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16罪と罰


「ヒスイリア…!」


ダチャオ像の上層部で、エアリスがそう叫んだ時。
思わず我が耳を疑った。
生きているはずがなかった。あの、かつての少女が。だがソルジャーとして目の前に立っていた女性はそう思ってみれば容姿は見事に該当していた。
クラウド達がウータイを離れる前に確かめておかなければ。ヴィンセントは大陸へ戻る前夜、夜の闇へ一人飛び出した。

「         」

―――…沈みゆくのを見たのだ。
あの日。大海へ消え行く様を、何も出来ず見送った。神羅屋敷での長い長い眠りの中で、幾度あの光景を夢見た事か。まさしくそれは悪夢だった。


「……ここにアバランチを招いた覚えはないんだけど?」


背後から響いた声。振り返った視線の先で、月光に照らされ蒼銀の糸が煌めいた。

忌わしい過去の古跡が疼く。
それは二十三年前…………彼がある少女を死なせたキオク。

***

場所はニブルヘイム神羅屋敷地下科学実験施設。
初めてヴィンセントが少女を見たのは彼がまだタークスに在籍しルクレツィアが使用していた部屋を訪ねた時の事だった。


「ルクレツィア…?ルクレツィア……居ないのか?」
「その名前の人なら居ない。」
「…!」


突然、室内から発せられた子供の声。ふと視線を向けた先に在ったのは義眼のように澄んだ緑の目。人形のように端正な顔立ちだったが、白い肌には青い痕があちこちに点在していた。
腰の辺りまでのばし放題に伸びた淡い紫の髪を無造作に垂らしたまま少女には大きすぎるデスクの椅子に彼女は気配も無く、ただぼんやりと座っていた。


「…見た事ないひと。今日はあなたが連れ戻しにきたの?」


少女の声に抑揚はない。それは冷たいものとはまた違う、機械的な無機質さを感じさせた。


「…君は…誰だ…?…何故、こんな所に……」
「なぜ?ここ、私の家だもの。お家に居るのは当たり前でしょう?」
「……家?君…は……」


言葉の途中で、乱暴に扉を蹴り開ける音が割り込んでくる。ヴィンセントが振り返ると、ドア口に血相を変えた宝条がルクレツィアの腕を引き摺るように掴んで立っていた。


「ふん…、やはりまた連れ込んでいたのか…!」
「きゃっ」
「、宝条!」
「…なんだぁ?貴様もガードマンのくせにまたこんな所にまで…」
「やめて、宝条!…ヴィンセントも!」


掴みかかろうとした宝条と私の間にルクレツィアが割って入る。宝条は鼻息荒く二人の傍を通り過ぎ、少女のもとへ歩いていくと物を拾いあげるよう乱暴に脇に抱え上げ足早に部屋を出て行った。


「……ルクレツィア…いまの子供は……」
「…いいの。」
「だが、「いいの…!貴方には関係無い……っ。いいから…………忘れて…。」


そう苦しげに吐き捨てた彼女に、ヴィンセントはそれ以上何も言えなかった。精神的にとても不安定だった当時の彼女。壊れていく心を、彼は支える事が出来なかった。

あの時、ルクレツィアは何を思い、少女と接していたのだろう。
生まれて間もなく奪われた息子と少女を重ねていたのか。
或いは…

力になりたい。その思いは本心だったが、当時のヴィンセントが立ち入れる領域ではなかった。
少女が手にしていた人形だけが、簡素な床に不釣り合いに転がっていた。

それから、数週間経った頃。
地下の回廊で警備にあたっていたヴィンセントの前に、再び少女は現れた。薄暗い施設の廊下で緑の眼が猫のようにきらりと光る。目が合うと、少女は辺りに人気の無い事を確認してから彼の側に近付いた。


