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20終わりのはじまり



神羅ビル本社最上階。そこに位置する社長室で、ルーファウスは今にも降り出しそうな曇天を一人見つめていた。先刻、ジュノンから入った緊急通信。内容はとても信じ難いものでどうしたものか、彼は未だ困惑から抜け出せずにいた。


「……一体どうしたというのだ……君は…。」


視線を落とし、彼は深いため息をつく。ヒスイリアが無抵抗な人間を殺めようとするなど普段の彼女からは想像し得ない。ジュノンを去った彼女を重要参考人として追う事を命じたものの、浮かぶのは落ち着いたヒスイリアの横顔ばかりで。


「ヒスイリア……」

「彼女がどうかしたのかね?」


階段を上がってくる音と共に、不意に愉悦に富む声がフロアに響く。ルーファウスが首を捻ると、白衣を纏う見知った男が笑みを湛えて現れた。


「宝条…」


彼の少しばかり驚いた声に、宝条は低く咽の奥で笑う。暫く見なかったが思考の読めない、影のある表情は相変わらず健在で。ルーファウスは眉を顰めつつ、彼の方へ向き直った。


「…会社を辞職した君が何のようだ?」
「クックック…。ご挨拶だな。いや、何とも面白い状況になってきたようなのでね。今日は昔のよしみで少しばかり神羅カンパニーに協力を願えないかと立ち寄ったのだ。」
「協力だと?」


眼鏡の奥で光る瞳を宝条は遥か北へ向け、怪しげに肩を振るわせる。彼は口元を歪めると無遠慮にソファーに腰を下ろした。


「恐らくそちらにしても悪い話ではないと思うがね。セフィロス…そしてヒスイリア=フェアにも繋がる事だ。」
「…どういう事だ。貴様……何を知っている?」


椅子の軋む音だけが静まりかえった室内に響く。宝条は底の厚い眼鏡を外すと、切れ長の目をさらに細めた。


「ハイウインドを手配出来るかね?それで君らが今血眼で探している“約束の地”とやら……私が連れて行ってやろう。」

***

「は………は、っ……はぁ…っ…………、は…」


白い息を吐き出す度、喉の奥が刺すように痛んだ。
すでに手足の感覚は薄く、鈍く。視界だけが酷くクリアな白だった。
ガソリン切れによりヘリをアイシクルエリアの末端に着陸させると、彼女はそのまま導かれるよう雪山に入った。
地図も持たず、防寒装備も全く無い状態。途中、幾人かの人間とすれ違ったが、彼女の瞳に他人からの奇異の視線は映らず。静止の声も耳に届かず。本来なら凍傷でいつ倒れてもおかしくない状況であったが彼女の足は止まる事なくひたすら前へ前へと進んでいた。

――――ドクン…

吹雪に混じって微かに心音が聴こえてくる。

――――ドクン……ドクン……

透明な、音。それは道無き道を指し示し、今にも途切れそうな彼女の意識を辛うじて繋ぎ止めていた。


「……セ…、…ロ…ス…。…ッ、こほッ……、ごほごほッ……………!………」


時折、咳き込みながらヒスイリアは深い深雪に嗄声を溶かす。呼気が吐き出される度、鮮やかな鮮血が白の上に点々と零れ落ちた。冷気で肺がやられている。白にかき消されて行く赤を見ながら彼女は乱暴に口元を拭う。感覚が麻痺していく中、刺すような胸の痛みだけが生きている事を自覚させた。


「こ……んな………所、で……」


歯を食いしばるとヒスイリアは、顔を上げ再び立ち上がった。
ノルスポルに位置する山岳の頂上付近へ差し掛かると、あれ程積もっていた雪は消え、岩肌が姿を見せ始めた。冷たい風の代わりに時折、熱風が頬を掠める。ヒスイリアが空洞上から遥か下を見下ろすと、緑の光が渦を巻き畝っているのが目に入った。
ライフストリーム。星を統べる命の源。
朦朧とした意識の中、彼女は適当な足場を探してゆるゆると下り始めた。普段の羽のように軽い跳躍をする力は最早全くといって良い程残っていない。
体は鉛のように重く、燃えるように熱かった。
風邪など引いた記憶がない為、よく分からないがこんな感覚なのだろうか。判断力は確実に鈍っており中腹の辺りまで降りた時、足下が酷く不安定な事に滑ってから気付いた。


「、ぁ……………!」

地盤が脆い。気付いた時には手遅れだった。咄嗟に移動しようとするが、疲弊しきった身体は思うように動かない。岩の割れる音と共に彼女はあっという間に転がり落ちた。


■■■…

………。
誰だったろう……懐かしい声が、聞こえる。

どうなったんだろう。
私は………死んだんだろうか?


