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22神の胎動_後



神羅が誇るハイウインドが悠然と北の空を駆る。宝条の示した座標に向かうと、分厚い霧に覆れたその先にライフストリームを纏う巨大な雪山がひっそりと隠れるよう聳えていた。


「キャハハ!すっごーい!」


飛空艇が着陸するやいなや、スカーレットは真っ先に深部へと駆け出していく。後に降り立ったルーファウスは漂ってくる濃密な魔晄の空気にハンカチで口元を覆った。
視線の先にあるのは巨大なマテリアの結晶。
目に付く結晶は先へ進むにつれて次第にその大きさと美しさを増し、ついには岩肌全てが透明な結晶に覆われた窪地へ辿り着いた。


「信じられない……。これ…全部マテリアだわ!」
「外は豊富な魔晄。そして中心はマテリアの宝庫。これが約束の地、というわけか?宝条。」
「ふん……約束の地など所詮、伝承の域を出ない。馬鹿馬鹿しい人間の作り出した空想に過ぎない。」


歓喜に沸く一同に、ぼそりと男の声が水を差す。背後から聞こえたその発言にルーファウスは呆れたように振り返った。


「卑屈だな。艇を出すまでのご機嫌取りはなかなかだったが。我々の求めるものが此処にある。一先ずはそれで良いのではないか?そのカタさが二流科学者の限界だな。」

「キャアァア…!!」
「ッ…なんだ!?」


会話の途中、突然響いた女の悲鳴。ルーファウスは口を噤み、声のあがった其方に向き直る。距離にして数十メートル。青い瞳が捉えた先にはスカーレットが倒れ伏し、周りにいた護衛の兵士達がぐったりと辺りに転がっていた。
緑と黒の入り雑じった影が一行の先に、不気味に浮かぶ。やがてそれは形を成し……人の姿を浮かび上がらせた。


「…………お、前…………」


象られた容姿にルーファウスは息を呑む。次の瞬間。兵士達は銃を構え、迷う事無く銃口をその人物へと一斉に向けた。


「、待て!やめ……ッ」


彼の制止の声は半刻遅く、銃弾はハイデッガーの指揮の下雨のように注がれる。ルーファウスはそれに舌打ちすると、咄嗟に側の岩陰に身を隠した。
普通の武器で武装したソルジャーを殺せるなら苦労しない。
直後―――劈くような爆風と轟音が轟いたのは、彼が耳を塞いだのとほぼ同じタイミングだった。


「…ふむ。舞台と役者は揃ったようだ。」


一気に混迷を増した状況の中、宝条の漏らした感銘を聞いた者は誰一人としていなかった。


「……………クッ」


衣服に掛かった砂を払い、ルーファウスはゆっくりと耳から手を離した。閃光に目が眩み視界が白ばんでいるが、幸いこれといった怪我はない。
まだ耳鳴りのする頭を軽く振ると、彼は辺りを見回した。
魔法発動の際、近くに立っていただろう兵士は酷いものだった。青い軍服は血で黒く染まり、とても直視出来る状態ではない。
裂けた皮膚から恐らく風系の魔法だろうとかろうじて判断出来たが―――それ以上は見るに耐えなかった。
彼は口元を押さえつつ、無言で佇むヒスイリアの方へと顔をあげる。周囲にある無尽蔵のマテリアのせいか、彼女の体は未だ強い魔力を放っていた。


「…………ヒスイリア………」


―――何故だ…。どうして、君が………
そこまで言葉は続かず、ルーファウスは彼女から視線を外した。 彼女から少し離れたところで倒れているスカーレットが目に留る。魔法が発動する前から伏していたことが功を奏したのだろう。
遠目からだが、彼女にも大した外傷は見られなかった。


「、…スカーレット………!」
「待て。」


思わず近寄ろうとした所を、寸での所で後ろから伸びてきた手に留められる。振り返ると、ヒスイリアを見つめたままスーツの袖を掴んでいる宝条の手が目に映った。


「近付くなら静かに…刺激をしないようにしろ。」
「……何だと…?」
「恐らくあれにもう個体としての機能はない。思考など体内のジェノバ細胞に既に喰われている事だろう。」


