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14鳴動_後


風に乗って、僅かな火薬臭が鼻につく。
レノ達と合流してすぐ、ヒスイリアは連絡のつかないイリーナの痕跡を辿った。足下に転がった薬莢を一つ拾い上げると彼女は目を閉じ、聴覚に神経を集中させる。
微弱ではあるが先程より確実に届くように、そして畝らなくなった緊急シグナル。それは目的が近付いている事を明確に彼女に告げていた。


「……近いわ。散開して行きましょう。」
「了解、と。ったく…休暇中までお守りとは。世話が焼けるぞ、と。」


眼前の視界に広がる巨大な岩の彫刻を見上げ、レノは酒臭いため息をつく。見上げたダチャオ像は小さな山ほど高く連なり、見えない頂をヒスイリアはじっと見据えた。

黒い影が風を薙ぐ。否、薙ぐというより周囲の気流が先にそれを避けていたのかもしれない。足場の悪い地を蹴り、切り立った崖を苦もなく彼女は駈け登る。
魔晄の加護として授かるソルジャーの身体能力。常人の身には重すぎるその力を難なく駆使する彼女は、数分後…寸分の息の乱れもなく、ダチャオ像の上部に登り詰め、標的を目前にして身を潜めた。

薄く砂塵が舞う中、彼女の眼は的を捉え自然と鋭さを増していく。翠緑の双眸が見据えた先―――そこには今回の事の元凶、神羅から逃亡中のコルネオの姿があった。
不安定な岩肌には縛り上げられ吊るされたイリーナと知らない少女がもう一人。

殺気を殺し、周りに置かれた部下達を彼女は一人、一人と死角から潰しレノ達を誘導する。淡々と距離を詰めて行くその様は獲物を捉えようとする獣のようで、そうでない。
真の獣であるなら獲物に齧り付く衝動、それを抑える葛藤を絶えず内に秘めているが、彼女にあるのは
"敵を倒す"という機械のように狂わない冷徹な思考だけだった。

岩陰で静かにバンクルの嵌められた右手が持ち上がる。わざわざ接近戦をせずとも、コルネオくらいなら一人でも倒せる。手持ちのサンダー、ファイア辺りのマテリアでも自身の魔力を注げば楽に始末出来る相手だ。
一瞬で仕留める。消し墨にして終わりだ。ヒスイリアは滑らかに薄く唇を開いた。


「そこまでだ!」


そして魔法を発動させるまさに一歩手前。不意に聞き覚えのある声が響いた事に、彼女は動きを静止した。出しかけた身を岩陰に押し込め、掌に凝集した魔力を霧散させる。
岩肌に身を張り付かせ、ヒスイリアはそっと向こう側の情景を盗み見た。
コルネオ、その部下達と対峙する影が三つ。
うち一人の人間が彼女の瞳に一際鮮明に映り込む。
日の光に煌めく眩い金色の髪。
数日前、対峙した時と変わらぬ青い魔晄の光を灯した青年。

クラウド……ストライフ。
端正なその顔を捉え、ヒスイリアの目に無意識に影が差した。彼女はそのまま暫しクラウドを無表情に見つめていたが、やがて傍らにエアリスの姿を捉え少しだけ目を細める。自分が安堵したところで何ら意味のない事は分かっているが。
それでも…彼女が仲間と無事合流出来た事をヒスイリアは素直に嬉しく思った。

(なるほど。じゃあ…あの子がエアリスの言ってた探し人ってわけ。)

ちらり、と。壁にロープで縫い付けられ喚き散らしている少女を彼女はそっと盗み見る。そして視線はそのまま上へ、崖から垂れ下がる紐を辿っていった。

(ただ拘束してるだけ…なわけないわよね。)

