21神の胎動_前
ヴィンセントとレッド13がライフストリームの気流にヒスイリアの姿を見失っていた頃。先に大空洞の深部へと進んでいたクラウド達は今、かつてのニブルヘイムの業火の中に立っていた。
五年前…同郷であるクラウドとティファが共有する忌まわしい記憶。同じはずの、記憶。
しかし目の前に視える光景はただ一つ、いつか仲間にクラウドが語ったそれと大きく異なっていた。
神羅より村へ派遣されてきた青年。逃げ遅れ…傷付いた人々を助けようと駆け回る青年。
それはいずれもクラウドでない、…………漆黒の髪をしたソルジャーであった。
「――やめて……セフィロス。」
誰も彼を知らない中でティファだけが青ざめた顔でその青年を無言で見つめる。彼女を支配する恐怖。
硬直していると、不意に温もりがティファの掌に優しく触れ彼女ははっと顔を上げた。
「大丈夫、これは幻だ。恐らく俺達を混乱させるのが目的だろう……下らない。」
冷たいティファの手を取ってクラウドは言う。ティファはそれに一瞬眉を顰めたが、クラウドに応えるようそっと彼に微笑み返した。
大丈夫。これは全て幻想だ。
何故なら俺は覚えている。この炎の熱さを……
身体の……心の痛みを―――――――。
流れる目の前の幻影を振り払うようクラウドは大きく息を吸い込み、声をあげた。
「セフィロス!聞こえているだろう!お前が言いたい事は分かった!」
目の前に広がる炎の海に向かって彼は叫ぶ。
「五年前…、ニブルへイム。俺はそこにいなかった。お前が言いたいのはそういう事だろう!?」
「理解してもらえたようだな。」
ゆらり…と俄に空間が揺らぐ。
赤い光の中に長い銀髪をたゆたえ、セフィロスは姿を現した。クラウドは感情の昂りのまま、即座に斬り掛かろうと大剣を構える。しかし、彼とセフィロスの間に浮かびあがった姿に彼の動きは思わず止まった。
「、ヒスイリア……!?」
青い瞳に、蒼銀の髪の女性が映り込む。しかしクラウドが声を上げても、ヒスイリアは一切反応を示さなかった。瞳は虚ろ。ただ体がそこに在るだけで、彼女からは何の気配も感じられない。
黒い腕に後ろから抱かれ、ぼんやりと人形のように佇んでいるヒスイリアの躯。
その異変に気付いたティファがセフィロスに視線を移し訝しげに問いかけた。
「…彼女に何をしたの?さっきまでヴィンセントが診てたはずよ。」
「クックック…。これは自らただ私の元に帰ってきただけだ。この娘は元より私のもの。そして…お前も、な。」
セフィロスの瞳がクラウドを捉えて楽しげに細まる。そしてセフィロスは戯れにヒスイリアの髪を梳きながら、彼はもう一度ティファに視線を戻した。透き通る緑の鋭眼にティファは咄嗟に視線を逸らす。
全身から吹き出す汗。
彼女は不安げにクラウドの横顔を見つめると、繋いだ手を更に強く握り締めた。
「”天才”という言葉は便利なものだな…。それだけで様々な矛盾がいとも簡単に覆われる。」
セフィロスは長い指で微動だにしないヒスイリアの顎を持ち上げた。前屈みでよく見えなかった顔がその事によって露になる。
感情の失せた色みのない表情。恐らく彼女の意識は、闇の淵に沈んでいる事だろう。
(ヴィンセント達はやられたのか……?)