その言葉にルーファウスは目を見開いた。姿は最後に見た時と何ら変わった様子は見られない。

奴は何と言った……個体としての機能が、…意識が…ない?それは…私の事すら、彼女はもう分からないという事か。

あの翡翠の眼が判別するのは敵か―――そうでないものか。
それだけだと…

ルーファウスは言葉を失くし、無言で立ち尽くす彼女の姿に顔を歪めた。


「クックック…。やはりあの娘…そうだったのだ。サンプル:HO-0002-OPT――――コード:XX。
私の創った最高傑作の片翼。クッ……ククク……」


宝条はルーファウスから手を離すと、動かぬ彼を置いてゆっくりと距離を詰めていく。
恍惚と目を細めるその様はまるで子供を見つめる父親のような表情で…彼は真正面から向き合う形でヒスイリアの前に立った。


「ああ…、実に惜しい。まさか生きていたとは。ずっと私の手元に在れば間違いなくセフィロス以上に貴重な存在となっただろうに。」
「………宝条?貴様、何を……」
「…ふん、お前が知る必要はない。約束の地に連れてくる約束は果たした。それで満足なのだろう?」


体の後ろで手を組み、宝条は悠然と振り返る。
と、その時。それまで微動だにしなかったヒスイリアが僅かに視線を動かした。
訝しむより早く。瞬間、先刻よりも大きな揺れが大地を揺るがす。
ルーファウスが彼女の見つめる視線の先を辿るとマテリアの結晶の内側、その更に深部。形容しがたい程、巨大な生き物が鈍い眼光を光らせていた。

抉るような殺気と、威圧。
聞こえてくる咆哮に背筋に冷たいものが走る。
ヒスイリアは窮屈そうに蠢いているそれを見つめたまま、掠れた声で呟いた。


「……ウェポン……」


その声にまるで呼応するよう、モンスターは更に暴れ出した。地響きが徐々に音を増し、結晶に入るヒビが無限に増えていく。宝条は彼女の呟きに小さく感嘆の声を上げ、その異形のものを嬉しげに見上げた。


「ウェポン…本当にいたのか。信じてはいなかった。」
「…何だというのだ?」
「ウェポン。星が生み出すモンスター。星の危機に現れて全てを無にする……ガスト博士のレポートにはそう記されていたな。」

「かの者は星の秩序を守る、守護者にして破壊者。 
かの者が目覚めし時、星は終焉と再生の時を迎えん…。」


ヒスイリアは宝条の言葉に付け加えるよう淡々と述べると、ウェポンの方に向き直りルーファウス達に背を向けた。


「…出て行って下さい。ここはもう貴方達の立ち入って良い場所ではない。」


彼女はゆっくりと手を挙げると、聞き取れない呪文を唇から滑らせる。周囲から不規則に沸き上がっていた微弱なライフストリームがその勢いを増して行く。
宝条はそれに飛び退くと、即座に届かない位置まで後退した。力の無い人間に魔晄が与える影響を彼はよく知っている。
ルーファウスもスカーレットを抱え上げると、宝条に続き急いで彼女から距離を取った。
やがて淡い光緑はある程度まで広がると、それ以上波打つ事をしなくなり隔たれた空間を作り出す。
そしてヒスイリアが静かに手を降ろすと、彼女が現れた時と同じよう内側に数人の人影が現れた。


『ここは…!?』


いきなり切り替わった風景にティファが驚嘆の声を上げる。巨大なマテリアの結晶。異形の怪物。神羅の幹部達。困惑している彼女を見つめヒスイリアは静かに口を開いた。


「此処は大空洞の中心部。セフィロスが貴女達をここへ喚びました。……いえ、正確には…

最後のピースを埋める彼を。」


深い緑色に揺らめくヒスイリアの目が、立ちすくんでいるクラウドに向く。ティファは咄嗟にクラウドを守ろうと、彼女とクラウドの間に割り込むがヒスイリアが動く気配は全くなかった。
黙って佇んでいるヒスイリアにティファは訝しげに眉を顰める。
その時。ここに来るはずのない者の声が彼女の耳にはっきりと響いた。


「来たよ!助けに来たよ、クラウド!」


突然、沈黙を破った声にティファは身体を捻らせる。深茶の瞳に、こちらへ一目散に近付いてくる赤橙色の毛並みが映る。

(レッド13…?)