彼は腐ってもマフィアだ。敵の状況を確認し、暫し出方を思案する。
ヒスイリアが沈黙していたその時―――――不意に吹き荒れた暴風と共に下方からモンスターが現れた。
恐らく、切り札として潜ませてあったものだろう。
目を見張るサイズだが、覇気はそれ程強くない。
ヒスイリアはその異形のものと対峙するクラウド達を見遣ると、瞬時にダチャオ像の最上部目掛けて走りだした。
予定は狂ったが、ならば先に目的のものを取り戻すまで。まるで重力を感じていない程軽く、彼女は一蹴りで更に高みへと登って行く。
そして、ちょうどヒスイリアがイリーナの真上に来た時、クラウドの大剣がモンスターの躯を引き裂いた。
谷底へ落ちていくモンスターの肉片。体液に塗れたままの切っ先を向けられ、コルネオは目に見えて覚束無い足取りで後退した。


「ちょ、ちょっと待った!」
「黙れ!」


逃げる間など与えないと言わんばかりにクラウドは尚も距離を詰めかける。ヒスイリアは目下にその様子を捉えながら、仕掛けられた装置を解除する為腰のポーチからックを取り出した。
予想通り。スイッチで命綱が切れるようになっている。


「…さあ、もう少しそこで遊んでてよ。」


軽く一息ついた後、彼女は瞬時に真摯な顔つきに豹変し強引にL形の先をカバーの隙間に捩じ込んだ。


「すぐ終わるから聞いてくれ…。俺たちみたいな悪党がこうやってプライドまで捨てて命乞いするのはどんな時だと思う?」
「…興味ないね。さっさとユフィ達を降ろせ!降ろす気が無いなら……」


切っ先が日の光に鈍い輝きを放つ。
ビリビリと肌にくる程、強い殺気を放つクラウド。

しかしそんな彼に対して、コルネオは先程とは打って変わり妙に余裕のある表情を浮かべた。


「ほひひ…お前ら本気だな。…俺もふざけてる場合じゃねえな。」


不意に声色が一際低いものに変わる。そうして分厚い唇の両端が持ち上がると同時に…がちり、と嫌な音がした。
途端、イリーナと少女の手首を固定していたロープが切れ、180℃向きが変わる。残るは足を縛るロープだけ。


「キャアーッ!」


唐突に視界が返った反動と、身の不安定さに堪らずイリーナが悲鳴を上げる。
思わずたじろぐクラウド達。コルネオはそれを見て満足そうに嘲笑すると彼等に見せびらかすよう、遠隔操作用のリモコンを掲げた。


「このスイッチを押すと、このまま下に真っ逆さま……つぶれたトマトの出来上がり!」
「クッ…!」
「最後に笑うのは俺だったな。」


緊迫した場に、コルネオの下卑た笑いが響き渡る。
下手に動く事はままならない。
敵を睨んだまま、クラウドは剣の柄を血が滲む程強く握りしめた。切り捨てる事は容易いがもし指先が先に動いたら。一瞬がまるで永遠のように長く感ぜられる時間。
躊躇うクラウドを嘲笑うように後退するコルネオだったが……

次の瞬間。その悪夢はコルネオの頬を掠った一本のナイフによって意外にも呆気無く終わりを告げられた。


「――ッ!?」
「お楽しみのところ何だけど……そろそろ退場する時間よ。」


抑揚のない声が、遥か頭上から降ってくる。コルネオは咄嗟に上を見上げた。が、その姿は逆光でぼんやりとしたシルエットしか見えない。


「ほひ〜。な…なんだ、なんだ!何者だ!」
「あら…確か、何度か面識はあるんだけど。お忘れかしら?ドン・コルネオ。」


軽く肩を竦めると、影はそのままの体位で滑らかに落ちる。
そしてそれは垂直に落下し、イリーナの足が縛られている辺りで測ったようにぎしりと止まった。
命綱として腰のハーネスに備え付けられたバンドを揺らし、彼女は身軽に壁を足場にする。
黒い外套をはためかせ、好戦的に笑う少女。
風に靡く髪の間に両の光る碧眼を見て、コルネオの顔は凍り付いた。