「…………コン、ニチワ?」


唇から漏れる、相変わらず機械的な声。ぎこちない挨拶。濡れた髪から滴る水音が閉ざされた空間に静かに反響した。


「ルクレツィア…探してる。ルクレツィア、どこ?」


触れられる程近くまで来ると、彼女は顔を目一杯上げまっすぐ彼を見上げる。ヴィンセントは一瞬躊躇ったが少女の前で膝を折り、目線を合わせてその問いに答えた。


「……すまない。ルクレツィアは今出ていて居ないんだ。近日中には戻ると思うが。」
「…そう。泣いてる声が……聞こえたの。」
「、…泣き……声?」
「うん。…。帰ってきたら…伝えて?また来てって。」


そう言うと、少女は元来た道を引き返していった。
…おかしな事を言う、ヴィンセントは思った。
ルクレツィアの声が聞こえた?そんなはずは無い。三日前から彼女はミッドガル本社へ出張しているのだから。

(――……深く考える事は無い、か。)

恐らく夢でも見たのだろうと、その時はそれで片付けた。彼女が帰ったら、少女が探していた事だけ伝えてやろう。そう、思った。
しかし……その言伝が彼の口から漏れる事はついになかった。後になって知った事だが、その前日、神羅本社にはルクレツィア=クレシェントの退職願が密やかに提出されていた。


―月―日

外は耳障りな程の豪雨。しかし、幸いな事に地下の完璧な防音設備の前ではそんな事は問題にならない。
この所、宝条の不在を見計らって少女はよく地下から出てくるようになった。
今日もまた、ヴィンセントの姿を見つけると見張りがいないのを見計らって側へそっと寄り添った。


「こんにちは。」
「ああ。」
「…最近、あのひと居ないんだね。」
「……。」
「もう…帰って来ないのかな…」


つまらなそうに、少女は遠くへ視線を向ける。時折、表情に変化を見せるようになったのは安心したが、それはいつも寂しそうで。掛ける言葉が見つからず、ヴィンセントは彼女の頭を撫でてやる事しか出来なかった。


「……私、ルクレツィアがしてくれる外の話が好きだったの。」
「外の話?」
「そう。この階段を登って家を出ると、広い広い世界が広がってるんだって。」
「―――。君は……まさか外へ行った事がないのか?」
「…うん。……本当は…外、見てみたいけど……博士がそれは駄目だって。私“サンプル”だからちゃんとお家の中にいなくちゃ駄目だって。」


怒りも、悲しみもなく。淡々と少女はそう述べた。
不意に目頭が熱くなった。沸き上がる感情に当て嵌まる言葉はない。
ただ…人として扱われていない、それを不満にも思わない…思う事すら知らない目の前の子供を。恐らく彼女が救おうとしていたであろうこの少女を。このまま一生、宝条の研究材料で終わらせるのか。
結論は――――否だった。

宝条の不在時期を調べて、ヴィンセントは研究室に押し入った。警備はあってないようなもの。当然だ、彼自身が警護者の一人だったのだから。
部屋に人間が訪れた気配に、巨大なビーカーに入れられた少女が顔を上げる。彼女は私の姿を見ると急に不安げな顔になり細い首を横に振った。


「…駄目。ここ入っちゃ駄目。博士、怒るよ。ルクレツィアだって、何度も叩かれて…」
「構わないさ。…来い。ここから出してやる。」


銃でガラスを叩き割って。彼女の手を取った。
警備兵をなぎ倒し、回廊を突っ切って屋敷の外へ。あちこち負傷し流血していたが大した事ではなかった。

白日の太陽の下。日の光に初めて照らされた時の少女の顔を見た瞬間。全てが、報われ…赦された気がした。


「…っ…まぶしい。…これ…が、外…?」
「ああ。さあ、行こう。これまで中にいた分、たくさん見てまわらなくては。」


首にまわされていた手に少し力が篭る。いつも氷のように冷たかった少女の手が、少しだけ温もりを帯びていた。
逃亡は昼夜を問わなかった。疲れをとる為に眠り、体力が回復すれば奔走した。目立たぬよう森を使い、大陸の端に位置する小さな港町を目指して。
夜明け前、冷え込んできた大気にヴィンセントはジャケットを脱いで少女を包む。下の白いワイシャツが思いの外赤く染まっていた事に驚き、見なければ良かったとヴィンセントは少しだけ近くの木に寄り掛かった。