後方で待機していたはずの彼がどうしてこんな所に。万が一を考えて彼には黒マテリアを秘かに預けていた。奥に進む自分達が持つより、その方が安全だと。


「ありがとう……レッド13。黒マテリアは?」


《黒 マ テ リ ア》
クラウドの口からその言葉が出た瞬間、彼女はハッと目を瞬きヒスイリアの方を見遣る。ヒスイリアは相変わらず無言であったが、ティファの揺れる瞳にその意思を肯定するよう目を臥せた。


『……ッ…!』


即座にティファはクラウドの方へ手を伸ばす。距離はそう遠くない。自分の方がレッド13よりも遥かに近いところにいる。


『クラウド!!クラウド、駄目よ!!』


必死に呼びかけ――――引き戻そうと腕を伸ばす。
触れるまで後、数センチ。歩みは止まるはずだった。


『………え…?』


確かに届いたはずの彼女の手。しかし、その掌に伝わる感触は何もない。ティファの腕はそのままクラウドの身体を擦り抜けた。
呆然とするティファを置いて、クラウドは歩調を緩めず尚もレッド13の元へ歩いていく。
立ち竦むティファの隣にヒスイリアは歩み寄ると変わらない様子で言葉を添えた。


「空間を枉げているのです。…触れる事は叶いません。レッド13からも貴殿方の姿は視えない。」


耳に響いた冷たい声に、ティファは大きく首を横に振る。彼女は悲壮に顔を歪め、諦めず彼の名を叫び続けた。


『―――クラウド…!クラウド、やめて!!クラウド!!』


何度も、何度も繰り返し、次第に声が涸れてくる。しかし、ティファの必死のその呼びかけもクラウドの足を止める術にはならなかった。
クラウドの手はレッド13の持つ黒い石に躊躇いなく伸びる。
彼の手に収まる、漆黒のマテリア。クラウドはそれを確かめるよう強く握りしめると、虚ろな瞳で微笑んだ。


「ありがとう。後は俺が………やります。」


光を失った魔晄の眼が、ティファ達の方へ向き直る。恐れていた事態。申し訳なさそうに微笑むクラウドにティファは身震いした。


「皆、今までありがとう。それに……ごめんなさい。」


謝罪の言葉と共に急速に感情を無くしていく表情。
話しても別人のように機械的な声を発する彼に、掛ける言葉が見つからない。


「……ごめんなさい。……すいません。
特にティファ……さん。本当にごめんなさい。いろいろ良くしてくれたのに……何て言ったらいいのか――。」


自分を見る他人のような目に、思わずティファの目から涙が溢れた。踏んばっていた足から力が抜け、彼女はその場に崩れ落ちる。泣きじゃくるティファを見てもクラウドは静かに佇むだけで、ゆっくり彼女に背を向けた。


「俺、クラウドにはなりきれませんでした。 ティファさん……いつかどこかで本当のクラウド君に会えるといいですね。」


ティファは座り込んだまま、側に立つヒスイリアの足に手を伸ばした。指先に衣の感触がある事を確かめると、彼女はそのまま服の裾を握り締める。


『……ヒスイリア…。お願い……クラウドを、止めて。貴女なら出来るんでしょう?』


項垂れたまま、涙ながらにティファは訴えた。ヒスイリアは暫し無言で彼女を見下ろしていたが、やがて静かにティファの手を取る。力無い彼女を立たせるとヒスイリアはゆっくりと首を横に振った。


「無理です。貴女にも私にも…もう、見ている事しか出来ません。」
『……嘘よ。そんなの嘘ッ!貴女には出来るはずだわ……!!!ねえ、お願い…。もう…嫌なの。誰かがいなくなってしまうなんて、もう………ッ、……』

エアリス…―――――

ティファは消え入るような声でその名を呟いた。


「エア…………リ、…ス……?」


不思議そうに、ヒスイリアはその名前を復唱する。感情に震えた声にティファが顔をあげると、彼女はそれまでの表情と打って変わり、苦しげに顔を歪めていた。


「……ぅ……くッ!」


ふらふらと数歩…後退し、ヒスイリアは額を押さえる。急変した彼女に困惑しつつも、ティファは今にも膝の折れそうなヒスイリアの体を咄嗟に支えた。


『ヒスイリア!?』


前髪に覆われた顔を覗き込むと、険しい彼女の顔が飛び込んでくる。そして…弱々しいながらも、彼女の顔に確かな感情の色が戻っている事にティファは期待に息を呑んだ。


『…ヒスイリア、貴女…ッ「ヒスイリア…ッ!!!」


ティファと、それに重なりもう一人別の声が同時に彼女の名を叫ぶ。ヒスイリアはティファを見据えた後、額の汗を拭って顔を上げた。
交差する視線。時にしてそれは僅かであったが、二人にとっては時間が止まったように長く。


