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15月夜の逢瀬


宿の灯が落ち、寝静まった深夜。
隣で寝言を言うイリーナを隣にヒスイリアはゆっくり上体を起こした。幸せそうに寝息をたてるあどけない顔。それに薄く笑みを零すと、彼女はベッドを離れ窓を少し開ける。上に向けられる警戒の眼。腰に装備した長剣の鞘を彼女は一度握り締め、単身外へ飛び出した。

外は風が出ていて長い髪が闇に靡いた。見上げれば柔らかな琥珀の丸い光。薄雲の流れる空でぼんやりと月が浮かんでいた。


「…ここにアバランチを招いた覚えはないんだけど?」


――――ッ、ギィィィン……
不調和な金属音が、平和な夜の静けさを鋭く破る。
獲物を捕らえる魔晄の碧眼。対してそれを受け止めたのは、深い緋を湛えた男の瞳だった。


「……へえ。良い反応する。」
「…、防がせた…のだろう。」
「…ふふ。」


少しばかり感嘆を漏らした後、ヒスイリアは自らの剣を受け止めていたアーマーを弾き飛ばす。
背後からの剣戟だった故、男はその太刀に踏んばり切れず、放たれた力に逆らう事なく大きく後ろへ後退した。
靡いた赤いマントが夜の闇に一際映える。見覚えのあるその出で立ち。それもその筈、彼は昼間クラウド達と同行していた人物だった。
ヒスイリアは佇むその男に薄く目を細めると、息をするよう自然な仕草で再び剣を構え直す。


「逃げる機会を与えたのに。わざわざ…、それも一人で奇襲に来るなんて。」
「、待て…、私は別に……」


男の言葉を最後まで聞く事なく、彼女は構わず剣を振るう。瞬間、竜巻きのように生まれる煽ち風。まっすぐ突き進んでくるそれに、男は軽く舌打ちすると上空へ高く跳躍した。
ホルダーから銃が抜かれる。ヒスイリアはそれを見て、自らも屋根を蹴りあげた。
繰り出される弾丸を防ぎながら、彼女は怒りに顔を顰める。逃げるチャンスは与えたのに。ヒスイリアは唇をきつく結ぶと迷わず剣先を男の心臓目掛けて突き立てた。


「――――、…っ!?」
「…案外人の話を聞かないのだな。勘違いするな。私は戦いに来たのではない。それと…、

この程度では私は殺せないぞ。」


何が“この程度”なのか。
ヒスイリアは胸の内で毒づくと、瞬時に男の腹を蹴り飛ばす。心臓は確実に突いた。否、正確には心臓の位置する肉をだが。

あり得ない話だが、筋肉で刃を止められたのだ。
身を捻り彼女は地表に着地する。
と、そこへ先ほど突き立てた剣が投げ放たれ、腕の衣服を縫いとめられた。


「―――っく、!」


まずい。バランスが保てず、意図せず背中から倒れ込む。しかし瞬時に、ヒスイリアは袖を引き破りそのまま剣を引き抜いた。

視界が赤に覆われる。
額に銃口の当たる音がしたのと彼女が男の首筋に白銀の刀身をあてがったのは恐らくほぼ同時だった。


「………トリガー、どうして引かないの?」
「君こそ私の首を刎ねたらどうだ。」
「分かってるでしょう。…この体勢なら貴方の方に分がある。」
「ほう。先程と比べて随分弱気な発言だな。」


その言葉に、抑えていた殺気が僅かに漏れる。殺伐としたその闘気に微かに響いていた虫の声もぴたりと止み、無音の空間がその場に生まれた。
息の詰まる、張りつめたその膠着状態。
それがどれ程続いた頃か。
やがてヒスイリアは刃を手から離し、その場にどさりと腰を下ろした。


「……いいわ。本気で殺る気の無い人間と命のやり取りするなんて…馬鹿馬鹿しい。」
「……だから戦いに来たのではないと言っただろう。それに君とて私を殺す気はなかった。」
「それは………!」
「最初からその気なら後ろから容易く刺せたはずだ。声など掛けずにな。」