「…、お、お前っ!!?」
「ヒスイリアさん!!」

「俺達もいるぞ、と。」


イリーナの嬉々とした声に続いて、もう一つ声が加わる。ヒスイリアはそちらへ一瞬目を遣り、現れた男と視線を交わすと小さく口元をつり上げた。


「タ、タークス…!!」


コルネオの悲鳴めいた叫びと同時にヒスイリアは、空いている腕でイリーナの手を掴み引き起こす。
足場が極端に悪いため絶えず風に煽られてはいたが、イリーナは彼女の顔をみてホッとしたように頬を緩めた。


「…、ご、ごめんなさい…ヒスイリアさん。私………」
「謝るのは後。肩に掴って。足枷を外す。」
「は、はい。」
「後、これ。万が一にと思って渡しておいたけど…役に立ったわね。」


言いながら、ヒスイリアはイリーナのタイに付けてあった発信器の電源を切る。
近くで聞くと耳障りなのよ、とあまりに彼女が気楽に笑うものだからイリーナもつられたように小さく笑みを浮かべ再度申し訳なさそうに頭を下げた。


「…っ、コルネオ………!」
「ああ、貴女の気持ちは分かるけどあいつはレノ達に任せなさい。放っておいても片がつく。」


見向きもせず、ヒスイリアはイリーナの足に掛けられた拘束を器用にナイフで裂いていく。そして、その言葉通り、レノとルードは一分と掛からず、まるで演習のようにあっさりコルネオを始末した。鮮やかさ、手際の良さにイリーナは怒りを忘れ、暫し言葉を失う。それは感嘆、というよりそれは呆然とした感情によるものだった。

改めて、実戦のレベルが違うと思い知らされる。
先輩も、…ヒスイリアさんも。

私も……私だって。もっと…もっと、強く。

ギリ、と無意識にイリーナは奥歯を噛み締める。そして、彼女が人知れず新たな決意をしたちょうどその時、ヒスイリアは最後の結び目を断ち切った。


「な、なあ!あんた…アタシの方もどうにかしてくれない?」
「貴女は下のお仲間が後から来る。トラップは解除してあるから。じゃあね、忍者のお嬢さん。」


もはやゴミでしかなくなったロープを谷底へ捨て、ヒスイリアはイリーナを抱き寄せる。不安げに見上げてくる彼女にヒスイリアは安心させるよう微笑むと、ハーネスとゴムを繋いでいた金具を全て外した。イリーナの顔色が、途端に変わる。


「あ、……ま、わぁああ!」
「しっかり私に捕まってて。舌噛まないように口は閉じておいた方が良い。」


イリーナの言葉を最後まで聞く事なく、ヒスイリアは彫刻の額を思い切り蹴る。普通の人間ならそのまま谷底へ雪崩れ落ちる程の距離。
しかし、彼女の動きはまるで鳥のように軽く、通常の滞空時間など完全に無視したものだった。
ヒスイリアは何食わぬ顔で、空中で彼女を横抱きに抱え直す。イリーナは圧迫する風と浮遊感に悲鳴も上げられず、ただ本能的にヒスイリアの首に必死にしがみついていた。


「…っ、――――ッ!!」


豪快に砂を削る音をたてて、ヒスイリアは膝をつく。派手に立ち上がる砂煙。
それがまだ晴れぬ内に、ヒスイリアはイリーナをそっと地に降ろすと、レノの方に向き直った。


「流石。やることに無駄がないぞ、と。」
「どうも。」


汚れを叩き落としながらヒスイリアは平然と答える。そして上から投げたナイフを拾おう歩いて行くと、それは既に見知った女性の手によって
地から拾い上げられていた。


「ありがと…!助かっちゃった。」


小走りに駆け寄り、一言そう言ってエアリスはヒスイリアに短剣を差し出す。彼女はそれを受け取り速やかに腰の鞘に納めた。


「…別に。今回はたまたま利害が一致しただけ。そんな事より彼女、早く助けてあげたら?探してたんでしょう。」


あくまで淡々と、彼女はエアリスの前で言葉を並べる。クラウドから牽制するように向けられる視線が単純に不愉快であまり近づいて欲しくないのが本音だった。
エアリスはそれに頷くと、もう一度「ありがとう。」と微笑んだ。

