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17ジェノバプロジェクト


ヘリの操縦をするのは何年ぶりだろうか。
プロペラが風を切る音を懐かしく思いながら、ヒスイリアはインカムを装着した。
ウータイへ寄越されたヘリに彼女は一人搭乗した。
合流したツォンから彼女へ言い渡された次の指示はロケット村へ向かっているルーファウスの元へ向かう事。
他のタークスのメンバーはクラウド達の捜索、約束の地の絞り込みとなった。


「……あんまり信用されても…ね。」


ヒスイリアは呟くと、操縦桿を握る。単独行動は神羅に戻って初めての事だ。離れていく地上の風景。彼女はぼんやり空を眺めた。
時間は少し余裕がある。任務に沿えば多少寄り道したところでバレなければ良いだろう。ヘリの航路を彼女は海上で密かに変更する。行き先はかつて初めて目にした“外の世界”ニブルエリアへ取られていた。

***

「…行っちゃいましたね…。」


小型船に揺られつつ、イリーナはぽつりと呟いた。舵を握っているレノはまだ肉眼では確認出来ない陸地を見る彼女に苦笑を浮かべる。


「何だ、イリーナ。もう寂しいのかな、と。」
「な…。ち、違いますよ…っ!私はただ…ちょっと。」
「ちょっと?」
「…。ちょっと……いつもと雰囲気が違ってたから気になって…」
「ヒスイリアがか?」
「あ…はい、ツォンさん。」


イリーナの声に、書類に目を通しながらツォンが俄に反応した。彼は暫し目を伏せると、顔を上げてレノを見る。


「レノ。お前は?」
「…さぁ?俺は特に分かりませんでしたよ、と。」


背中に刺さる視線をレノは軽快な声でさらりと流した。伺い知れない表情を探るよう、僅かばかりの沈黙が流れる。幸い、船のエンジン音が気まずさを掻き消しツォンは「そうか。」とだけ応えてすぐ様視線を下へ戻した。


「なら、いい。我々の任務はキーストーンの奪取と古代種の神殿に関する情報収集だ。彼女の事は今は忘れろ。…最悪、彼女には人質がある。逃げられはしないのだ。」
「…、はい…。」


納得してはいない様子だったが、イリーナはその言葉にこくりと頷く。小さくため息をつきながら、彼女は小窓から見える海と波しぶきに目をやった。

“じゃあね、イリーナ…。”

別れ際見たヒスイリアの顔。容姿は何も変わらないのに昨日までとは何処か別人のようで。何だかこのまま…もう会えないような。そんな気がふと彼女の胸に過ったのだ。
この数週間、当たり前のよう行動を共にしてきたが、ヒスイリアは神羅の人間でない。
最初から彼女はいつも落ち着いた対応をしていたが、自分達がひっそり暮らしていた彼女の日常を奪い、古傷を抉るようセフィロス探しに引っ張りだしたのだ。

(………ヒスイリアさん…)

祈るよう、イリーナはそっと目を閉じる。ずっと味方でいて欲しい、なんて勝手な願い。けれど彼女と相対するなど嫌だ。彼女は大人で強く、優しい人なのに。まだまだ自分の先で、道を示していて…目標であって欲しい。思案するイリーナの横顔。それをレノだけが密かに横目に見つめていた。

ニブルヘイム村の奥に残る神羅屋敷。その地下室への扉を開くと、湿った風が下から吹き上げてくるのが分かった。腐りかけた木製の螺旋階段をヒスイリアは一歩一歩降りて行く。かつてヴィンセントが命懸けで切り開いてくれた道。


「あんなに嬉しかったのに。忘れてたなんて……ね。」


言って、彼女は少し悔しそうに口元を歪めた。宝条のヒステリックな罵声と共に殴られ“サンプル”として扱われていた日々。その頃は喜怒哀楽…感情を持つ事すら許されていなかったがそれでもその暴力は根本から心に恐怖を植え付けた。
クレシェント博士やヴィンセントだけが、あの恐ろしい生活での僅かな光。知識を与え、優しさで包んでくれた、数少ない人間。多分、あの頃は父か母のように彼らを無意識の内に慕っていたのだと、思う。
彼女は数日前訪れた実験室跡を横目に、さらに奥へと進んで行った。

書斎へ足を運ぶと、そこにはまだ大量のレポートが無造作に残っていた。デスクに積もった埃を適当に払うとヒスイリアは手当たり次第に目を通し始める。
記憶が戻っても、分からない事はまだ多く在った。
自分は何の実験に使われていたのか。

『サンプルXX』

かつて呼ばれていたその文字を古ぼけた資料の中に、探す。既読した束が積み上げられていく中、ふと、見慣れた綴りの文字が彼女の目に止まった。


「……Sephiroth………JENOVA…PROJECT?」


彼女は食い入るように、その紙面に目を走らせる。
かつて世界に暮らしていたとされる古代種の再生。
その研究内容が事細かに記され、時折、セフィロスの名がそのレポートには挙げられていた。