クラウドは小さく舌打ちすると、無言でセフィロスを睨み返した。
「何故、こんな華奢な身体でこの娘がソルジャーになどなれたのか……この細腕のどこにモンスターを切り伏せるような力が在るのか。おかしいとは思わないか……?」
「適性があったからだろう。運良く魔晄に耐えうる身体に生まれた…そして魔晄がその力を与えたんだ。」
「……クク、そう。大抵の人間はそう考える。魔晄の力は不確かで理解の範囲を超えているからな。」
嘲りの笑みを浮かべ、セフィロスは銀色の睫毛をゆるりと臥せる。
「だが…これの場合は違う。素質などという確率的なものではない。我等が持ち得た力は予め、与えらるべくして与えられたのだ。」
「……何だと?」
「我らは神となるべく創られた存在。世界を統べる力を私とこの娘は生を受けた時から持ち合わせていたのだ。生憎、その事実は伏せられ…長い間、神羅に良いように使われてきたがな…。」
「、待って!そ、れ…じゃ……」
「ククッ……そうだ、これもまた“人”ではない。」
能弁に、愉悦に富んだ声で語るセフィロス。ティファはそれに目をむいてヒスイリアを凝視した。
…足が竦む。知りたくない。
これ以上、恐ろしい事実を何も知りたくない。思い出したくない。押し黙ったまま、彼女は唇を噛み締めた。
「時間を要したが時は満ちた。クラウドよ…お前にも彼女と同様に本来の自分を取り戻してもらいたいのだ。そしていつかそうしたように黒マテリアを私に……。それにしても失敗作と思われたお前が一番役に立つとは……宝条が知ったら悔しがるだろうな。」
「宝条?俺と何の関係がある!」
…駄目。
「おまえは……そう、五年前だ。ニブルへイムが炎で包まれたその後に宝条の手で作り出されたのだ。ジェノバ細胞の驚くべき生命力、能力と魔晄の力が創り出した人形。セフィロス・コピー・インコンプリート。ナンバリング無し。それがお前の真実。」
嘘。やめて。
「お前は人形……心など持たない……痛みなど感じない。そんなお前の記憶にどれほどの意味がある?私が見せた世界が真実の過去。幻想を作り出したのはお前だ。」
違う…。違う、違う!!
「クラウド……相手しちゃ駄目よ……。耳を塞ぐの!目を閉じるの!」
ティファは声が震えるのを押し殺して、クラウドに叫んだ。必死なその様子に彼は不思議そうに首を捻る。
「どうしたんだ、ティファ?俺は全然気にしてない。……というか途中から聞いていなかっ」
「宝条に創り出された?そんなの嘘に決まってるわ。だって…私たちにはあの思い出があるじゃない?子供の頃、星がきれいな夜……」
クラウドの声を遮り、ティファは記憶に在る思い出を、言い聞かせるよう口にする。
そんなはずない。
彼がクラウドでないはずがない。
だって。だって…
「クックック……ティファよ。その言葉とは裏腹にお前は何を脅えている?お前の心をここに映し出してみようか?」
残酷な笑みが、声が、そんな彼女から声を奪う。ティファはその言葉に思わず口を噤み、怯えるよう咄嗟にセフィロスに背を向けた。
「クックック……都合が悪いそうだ。」
自らの体を抱き込み、震えるティファ。それを見てクラウドにも困惑の色が浮かんだ。
「……ティファ?セフィロスが正しいのか?」
「……。」
“違う”と、はっきり否定したい。
しかし…どうしてもその言葉は喉を通らなかった。
理由は分かっている。
覚えて……いるからだ。
忘れもしない。五年前、ソルジャーが村を訪れた日の出来事。光景を。
「何をそんなに恐れているんだ?俺の事なら大丈夫。俺はどんなに混乱していてもセフィロスの言葉なんて信じない。…確かに俺は自分自身が分からなくなる事がある。記憶だってあやふやな部分がたくさんあるんだ。」
クラウドはティファの細い背を見つめる。
幼少期、秘かに憧れた…大切な幼なじみ。
「でもティファ、ティファは言ってくれただろ?ミッドガルで再会した時、クラウド、久しぶりねって。ティファのその言葉がいつでも俺を支えてくれる。俺はティファの幼なじみなんだ。
俺はニブルへイムのクラウドなんだ。
どんなに自分が分からなくなってもそれだけは真実。だからティファ……そんなに脅えないでくれ。誰のどんな言葉よりもティファのその態度に俺は……」
「ち、違うの、クラウド……」
段々と、トーンの落ちる声にティファは慌てて振り返る。
自分だって信じたい。クラウドを信じたい。
けれど、その気持ちをどうしても頭に残る光景が邪魔をした。
「何が違うんだ?俺は……ティファの幼なじみのクラウドじゃないのか?」
「そういう意味じゃない…でも、うまく言葉にできない。クラウド、ほんの少しでいいの。時間を……時間をちょうだい。」
ティファは顔を伏せたまま、クラウドにそっと触れる。自分が何か記憶違いしているのかもしれない。ティファは必死に思い出に残る映像を洗い直した。
「クラウド……ティファを責めるな。私が説明してやろう。」
佇んでいるヒスイリアを置いて、セフィロスが一歩前に出る。ティファはそれに首を振るが、クラウドの視線は既にセフィロスに向いていた。
「他人の記憶にあわせて自分の姿、声、言動を変化させるのはジェノバの能力だ。お前の中のジェノバがティファの記憶に合わせてお前を創り出した。
ティファの記憶に登場する少年たち……その中には『クラウド』と云う名の少年がいたのかもしれないな。」
「クラウド……今は何も考えないで。お願い……」
「クックック……考えろ、クラウド。……クラウド?クックック……これは失礼。お前には名前などなかったな。」
「黙れ……セフィロス。」
唸るような声で呟くと、クラウドはセフィロスを睨みつける。彼は少し呆れたように嘆息すると、僅かに肩を竦めてみせた。
「まだ分からないのか?ならば……村からニブル山へ出発する時写真を撮ったのを覚えているか?
