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18血の夢痕_前


一生涯、秘めて生きていく。あの日そう、心に決めた。
しかし大人になり物憂げな彼女の横顔を見る度、いつもその選択が正しかったか、疑問が胸を過っていた。


「ツォンさん!!ツォンさん、しっかりして下さい…!!」


五年前のあの事件さえなければ。
二年前のあの時、私達が間に合っていれば……―――――。


「ツォンさん!!」


目を伏せると、彼の生前の姿が色褪せる事なく甦る。
鮮やかに、屈託なく笑う姿。
戦闘スキルは高かったがソルジャーには向かない、彼は気のいい優しい男だった。

これは夢か。
それとも…私は死んだのだろうか。
ツォンは意識が混濁する中、目に映る彼に対して静かに口を開いた。

「ザックス……すまない……」

結局、私は――――あの子を。

***

ヒスイリアが指定された座標へ降りると、深い森に守られた巨大な神殿が異質な空気を纏い聳えていた。頂の開け放たれた口からはざわざわと耳鳴りのような音が耳に入る。人の声のような、風のうねりのような。
それを不快に思いつつもヒスイリアは神殿を仰いだ。

かつて古代種が造ったとされる建造物。資料によれば彼等が栄えていたのは何千年も昔と記されていたが…霊的な力が未だ残っているというのか。
そう考えると神秘的というより、その強大な力を恐ろしいと彼女は思った。



「ヒスイリアさん…!!」


神殿の空気に気を取られていたヒスイリアはその声にハッと顎を引く。高度を下げた視線の先、そこには目を赤く腫らしたイリーナが目前に迫っておりそのまま彼女に飛びついてきた。

血に濡れた手。涸れた声。
震えるその体を彼女は一度しっかり受け止め、そっと肩に手を置いた。遅れて歩いてくるレノとルード。そして彼らに支えられ、運ばれてくるツォンの姿。レノは一瞬驚いたよう片眉を跳ねさせたがヒスイリアは気付かぬ振りを決め込んだ。


「…お前が一人で来るとは思わなかったぞ、と。」
「…。容態は?」
「腹に裂傷が一か所。後は打撲だ。幸い、臓器に大きな損傷はないみたいだが…神経をやられてる。足がな……もうどうにもならないんだ。」
「………分かった。早くヘリの中へ。」


黒いスーツを光らせる夥しい血に不安を抱きながらもヒスイリアは毅然と真正面からツォンを見つめる。死なせない。絶対に。
最後にヘリに乗り込む際、ふと背後に気配を感じる。奇妙な違和感に神殿を肩越しに振り返ったその時。先程、確かに誰も居なかったはずの頂上付近。そこに黒い影が、虚ろに佇むのが目に入った。

“助けていいのか…?そんな男を。”

顔は見えない。この距離で…見えるはずはない。
だが、その人影の唇の釣り上がる動きが不気味にもはっきり見てとれた。唇を噛み締め彼女は強く拳を握る。


「……ヒスイリアさん?」
「…何でもないわ。…レノ、急いで出して。」


逃げるよう、彼女はドアを乱暴に閉めた。

破れたシャツを捲ると、状況は思っていたよりも思わしくなかった。血の色は濃く、傷口が開ききっている。恐らく、刺された後も大分動いたのだろう。
ケアル等の回復魔法は正宗の抗魔性質によって大した意味を成さない。止血剤を打っても、体液の漏出はとめどなかった。

………このままではとても軍部までもたない。


「レノ、ジュノンまでの時間は。」
「まだ最低でも一時間は掛かるぞ、と。」



もはやタオルとしての機能を果たさない赤い布からヒスイリアは手を離す。隣では意識の無いツォンの手をイリーナが強く握っていた。うまく声を掛けてやれない事を歯痒く思いながらも、自らは手早く輸血の準備を始める。
そして、ヒスイリアがチューブを接合し、静脈を浮かせようと腕を取ったその時。

『ピ―――――――――』

不意に、心電図が規則的なリズムを刻む事を止め、一定の無機質な音に変わった。


「ヒスイリアさん…ッ」
「、どいて…!!」


ほぼ仕上がった管を放り出し、ヒスイリアはイリーナと入れ替わる。彼女は頸動脈を確認すると、茫然と座り込んでいるイリーナに厳しい表情のまま怒鳴るよう叫んだ。


「…何してるの!除細動器の準備!急いで!!」


ヒスイリアは膝を立て真上からツォンの胸部を力任せに叩く。


「ツォンさん…!!」


嫌。嫌だ。また何も出来ないで知人が死ぬ。
もう、先に逝く人間など見たくないのに。
歯を食いしばり、何度目かに彼の心臓を貫かんばかりに叩いた時、不意に電流が走ったように、ヒスイリアは身体が痺れた。


「…っ!?」


突然、視界が白に染まる。

何が起こったのか?
器具か何かがショートした…?