終わった。
目の前にまだ互いの敵はいるが、今日はこれで事は済んだ。その場の誰もがそう考えていた、その時。
不意に響いた携帯の着信音によってその未来はあっさり変わった。


「はい……レノです、と。」


気怠げな声に誘われてヒスイリアはそちらへ顔を向ける。彼女を含めその場に居る者全員がレノの様子を無言で見守った。
相槌を打つ様子から、恐らく次の任務の事だろう。
レノが携帯を閉じると同時に、イリーナが彼に問いかけた。


「会社からですか?先輩……」
「そう、クラウド達を探せとな、っと……」


口元を釣り上げて、面白そうに彼の目が獰猛に細められる。クラウドはその言葉に剣を構え直し、ヒスイリアの傍にいるエアリスに声を荒げた。


「エアリス…!」


戻って来い、と焦燥を浮かべた表情で彼は彼女に手を伸ばす。しかし、当の彼女の足はその場から一歩も動かなかった。
エアリスは側にいたヒスイリアの影に入り…彼女の袖を掴んでいた。細い指から微かに彼女の震動が伝わる。
ヒスイリアはそんな彼女と僅かばかり目を合わせ、再びレノの方へ顔を向けた。

味方であるはずの二人の視線。
しかしその交差に同意の色はなく、むしろこれ以上無い程冷やかだった。無遠慮にレノから放たれる闘気にイリーナは竦んで動けない。
先程の和みかけた空気が嘘のように、凍り付いたような沈黙。それを破ったのは、ルードの淡々とした声だった。


「仕事か…?」
「……いや、今日は非番だ、と。」


口元にどこか含みのある笑みを深め、レノがロッドの柄から手を離す。ヒスイリアはその意味ありげな視線を受け流し、エアリスの方に向き直った。


「―――…命拾いしたわね。」


固まったままの白い手を外し、ヒスイリアは背を向ける。あっさりと開いていく二人の距離。
エアリスは遠ざかろうとするその背に対し、咄嗟に手を出しかけた。

…待って。
待って、まだ行かないで。
話したい事が…聞きたい事も、たくさん……っ

手を伸ばして。
静止の言葉を喉から出そうとする。


「エアリス…!」
「――――ッ」


しかし、その瞬間。エアリスは後ろから強く引かれ……彼女を追う事は叶わなかった。
やがて、長い髪を揺らすその背は黒いスーツに阻まれ見えなくなる。エアリスはただ切なげに、消えていく彼等の後ろ姿を遠い眼差しで見つめていた。

そして、そんな彼女を見つめる姿がもう一つ。赤いマントを靡かせながらヒスイリアを目で追う人物がいた。

(ヒスイリア…、だと?)

***

「珍しいな。あのお姉ちゃん気に入ったのか、と。」


半刻程した、かめ道楽。飲み直しと称した酒の席で、レノがからかうようにそう漏らした。


「…どうして?」
「俺がもしさっき動いてたら…お前、お姉ちゃん庇ったろ?」


その問いにヒスイリアは珍しく歯切れ悪く口ごもる。そう。敵であるのに、確かに自分はエアリスを守るため…レノを牽制した。
しかし、知り合って間もない彼女の為にどうしてそこまでする気になったのか。それはヒスイリア自身も理解しかねる事だった。


「……、別に…単なる気まぎれよ。今は”休暇中”なんでしょう?」


理解しがたい感情をヒスイリアはそう片づけ、目の前に置かれた酒を煽る。グラスを握る彼女の手。
体温の低いその腕は、先程まで触れていたエアリスの手の温もりを未だ仄かに感じていた。
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2006.01.23
一部改定。

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