「…。あの、……」
「…大丈夫だ。」


有無を言わせない雰囲気に少女は黙ってヴィンセントの傍に大人しく腰を下ろした。束の間の休息が訪れる。…少し気が抜けたのか。怪我の程度を認識したせいか。ヴィンセントは体の芯から震えが来た。

(…血を……流し過ぎたか。)

既に、赤黒く固まった傷口に手を置く。脈動する鈍痛。一瞬…気を失いかけて、不意にルクレツィアの言葉がフラッシュバックのように蘇った。大きなお腹をしていた頃の、幸せそうな顔。


「っ…」


ねえ…ヴィンセント。
私…今、この子の名前考えてるの。

名前…?セフィロスではなかったのか?

男の子ならね。
でもそれはガスト博士が決めた名前だし…もしかしたら女の子かもしれない。

もし女の子が生まれたら…妖精みたいに可愛い名前を付けてあげたいの。



「……。ヒスイリア……。」
「え?」


譫言を呟くよう出た声に、少女が俯いてた顔を上げる。


「名前……そういえば、無かったろう。お前…ヒスイリアは…どうだ?」
「…私、サンプ」「それは名前じゃない。」


手を伸ばして。小さな躯を少し強引に抱き寄せた。
驚いて目を見開く少女に、そっと額を合わせて視線を重ねる。


「ヒスイリア。…ルクレツィアが…考えていた名だ。これからはそう名乗るといい。」
「ルクレツィア、が…?」
「ああ。」

「な…まえ…。…私の……名前。……ヒスイリア……?」


少女は不思議そうに何度も与えたその名を呟いていた。


「……少しだけ…休む。ヒスイリアも少し眠れ。」


植え付けるよう、名を呼ぶ。何も知らない少女はヴィンセントにやんわりと微笑み頷いた。
無垢な笑みに自らの行動が酷く汚いものに思えた。胸の奥に残る思慕をこんな子供に押し付けてしまう、自分。しかし、それでも…ルクレツィアとの思い出を少しでも繋ぎ止めておきたくて。
自分と彼女が共に居た証を、何らかの形で残したくて。
小さな温もりを隣に、ヴィンセントは目を閉じた。


「         」


意識が闇に落ちる前、少女が何か呟いた気がしたが、強烈な睡魔に掻き消された。

***

波の音が近付いてくる。もう目前に迫る波止場。
幸い、非常線はまだここまで届いてはいないらしく神羅兵の姿は見当たらない。
少女の手を握る腕に一際力が籠る。大陸を渡ったらコスモキャニオンに向かおう。あそこなら神羅の手が入りにくい。噂に聞く賢者に、彼女を預けよう。
一人なら…何とか撒けるかもしれないし、もし失敗したとしても…。もとより既に身寄りも何もない身。失うものは……何も無い。


「さあ、行こう。」


そう、言いかけて少女に振り向いた瞬間。
乾いた銃声が耳に響いた。

―――――タァ…ン…!
活路が見えて、気が緩んでいたのか。疲労と傷のせいだったのか。恐らくその両方だった。生温かい血しぶきが頬に付着する。
突き飛ばされた。そう認識すると同時に、目の前にあった少女の姿が突然視界から掻き消えていた。


「っ…」


疲弊しきった足は踏んばりが効かず、ヴィンセントはそのまま後ろに倒れ込む。
衝撃で全身に痛みが走るが、それどころではない。勢い良く身を起こし咄嗟に周囲に目を配った。


「、…!!」


捉えたのは防波堤。黒い衣を纏った少年に喉元を捕まれ、海の方へ突き出されている少女の姿が目に入る。


「軽卒な真似をしたな。サンプルXX…。」
「……セ…、セフィ…ロ、……。」


苦悶の表情を浮かべた少女の口から聞き覚えのある言葉が吐露された。

…今、何と言った?少女は何と言ったのか。
一瞬、思考が停止した私の方に少年の顔が僅かばかり向けられる。少女に似た、エメラルドグリーンに輝く瞳。けれどそこには確かな侮蔑と憎悪が込められ、冷ややかに私を見据えていた。