「………セフィロス。……じゃあ、セフィロスは……」
「その通り。セフィロスは造られた古代種だ。」
「!」


突然、響いた声にヒスイリアは顔を上げた。暗い部屋に浮かび上がるよう、白いロングスーツが遠目に揺れる。彼の手にした銃口は真っ直ぐ彼女を捉えていた。


「……、ルーファウス…」


驚きを隠せない様子のヒスイリアに、金髪の青年は意地悪く口元を歪める。まさか彼の方から出向かれるとは。表情から言いたい事が伝わったのか、ルーファウスは口を開いた。


「…機体にはGPSを取り付けてあるからな。君が命令を無視して何をしているのか、見に来てみたのだよ。」
「…それはまた。わざわざご足労頂いて失礼致しました。」
「全くだ。君がさっさとロケット村に来なかったおかげでタイニーブロンコがクラウド達に奪取された。おかげで私は古代種の神殿には行けず仕舞いに終わりそうだ。」


皮肉たっぷりにそう告げると、彼は髪を掻きあげる。ルーファウスを追って神羅兵が数人降りてくる。ガーディアンを従え歩みを進めてくる彼をヒスイリアは憮然とした表情で見つめていた。
言葉にはしなかったが、こういう所はプレジデント神羅そっくりだ。


「……屋敷の地下にこのような場所があったとはな。」
「ご存知なかったんですか?」
「ああ。親父は、枢軸の事を私の耳に入れたがらなかったからな。ここにも数回、焼け落ちるずっと前に訪れた事はあるが…邸宅としてのみの利用だった。」


靴音が一際近くで響いて止まる。ルーファウスはヒスイリアをまじまじと見つめると、青い瞳を冷やかに薄く細めた。


「さて…まずここに来た理由はなんだ?返答によっては穏やかには済ませられなくなる。」
「…報告出来る事はまだ何も。先日、負傷してニブルヘイムに滞在した時ここでセフィロスに接触しましたので、モンスターが荒らす前にもう一度よく調べておきたかっただけです。」


ヒスイリアは資料に触れながら淡々と彼に告げた。核心に迫る言葉は避け、事実のみを口にする。データは膨大。自身とこの場所を繋げる証拠は何もない。ヒスイリアはこの場は冷静に演技する事を最良とした。


「つまりこういう事でしょうか?セフィロスは唯一の古代種で、彼だけが約束の地を知っている。だから貴方は彼を追っている。」
「……そうだな。ほぼ正解だ。」
「ほぼ?」


引っ掛かる言い方をするルーファウスの口調にヒスイリアは眉を顰める。


「古代種はセフィロス一人ではない。我々が知る限りもう一人…実はその生き残りがいる。…恐らく君ももう会っているんじゃないか?彼女に。」
「…何ですって?」

「エアリス=ゲインズブール…そう言えば分かるか?ヒスイリア。」
「っ!!」


心臓に鈍器で殴られたような衝撃が走る。
エアリスが…?彼女が……古代種?
驚いた反面、頭の中では妙に納得してしまう。だから、クラウド達は必要以上に追われていたのだ。裏切り者、反政府組織、それだけでなく彼らの中にこちらが望む切り札がいるから。
だからこの男は彼らを本気で追い詰めずわざと泳がせている。相変わらず性格の悪い事だと思った。


「―――失礼致します…!」


その時、青の制服に身を包んだ一般兵が一人、地下に滑り込んでくる。慌ただしいその様子に、ルーファウスは顔を歪ませ彼の方に向き直った。


「どうした…何かあったのか?」
「はっ!ウッドランドエリア、タークスより入電です。クラウド達を追い辿り着いた古代種の神殿らしき場所で、セフィロスを確認。交戦により……約一名が重傷との事であります!」


重傷。その言葉に、それまで冷然としていたヒスイリアが勢い良く顔をあげた。
誰が。思わず、口にしそうになるが、ルーファウスの前で彼らに情を移している事を悟られるのは本意でなく彼女は黙って続きを待つ。次令はだいたい想像がつく。程なくルーファウスは銃を降ろし、後ろの神羅兵も下がらせた。


「―――ルーファウス様!この裏切り者は…」
「おっと。口の聞き方に気を付けたまえ。その気になれば、彼女はこの場にいる人間など容易く切り伏せるぞ。」
「…別に何を言われようが私は構いません。」


ヒスイリアは興味なさげに答えると、ルーファウスをじっと見つめる。軍隊から敵意を向けられるのはそう珍しい事ではない。むしろこれまで同行していたタークスが特例なのだ。ルーファウスは報告に入ってきた神羅兵から座標の資料を受けとるとそのまま彼女に手渡した。


「次はないが。見張りは必要か?ソルジャークラス1st?」
「…いえ。すぐに向かいます。それでは失礼致します。」


確認してすぐにヒスイリアは足を踏み出す。揺れた瞳を見逃さず、ルーファウスは彼女が通りすぎてから小さく一人苦笑した。ポーカーフェイスを気取っているが、人間の貌を完全に隠すのは容易でない。自分もそう。だから解る。彼女がタークスに心を寄せている事を。愚かな彼女は会社を裏切れても、彼らを裏切る事は出来ないのだ。


「…地下にある研究資料を回収しろ。私はミッドガルへ帰還する。」


ルーファウスはそれだけ告げると、彼女の消えた階段へ自らも静かに歩き出した。

(利用価値がある内はまだまだ使わせてもらうさ…)

全ては最期に、自らが世界の頂点で笑う為に。
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2006.05.23
一部改定。

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