■■■…。しっかりして。
私の声、ちゃんと聞いて…

……駄目。
何だかもう、…よく思い出せない。
ああ…。
私、このまま…また、全部忘れていく。
ザックスに会う前みたいに……また。

………それは…嫌だな………


「     …」
「、…気がついたか。」


嫌に耳元でハッキリ聞こえた声に彼女は重たい瞼を開けた。岩肌に寄りかかっている自らの躯。包帯の巻かれた自身の手足が朧げに映る。動かそうとすると、鈍痛が筋肉を走りヒスイリアは思わず顔を顰めた。


「…っ、!」
「…まだ動くな。リジェネは掛けてあるが酷い怪我だったからな。」


語りかけてくる声の穏やかさに彼女は恐る恐る力を抜く。痛みとは裏腹に、頭の上に置かれた手の温かさはひどく優しいもので、理解出来ない状況の中でもヒスイリアは酷く安堵した。


「……わ………た…し、………」
「幸い命に別状はない。」
「…。…どう…して…、ここに?
ヴィンセント…が、」


か細い声がからからに渇いた喉から漏れた。動けない彼女の頭をそっと撫でて、ヴィンセントは口を開く。


「俺達もセフィロスを追ってきた。メテオの招来を阻止する為に。」
「…メテ、オ?……」
「ああ。セフィロスはこの魔晄に富んだ地と黒マテリアを使って、古代魔法を使おうとしている。この星を滅ぼすためにな。」
「……………。」


その言葉にヒスイリアは大きく目を見開いた。
究極の古代魔法――――メテオ。宇宙を漂う惑星を招来させる…この星に終焉を齎す最悪の黒魔法。
本来、一個人の意志で失われた古代魔法を扱うなど到底、不可能であるが…”彼”と、魔晄に富むこの地ならば……或いは。

(心臓が……熱い。)

彼の言葉に体が反応して燃えているようだ。彼女は唇を噛み締めると、苦しげに自身の腕を握り締めた。ヴィンセントは黙りこんで影を落とした彼女を心配そうに見遣り、努めて柔らかい口調で口を開く。


「…お前は何故一人でここに?タークスはどうした?こんな無茶な格好で……」
「あっ…そのヒト、気がついたの!?」


タタッと軽く走り寄る音にヴィンセントの言葉が遮られる。
思わず口を噤むヴィンセント。内心それにホッとしつつ、ヒスイリアは目線をゆっくり上にあげた。
聞こえた足音と共に瞳に映ったのはオレンジ色の毛並みをしたライオン、のような生き物。
殺気はない。モンスター……ではなさそうだ。
彼女は一瞬、強張らせた体から力を抜くと、剣の柄を取ろうとした手を元の位置に戻した。


「…大丈夫?もう、痛くない?」


異形の獣はヴィンセントの隣に腰を下ろすと、ヒスイリアの方をじぃっと見つめる。
見た目と異なり口調は随分と可愛らしい。
ヒスイリアはそれに僅かばかり口元に笑みを湛えると、小さく頷き目を伏せた。


「……君達のおかげで…何とかね。」
「…え、あ…。…お礼はヴィンセントに言いなよ。ヴィンセントが……」
「ナナキ。」
「あ……ご、ごめん。」


ヴィンセントは何か言いかけた彼を軽く制すと、少し罰が悪そうに俯いた。彼が言おうとした事は何となく想像がつく。ヴィンセントはクラウド達と行動していた。彼等が自分を助けるような行為をよしとするわけがない。

倒すべき絶好の機会。
それを免れたという事は……。
ヒスイリアは決まり悪そうに、顔を背けた。


「私、また…助けられたのね。」
「気にするな。」
「………仲間は…先に進んだの?」
「ああ。」
「なら、貴方達ももう行って…。私も…行くから。」


自分を落ち着かせるよう、ひと呼吸置いてから彼女は岩肌に寄せていた身を起こした。相変わらず痛みはあるが、耐えれば動けない事はない。
自分の為に彼を、これ以上近くにおくことはしてはいけない。
ヒスイリアは両足にしっかり力を込める。しかしそれを咎めるように突然、力強い両腕が彼女の体を押し付けた。


「……ッ!?、…何をッ」
「どうしてそう無理をする。一人で…、こんなボロボロの体で、どうするつもりだ。」
「…、離してヴィンセント。私は平気よ。」

「ヒスイリア…、誰かを頼るのは悪い事ではない。死に急ぐな。」


ヴィンセントは優しく包むよう彼女を抱き締める。溺れてしまいそうな優しい感覚。涙が溢れそうになるのを必死に堪え、彼女は彼の腕を押し戻した。


「――…ありがとう。貴方には感謝しきれない。でも貴方だけは、これ以上巻き込みたくない。決めたの。」


一瞬だった。拘束を抜け出し、弾かれたように、ヒスイリアは地を蹴った。ヴィンセントはいい人だ。彼には戦いから離れた場所で、静かに暮らしてほしいと思った。

叶わない、脆弱な願いを夢にみる。
戻れるなら…何も知らなかった子供の頃の思い出の中へ。
この五年、前を見て生きた事は果たしてあったろうか。あの時、ニブルヘイムの遠征に行けなかった事がずっと心の枷になっている。静かに目を臥せて笑うセフィロスの横顔。エメラルドグリーンの瞳があの頃は確かにまだ優しい光を宿していて。


「……セフィ…ロス…………」


心の時間は止まったまま。だから憎みながらも、戸惑いながらも…それでも”彼”に逢えて喜びを感じてしまう。愚かしいと、解っていても。

(もう……、置いていかないで…――――。)

小さな呟きと共に、足が止まる。緑色に染まった霧の中に黒いレザーコートがぼんやりと浮かんだ。
吹き荒ぶ風が凪ぎ、周囲から音が消える。
現れた男は静かにヒスイリアを見つめると、立ち尽くす彼女に綺麗に口端を持ち上げた。
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2006.08.25
一部改定。

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