「…あの男に誑かされたのか?」


少年の体から殺気が膨れ上がるのが分かる。距離は十二分に空いている。にも関わらず、その圧に体が恐怖しているのが分かった。


「…ち、違…う。逃げたのは……私が、あの、ひと…に……頼んだ………っ」
「……そうか。…いいだろう。なら、逃げてみるがいい。それで逃れられる運命ならば。」


静寂を湛えた声と共に少年の腕から力が抜ける。

違う。駄目だ。駄目だ。
やめてくれ。
彼女だけは。


「やめろぉお――――!!!!!」


咄嗟に立ち上がろうとするが足が言う事を聞かず、前に進めない。離される、手。一瞬、目が合った気がした。笑うでも、泣くでもなく。ぼんやりとこちらを見つめ、消える姿。


「……、ぅ、ああ…っ!あああぁあああ…ッ!!!!」


水面にぶつかる音は、乗り込む筈だった船の出港の汽笛にかき消されて聞こえなかった。
近付いてくる複数の足音。銀髪の少年は、ヴィンセントを一度も振り返る事無く青い制服の波に呑まれていく。

―――セフィロス…。
あれが…あれ、が……彼女…の…………


「…っ」
「動くな!」


数えきれぬ銃口が、迷わず頭に向けられる。


「総務部調査課ヴィンセント・ヴァレンタインだな。」


返答は出来なかった。
…殺した。誰でもなく。私が。私が彼女を殺してしまった。その事実に、急に全身の力が抜け落ち、唇を動かす事すら出来なかった。


「ニブルヘイム地下研究施設より被検体を持ち出した窃盗罪、並びに器物破損等の容疑で連行する。宝条博士がお待ちだ。」


耳に届く声は酷く空虚で、遠い。
なすがままに引き摺られ拘束具をつけられた。

あの日から……ずっと後悔してきた。
自らの無力さを呪い、無念だと。
だが………彼女は今、こうして―――――。


「……変わってないわね、ヴィンセント。あの頃と…全く。全然、変わっていない…」


貴方も生きていたのね。
ヴィンセントの頬に手を伸ばして、ヒスイリアは眉を顰める。恐る恐る触れた手をそのままに、彼は微かに笑みを漏らした。


「…いろいろあってな。君こそよく生きていたものだ。だが、どうして。まさか……神羅に居るとは。」
「……。心配しないで、宝条は知らない。…私自身ですら、今まで思い出せていなかった。」


言葉を詰まらせ、彼女はゆっくり立ち上がった。水面を見つめる固く真摯な横顔。


「………行かなくちゃ。」
「…?どこへだ?」
「まずはニブルヘイム、かな。あの地下で調べたい事もある。大事な事をたくさん…長い間忘れていたから。」


薄く微笑んで、彼女は静かに背を向ける。風に舞う、長い髪。その冷たい輝きは美しさと同時にひどく酷薄に霞んで見えた。


「私と来ないか?」


自然と、その言葉が唇から滑り出る。
振り向く事はしないが、彼女の足はその場で止まった。


「もう一度、私と来ないか?ヒスイリア。」


風が凪ぐ。全てが止まったような錯覚の中、彼女だけがゆったりと彼に向き直った。


「……ありがとう、ヴィンセント。でも…私はもう大丈夫。仲間の処に帰って?今の仲間を、守ってあげて。」


あの頃と同じ、澄んだ微笑み。
けれど、彼女から出された答えは異なった。


「……ごめんなさい、ヴィンセント。…さようなら。」


決別の言葉と共に、彼女は夜の闇へと消えていく。
自らの意志を胸に秘めて去ることしか、出来ない。

ごめんなさい。
優しい貴方を巻き込んでしまった私をどうか。
こんな形でしか、報いる事の出来ない私をどうか赦して。


「私の犠牲者を…これ以上、もう増やすことはしないから。」

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この長編は無印重視なので「AC」「DC」等の設定は考慮しておりません。
故に、ヴィンセントの身体をどうこうしたのは宝条のみの設定です。 2006.04.28
一部改定。

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