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消え去った隣の空席(シュバルツ弟)


※トーマ出逢い編〜GF編後。


帝国軍士官学校の初日は大層心許なかった。
ヒカルは支給された制服を着て、アカデミーの整然とした廊下を歩く。
ガイロス帝国軍に女性兵士も珍しくはなかったが、彼女のように工学分野を専攻するものはそういなかった。
男所帯の中、歩みを進める。教室に入ると、程よく席は埋まっており、目についた空いた空間を見つけて彼女は何気なく腰掛けた。隣の生徒が誰かなんて当時の彼女にとっては意味を持たなかった。世間に疎く、ただ拾われた養父と養父のゾイドの力になりたい。その気持ちだけで、彼女は反対されながらもガイロス軍士官学校に入隊した。


「おい、お前。何で俺の隣に座ったんだ?」


第一声は不機嫌な声だった。視線を向けると、眉間に皺を寄せた少年と目が合う。流れ込んでくる感情。初めて、これほど強い拒絶の感情を彼女は感じた。緑色の鋭い目は質問の答えを待っている。ヒカルは茫然としたが、良い答えも思い浮かばず素直に思った事を口にした。


「ちょうどこの席が空いていたからですが。私が此処に座ってはまずかったでしょうか?」
「…。お前、俺が誰か知らないのか?」
「はあ…、」
「…シュバルツだ。」
「…シュバルツさん…ですか。初めまして、私はヒカルです。」


きっと、その時の顔は今まで生きてきた中で一番間抜けな顔をしていた。と思う。しかしトーマ・リヒャルト・シュバルツはそれほど彼女の反応に驚いた。
差し出された手を見つめるものの、次の行動に移れない。軍に入隊してくる者でシュバルツ家の名を知らない者など彼は存在しないと思っていた。そして、彼を避けずに普通の対応をする者もあまりに稀少でどう対応していいものか分からなかった。
隣の席に誰かが座った事など、いつぶりだろうか。気が付けば頬が勝手に熱くなっていてトーマは慌てて顔を背けた。


「…あの?」
「うるさい、授業が始まる。…黙って座れ。」


違う。伝えたかったのは、そうではない。しかし、トーマにはそう答える他、言葉が浮かばなかった。講義が始まってからそっと隣を見ると、ヒカルは普通の表情をしていて彼は内心、とてもほっとした。
兄や家に取り入ろうとする者、自分が必要としない感情ばかりを持つ者が側に来るためいつしか拒絶が当たり前になり、彼はほとんど一人だった。
それで不自由を感じる事はなかったが、こうして何の思惑もない人間が近くにいると忘れかけていた人恋しさが疼いて、トーマは小さく溜め息をついた。

次の日。トーマが教室に行くと、彼女は既に座っていた。他の訓練生の雑談の輪には居らず、教科書を黙って眺めていた。その横顔に思わず魅入る。トーマは一瞬、立ち止まりかけたがヒカルの隣に足を進めた。興味深い。他人にそんな感情を抱いたのは久しぶりの事だった。


「…失礼する。」
「!…どうぞ。おはようございます、シュバルツさん。」


ヒカルがその時顔をあげて笑った顔に、トーマはどうにか頷いて返した。彼は笑えなかったが、嬉かった。変わらない態度でいてくれた彼女に、感謝しきれない程に。彼はその存在にほっとしたのだ。

***

「…そんな感じで、俺には彼女が初めての友人だったんだ。」
「ふーん、成る程な。」
「ヒカルは妙な男の所には絶対にやらん!嫁にやるなら、兄さんのような高潔で素晴らしい人格の…」
「ていうか、お前は告白しないのかよ。」


バンのその呟きにトーマは目を見開いて固まった。暫く言葉無く彼は黙りこむ。
告白など考えた事もなかった。彼女とは今のままで満足していたから。共に学び、戦い、他愛ない会話をする。その関係性がずっとこれからも続いていくのを彼は疑ったことがなかったから。


「…馬鹿な。私が今更、そんな事ヒカルに言えるか。」
「何が今更だよ。別にヒカルに付き合ってる人がいないなら言えば良いのに。」
「わ、私は別に彼女の恋人になりたいと思っているわけではないのだ!」


意地っ張りだなあ…、バンは苦笑混じりに眉を下げた。彼はヒカルが好きだ。自覚はなく、恋愛と認識していないが愛しているのは確実だった。


「…じゃあ、あれは許せるわけだ?」
「何、…!!」


バンが指差した先。ちょうど、外から戻ってきた機体の整備にヒカルが出てくる。
降り立った搭乗者はレイヴンで、彼は彼女を見つけると直ぐ様側へ呼びつけた。
昔から彼はヒカルにべったりだった。彼女も年下の彼の面倒を嫌な顔をせず見ていたが最近の仕事の域を越えた態度を隠そうともせず示す。
彼女もそれが分かっている為、話なら後で聞くと伝えたが、ならばと彼はシャドーを使った。
抗議するヒカルをものともせず、レイヴンは満足そうにシャドーにくわえられてやって来た彼女を見つめる。幾分、穏やかになったとはいえ、戦時中、最恐のゾイド乗りであった彼を止められる兵士はいなかった。


「…バン、分かった。」
「!そうか、お前…やっと」
「ヒカルを我がシュバルツ家の養女に迎えればいいのだ!そうすれば、ヤツもああ簡単には手が出せまい。」

「…」


屈折した友人はやはり根本的な所が分かっていなかった。


(おーい、レイブン。あんまり仕事の邪魔すんなよー!)
(バン君!凄くいいところに…!)
(なんだ、バン。お前が邪魔してるんだろう。)

――――――――――――――
兄以上に、弟は更にヘタレで鈍いという。
2014 12 28

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