……ティファ、覚えているな?」
彼の問いかけにティファは何も答えない。セフィロスはそんな彼女を気にするでもなく淡々と言葉を紡ぎ続けた。
「……クラウドは……知るはずもないか。さて……写真はどうしたかな?」
長い足が、炎の傍で息絶えた村人の方へ向く。カメラの脇に散らばった写真。彼はそこから一枚の紙を拾い上げると満足げに笑みを浮かべた。
「……これか。……見るか?なかなか良く撮れている。」
「クラウド……駄目……」
「俺は……写っているはずだ。もし写っていなくても心配ない。ここはセフィロスの創りだした幻想の世界。」
ティファの手を解き、クラウドはセフィロスのもとへ歩み寄った。彼の手から写真を奪う。
ティファの隣に写し出されていたのは、自分の姿ではない。先程から度々登場する黒髪の青年だ。
クラウドは小さく溜め息を吐き、写真を興味無さげに手放した。
「……やっぱりな。この写真は偽物なんだ。真実は俺の記憶の中にある。……五年前、俺はニブルへイムに帰った。魔晄炉調査が任務だった。十六歳だった。」
自信に満ちた声が、自らの生の証を述べていく。
「村は全然変わっていなかった。俺は何をした?
そうだ……母さんに会った。村の人たちに会った。
一泊してからニブル山の魔晄炉へ行った。俺は張り切っていた。何故ならその任務はソルジャー・クラス1STになって初めての仕事で……」
ふと、声が途切れ…沈黙が流れた。
ティファがそれに顔をあげると、クラウドは呆然とした顔で額に手を当てていた。
「……ソルジャー・クラス1ST?……ソルジャー?俺はいつソルジャーになったんだ?」
クラウドの呟きにセフィロスの笑みが深くなる。
彼はそのままヒスイリアを引き寄せると、音も無く姿を掻き消した。
「ソルジャーってどうなるんだ?何故……思い出せない?」
彼の問いに答える者は誰も居ない。小さく自問を繰り返す青年を、周りの者達はただ黙って見守る事しか出来なかった。
「俺は……俺は……。
……そう……か……。」
やがて彼は悟ったよう、ゆっくりと顔をあげた。
(……悩む事はなかったな。何故なら俺は……)
「……クラウド?」
「行こう、ティファ。俺は……大丈夫だ。」
クラウドは小さく頷くと、すっとティファに背を向けた。離れる距離に、無意識に伸ばした手はクラウドに届かず…ティファは彼の背中をすがるよう見つめる。いつも側で、頼もしく思ってきたクラウドの後ろ姿。しかしそれが今は何故か酷く遠いものに感じられた。
土に落ちた写真に視線を落とすと、ティファは小さく首を振る。
「ティファ?」
「…何でもない。急ぎましょう、バレット。」
締め付けられる胸を彼女はそっと押さえると、先を歩くクラウドに遅れぬよう急いで足を動かせた。
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流石に「ティファの手紙を読んだ!」は入れられませんでした…(^^;) 2006.09.02
一部改定。
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