彼女を引き留めた。恐る恐る、彼女は帽子を外す。第一印象は平凡で、とても特別な力を持つ人間には見えなかった。


「第一中隊機器管理部門のヒカルです。あの…レイブン、さん」
「僕に敬称は不要だ。ヒカル。オマエ、何故オーガノイドと会話が出来る?」
「…いえ、あの。私、そんな事」
「僕は嘘は嫌いだ。ふぅん、整備兵、か。…ちょうどいい、僕の機体を今後、お前に整備させよう。シャドー、この女、逃がすなよ。」


掴んでいた腕を離して、レイブンは不敵に笑みを浮かべる。彼女の困った顔は、思った以上に愉悦を誘って彼は口端をつり上げた。
シャドーは幾度か立ち尽くす女性を振り返りながらレイブンに続く。プロイツェンに告げる気には何故かなれなかった。彼女は自分が見付けた。自分のものだ。黒い独占欲が、ヒカルに向けられた。

暇潰しになればそれで良かった。
しかし、ヒカルはレイブンの心にするりと自然に入り込んだ。一人になりたい時は決して邪魔をしなかったし、シャドーとゾイドの相互性をよく理解していた。
彼女を前線基地に連れていくのは、いつしか当たり前になった。彼女はレイブンが出陣する際、否定も肯定もしなかった。
ただ、静かで綺麗な目で見つめるだけ。その執着の無さにいつしか、レイブンの方が異様な程、ヒカルに固執するようになってしまった。


「ヒカル!」


戦場から戻れば一番に呼びつけた。わざと機体に傷を追って戻る日もあった。そうすれば彼女は自分の事に掛かりきりになる。僕だけのヒカル。当たり前なのに、この時間が終わると彼女はまた別の持ち場に赴き別の人間と会話をして、消えてしまう。


「怪我はありませんか?レイブン。」


帰還の際、決まり文句のようになったその台詞は幾度聞いても心地よかった。僕を侮るつもりか、なんて皮肉しか返せなかったが事務的な会話以外に彼女から掛けられる言葉は数少ない為、ヒカルが表情を見せる時彼は内心、満たされていた。
だから彼女と普通に会話が出来る人間にはイライラした。ヒカルの友人なんて全員戦死しまえばいい。そんな憎しみを抱いてしまう程に。

(トーマ…!)

背の高い男に声を掛けて、彼女はその隣に並ぶ。笑う横顔はオイルで汚れていたが綺麗で、レイブンは唇を噛み締めた。
自分には向けられない、安心したその表情。仕事の内容だと分かっていても苛立ちは押さえられなかった。

自分より少し背の高い彼女。
たった僅かな歳の差すらもどかしい。
早く追い付いて、追い越して彼女をこの腕に閉じ込めたい。逸る気持ちとは裏腹に体も、思考も、隣に並ぶにはまだ相応しくなくて。レイブンは悔しさを滲ませながら黙って彼女の働く姿を眺めていた。

愛を知らない少年はその恋に孤独の叫びを秘めて。

―――なあ、ヒカル。知っていたか。
あの頃、僕の帰りを嘘でも喜んで待っていたのはオマエ一人だったんだ。
―――――――――――
2015 01 17


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