男は静かにそう言うと、早々に銃を引き上げた。
…律儀なものだ。ヒスイリアは大きく嘆息する。
砂を払って立ち上がり、無惨に穴の開いた袖を彼女はあっさり破り捨る。零れた剣を拾い上げそれを鞘に納めると、ふわり。剥き出しになった肩口にマントが掛けられた。


「……話がある。時間はそう取らせまい。」


急速に塞がっていく男の胸の傷を彼女は見つめる。無言だが、敵意の無くなった空気は悪いものではなく、ヒスイリアは宿から離れる彼を追いかけた。

***

「…へえ。貴方、元タークスなんだ。」


宿から少し離れた小さな河原。水の流れる音と、虫の音が心地良く反響する場所で二人は距離を保って佇んでいた。


「…驚かないのだな。」
「…まあ、ね。気配の消し方、戦い方。訓練されてるのは戦ってよく分かった。でも…」


彼女は静かに男の左胸を指差す。


「気配を消して近づいても私には意味がない。どんなに優秀な人間でも心臓の音は誰も消せない。寝る時は聴覚だけ覚醒させておく事がもう癖になってるの。」


落ちていた小石を拾い上げ、彼女はそれを川面へ投げた。軽く、幾度も跳ねてゆく小石。揺らぐ湖面。
は暫しそれを見つめた後、男の方へ振り向いた。


「……本題に入りましょう。私もそう長く、宿を空けてまた心配をかけたくないし。ええと、…」
「――…ヴィンセントだ。ヴィンセント・ヴァレンタイン。」

「そう、ヴィン…―――。…え…、…………?」


突然、彼女の動きがぴたりと止まる。
赤い眼は変わらず静かに彼女を見つめたまま。


「……ヴィン…セント……?」
「…そうだ。」
「……。…ヴィン、セン…ト…」


男の名を呼んでヒスイリアはふらりとその場に膝をついた。頭の奥で警鐘が鳴る。似たような感覚が前にもあった。知らない方がいい、そう思うが、彼女は肩から体を覆う赤いマントを握りしめると彼の名を何度も呟いた。

…ヴィンセント。
ヴィンセント…ヴァレンタイン…?

なんだろう?

何だろう……何かが………、――――――!

バラバラの記憶の破片を訝しんだ――――瞬間。
世界が大きく捻じ曲がり視界が闇に落された。精神と躯を酷く不安定な波が内部から津波のように飲み込んでゆく。世界の巻き戻し。彼女がそれに気付いた時、既に事は始まっていた。


見たことない人…。今日は貴方がジッケンするの?

触るなぁ…!これは私のモノだ…!!

最近■■■…居ないのね。


――そう。そう…、だった。
あの人は、突然消えてしまった。


私…外、見たいな。


…違う。違う。そんな事ない。
それは口にしてはいけない言葉。

それは抱いてはいけない望みだ。


駄目だよ。ここに来ちゃ駄目。博士、怒るよ。


そう。博士が怒る。

だから…早く逃げて。にげて。ニゲテ…


"構わないさ。…来い。ここから出してやる。"


「ヒスイリア…!」
「ッ」


強く肩を揺さぶられて、ハッと彼女は我に返る。
気付けば額から冷たい汗が流れ、全身が小刻みに震えていた。
あの時と同じ感覚。神羅屋敷のあの地下で感じたものと同じ。だが、あの時とは大きく異なる事象が彼女の身には起こっていた。
冷や汗を拭い、ヒスイリアは乱れた呼吸を整える。前回のような痛みはない。それどころか思考は恐いくらい冷えていた。

わかる。…解る。夜の帳が深く降りているというのに、視界は嫌に鮮明だ。心配そうに見つめてくる男の顔を彼女は見上げる。先程までは敵視していたヴィンセントの顔を見て、ヒスイリアは安心したよう目を細めた。


「………随分、…久し…ぶりね…ヴィンセント。
またお節介を焼きに来たの?」
「…!お…前……」


口元に浮かぶ微笑み。
しかしそれとは裏腹に、その目は悲しげに滲んでいた。


「思い、出したわ――――。」

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2006.04.06
一部改定。

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