「………どう…して…………」


ヒスイリアは泣きそうな顔で笑った。雪と泥で汚れきった男の姿。いつも小綺麗に立てられている赤い髪は吹雪にやられて水を滴らせていた。

馬鹿だ。
こんな所まで追い掛けて来るなんて。
何故、そこまで――――――。

本当の仲間じゃ、ないのに。


「……ティファ。」
「え?」
「クラウドを止める。だから――アイツに伝えて欲しい。」


瞬間、ティファの体はヒスイリアの側から瞬時に弾き飛ばされた。直線状にふっ飛んだ体はライフストリームを突き抜けて外の空間に放り出される。
咄嗟に受け身を取ろうとしたティファだったが、その前に投げ出された四肢は他人の手によって抱きとめられた。


「――ッ…!!」
「…大丈夫か、と。」

「あ……」


その場に降ろされティファは後ろを振り返る。前髪が下りて随分と印象が異なるが、レノが彼女を見下ろしていた。


「レ、ノ…!レノ、ヒスイリアが………ッ」
「教えてくれ。どうすればアイツの所に行ける?」


喉を痛めうまく喋れないティファを宥めつつ、レノは真剣な声で問いかけた。ティファはライフストリームに包まれるクラウドとヒスイリアを交互に見遣り、無言で首を横に振る。何も出来ない。例え様のない無力感。悔しげに唇を噛み締めながら、ティファはもう一度声を絞り出した。


「……ッ分からない。ヒスイリアが…貴方に伝えて欲しい事が…って………」
「……いい。どうせろくでもない台詞だ。本人の口から直接聞くぞ、と。」


レノは顎で下がれと示す。ティファを半ば押しどけるように後退させると、彼は透明な障壁に手をついた。力任せに拳で叩き付けると、彼はヒスイリアを睨み付ける。

ようやく見つけたと思ったら。
お前は、また。


「…ヒスイリアッ、聞け!ルードも、イリーナも……今、ここに向かってる!」
「!…」
「まだ間に合う!帰って来い!!」


差し出される手。本気で名前を呼んでくれるレノが彼女は堪らなく嬉しくて、顔を逸らした。直視は出来なかった。
人の倍ほどもあるマテリアの結晶が剥がれ落ち、土煙を巻き上げる。後、少しすれば岩肌は崩壊し、ウェポンが這い出てくるだろう。ヒスイリアは砂と石の降るその中で、黒マテリアを握りしめたクラウドと相対した。


「何故、セフィロスを裏切るんですか?貴女は最も彼に近い存在なのに。」
「……違うわ。裏切るとか、裏切らないとか…そんなんじゃない。私はただ……」


溜め息まじりに苦笑すると、ヒスイリアは首を振る。辺りで誰かが何か言っているようだったが、……耳鳴りが酷くもう何を言っているのか聞き取れない。

分かる。意識が…また闇に沈もうとしているのだ。
だから今、こうして自分でいられる間。
この瞬間だけでも。


「私はただ守りたい。まだ…死なせたくない人間が側にいるから。だから私は君を止める。」


……嬉しかった。来て…、くれた事。
こんな場所まで。心底、馬鹿だと思ったけれど―――それ以上に…嬉しかったから。
今の自分に出来るせめてもの、答えを。

彼女は割れそうに痛む頭痛を堪え、帯刀を鞘から引き抜いた。


「……仕方ありませんね。貴女が俺の邪魔をするなら俺は貴女を排除する。そして俺は、セフィロスに会いに行きます。」


クラウドが背中の大剣を抜く。
二人の腰が沈み、その距離が一気になくなった。

ぶつかり合う、強大な力。
その余波は周囲の大気を大きく震わせ、大空洞全体を白一色に染めあげた。
マテリアの結晶からライフストリームが噴き上げる。震える瞳に映ったのは流れる白銀の髪。臥せられた睫毛の間から覗く眼を見た所で、彼女は視界を失った。
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2006.09.24
一部改定。

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