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05忘却せざる愛


※死ネタ注意。
苦手な方は閲覧をお控え下さい。


ヒスイリアがゴンガガ村に到着する頃、謎の奇病が世界中に広まっていた。体を蝕み死をもたらす原因不明の黒い膿。感染者の多くはミッドガルを中心に発症していたが、必ずしもそうではなく。詳細は分からなかった。
そして、ゴンガガ村でもそれは例外ではなかった。


「やあ…、客人とは珍しいの。何処から来なすった?お嬢さん…」


訪ねた家では、初老の男性がベッドに横になっていた。頭に巻かれた包帯は黒く染まっている。
その傍らには彼の妻がいて、穏やかな顔でこちらを見据えていた。直ぐに解るくらい、覚悟のある表情だった。思わず涙が溢れそうになったが、彼女は何とか笑みを浮かべて挨拶をした。


「ミッドガルから。…覚えていますか?私はヒスイリアです。以前、貴殿方にこの大陸で命を助けて頂いた子どもです。」
「…ヒスイリア?本当に……あの、ザックスの後ろを付いて回っていた?」
「はい。」


ザックスの母親は目を丸くして、立ち上がった。お入りなさい、告げられてヒスイリアは中へ入った。
手狭な屋内は、昔と変わらない。木の匂いも、手触りも。取られた相手の顔と手にだけ、深い皺が刻まれ、かさついてしまっていた。袖の隙間から見えた包帯。…やはり遅すぎたのかもしれない。来るべきではなかったのかも。訪れた事は正しかっただろうか、怖くなった。クラウドやレノにああ言ったものの、常に迷いはあった。そしてそれは今、対面しているこの時も。


「…おかえり、ヒスイリア。ああ…、すぐに分からなくてご免なさいね。」
「いいえ。…すみません。今まで何も、私、連絡もお礼もしないままに。」
「いいのよ…そんな事。いつまで居られるの?」


二人で、テーブルにつくとベッドの中の父親はいつの間にか眠りについていた。苦しそうでないのが幸いだった。


「急に申し訳ありません。赦していただけるなら、此処で出来る限りお手伝いを。街で働いておりましたが、先日の騒ぎで勤めていた会社もなくなってしまいまして。ご無事でいるか、気になって帰ってきました。」
「…まあまあ。貴女が無事で何よりだわ。でも、甘えていいものかしら。…此処は若い人が住むには退屈で不便な村だけど。」
「いえ…。私はこの村が好きでした。ここで暮らしていたあの頃は、理解出来ていませんでしたが。」


ヒスイリアがそう告げると、母親は嬉しそうに目を細めた。彼女は一度も、ザックスの事は切り出さなかった。ただ、部屋の中にある写真立てを懐かしそうに目をやった。中に飾られていたのは一枚のハガキ。送り主はザックスがミッドガルから発送したもので、ガールフレンドが出来たという内容が簡素に綴られていた。

次の日から、彼女は廃炉となった魔晄炉の撤去作業を始めた。一人でも、武器があれば解体は彼女にとって容易い事だった。村人にはザックスの母が、ミッドガルから親類が帰って来たと話してくれており快く受け入れて貰えた。
幾人か、奇病の治療法を尋ねてきたが、彼女が首を横に振ると落胆した顔で帰っていった。


「都会でも治療が無理なら、もう死ぬのを待つしかねぇのか…。」


夜。星空の下で空を見上げる。ゴンガガでも、やはり星の声は聞こえて来なかった。
力があっても誰一人救えない。ヒスイリアは歯痒さに胸を痛めた。レノに時々、連絡を取りながらワクチン作製の進捗を問い、ミッドガル方面での状況を尋ねたがいい話は聞けなかった。

そうして、別れの日はあまりに呆気なく訪れた。ある朝、ザックスの父を朝食に起こしに行くと、彼は眠ったままついに動かなかった。彼の妻はその時、ヒスイリアが戻ってから初めて泣いた。寝台の傍らで涙を溢しながら、彼女は静かに独り言のように言葉を溢した。


「…良かったわね、あなた。最期にヒスイリアが帰ってきてくれて。今度はそっちでザックスにも会えるかしらねぇ…」
「…お義母さん」
「ごめんね、ヒスイリア。私もじきにきっとこの人と同じようになってしまう。…ザックスの事は主人も薄々、気付いていたわ。でも、貴女が無事で帰って来たことが嬉かった。また会えるなんて、夢にも思ってみなかったからねえ。」


ヒスイリアはその言葉に、ただ泣き崩れた。


「…ごめんなさい、ごめんなさい…お義母さん。」
「妹をこんな風に泣かせて…。あの子はいい兵士だったかもしれないけど、自分勝手な息子だよ。」

遠い日の記憶が蘇る。村の中を所狭しと跳び跳ねる黒髪の少年と、いつもそれを追いかけていた小さな白い少女。家出同然で飛び出したザックスを追い、少女も一年ほどして村を出た。
成長した子供が村を出て戻らないのはゴンガガでは珍しい事ではなかった。森の中の小さな村だ。年頃の好奇心旺盛な若者を繋ぎ止めるにはあまりに何もない場所だった。

新聞は神羅関連の記事は読まなかった。当時、世間はソルジャーを褒め称えていた時代だったが、彼等は争い事が嫌いだった。子ども達には、本当は平穏な場所で幸せに暮らして欲しかった。仕送りも、名声も必要なかった。


「一度で良いから、帰ってきて欲しかったわね…。」


一通だけこの家に届いた手紙。その中に記されたガールフレンドの女の子を一目見る日を、いつか、と待っていたのに。
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2015 01 04

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