しかし、眩さが徐々に収まって、色が戻ってくるとそこはヘリの中でもなく、ツォンの姿もなく、ビーカーに浮かぶ義兄ザックスの姿が目の前にあった。

(…………?……ザッ…ク、…ス…?)

戸惑いながら名を呟くが、固く瞳の閉ざされた彼の反応は返らない。周りをよくよく見渡せば、そこはかつてのニブルヘイムの実験室。困惑して立ち竦んでいると、代わりに別の…聞き覚えのある声が彼女の耳元で静かに響いた。


「今日……あの子が見つかった。まだ…ミッドガルの下層で暮らしている。」
『……そうか…。……なあ…ツォンさん。アイツには…この事………黙っててくれよな…。

じゃないとアイツ…、きっと一人で乗り込んでくるだろうからさ。

ついでにアイツの事も、代わりに守ってくれたら…なんてそれは都合良すぎるか。』


空気の泡を吐き出しながら、緑の液体の中でザックスが静かにこちらに語りかけてくる。
”ツォン”と確かにそう呼んで。

(………これは……まさか、ツォンさんの……………)

思わずヒスイリアはザックスに手を伸ばすと、その映像は泡のように弾けて、代わりに砂の吹き荒ぶ丘へと映画のよう映像が映り変わった。

荒涼とした砂地。
足元には銃弾の痕が、無数に色濃く残っている。…嫌だ。見たくない。その先は。地面を赤黒い液体が汚しているのを見て、ヒスイリアはたじろいだ。

―――ッ!!
気が遠くなるような耳鳴りがする。一番見たくなかった光景。彼女が最も、信じたくない光景がそこにはあった。顔を背けたい衝動に駆られるが、逸らせない。怒りと悲しみで気が変になりそうなのに。


「ザックス…。…この…馬鹿者が………」


あの子を置いて………………逝ってしまって………どうする…


ツォンの悲痛な声がやけに遠くに聞こえる。頭が割れそうでヒスイリアは苦しみに悶えながら、消えないザックスの死に顔に悲鳴にならない声で叫んでいた。
五年前、最後に見た時よりもずっと長い黒髪。
少し大人びた横顔。
残酷な光景の中で、思い出との矛盾を嫌でも認識してしまう。

これは――――一体、どういう事。
ザックスは………ニブルヘイムで死んだんじゃなかったの?

彼の身体に触れてしまうと、また消えてしまいそうで、彼女は開いたままの瞳孔を見つめる。
そして漸く彼からツォンの視線がずれると、その先には少しばかり久しい…魔晄都市の灯火が見えた。

(………ああ。………帰って、来ようとしていたんだ。)

ミッドガルの方に伸びた、ザックスの手に。顔に。
堰切ったように涙が溢れる。
黒くなった血の痕を、彼女は哭きながら力の限り叩きつけた。
どうして。
どうして。

どうして―――――…

何度目かそれを打ちつけた時、不意に腕に痛みが走りヒスイリアは顔を上げた。


「――――ヒスイリア!ヒスイリア、もういい…!やめろ!!!」


………………誰。
この人は…誰…?
急に現われた目の前の男にヒスイリアは言葉を失う。


「レノ先輩!心拍数、正常に戻りました!!」


女性の声が、耳に響く。レノ?
ああ………そうだ、このひとは…

レ、ノ…。

確かめるよう、心の中で何度もその名を呟いて、ヒスイリアはようやく自分が今どこで何をしていたかを認識した。


「っ、……」


汗を拭い、ヒスイリアは捕まれていた腕から無理矢理レノの手を引き剥がす。意識を失っているツォンを僅かに見た後、彼女は彼から逃げるようにずるずると壁際まで後退した。
レノはそれに訝しげに顔を顰めたが、ツォンの側を離れる事が出来ず俯いた彼女をただ見つめる。

“助けていいのか?そんな男を。”

先程の言葉が黒い渦を巻いて、心の中を支配する。
“アレ”は………知っていたのだ。
この、事実を。

その後、到着するまでヒスイリアは機体の隅で殻に閉じ籠るよう蹲り、一切口を開かなかった。
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2006.05.30
一部改定。

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