×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



12鳴動_前


結局、詳しい事は調べられないままヒスイリアはニブルヘイムを後にした。村は完全に昔とは別物で"もう神羅の私有地だから踏み込むな"とレノにより慌ただしく村を連れ出された。
彼女としては初めて訪れたニブルヘイムにそれでも暫く留まりたいのが本音ではあったが。在住する人間が全て村人でないならそれが無駄というのは概ね理解出来た。頭では。


「まだあの村の事考えてんのか、と。」
「…まあ、そりゃね。それより本当に良いの?一週間も静養期間もらうのに、こんな…会社のヘリまで出して。」
「いいんじゃねぇの。新社長直々の御好意だ。気楽に行こうぜ。」


かくして。
一行は、束の間の休息にウータイの地へ向かう事になる。

***

「わー…何かミッドガルやジュノンなんかとはまた全然雰囲気違いますねぇ。」


街へ入ると、イリーナはきょろきょろと辺りに佇む建造物を物珍しそうに見回した。少し遅れて後に続いていたヒスイリアはそれを微笑ましく見つめながら、静かに彼女の隣に肩を並べる。


「ウータイへ来るのは初めて?」
「あ、はい。有名な観光地ですから前から一度来てみたいとは思ってたんですけど。あ!あそこの屋根!あれ変わった彫刻ですね!」
「ああ…あれは確か鯱っていうのよ。伝承の中に存在する海の幻獣。ウータイじゃ家の守りとしてああやって棟飾りに使ったりするんですって。」
「へえ…そうなんですか。ここ、詳しいんですか?」
「…。…何度か来た事があるから少し、ね。でもここは大陸から大分離れてるせいで文化や風習が全く異なった発達をしているから…分からない事の方がずっと多いわ。」


――――だから…互いに相容れる事が叶わなかったからここが戦場になってしまったのかもね。
最期の言葉は喉を通す事なく、ヒスイリアは目を輝かせているイリーナに笑みを浮かべた。
柔らかな日差しに、彼女は少し遠い目で外観を見つめる。

鳥のさえずりが聴こえ。行き交う人の顔はとても和やかで。以前からは考えられない程の優しい風景に彼女はそっと目を細めた。


「…。…ね、レノ。一つお願いがあるんだけど。」
「ん?」
「ちょっと散歩、行ってきてもいいかな。お昼までには戻るから。」
「ああ…別にいいぞ、と。」
「ありがと。」


遠ざかるヒスイリアの背に後ろ髪を引かれつつ、イリーナはレノに話し掛ける。


「…先輩。ヒスイリアさん、どこ行くか知ってるんですか?」
「さぁな。……あぁ、案外コイビトに会いに行くんだったりしてな?」
「え…、ええ!!?ほ、本当ですか、それ!!」
「…、馬鹿。冗談に決まってんだろ、と。…ま、好きにさせてやれよ。休暇の楽しみ方は人それぞれだぞ、と。」


含みのある言い方をして、レノは脇道に備え付けられていた棚からガイドマップを一つ取る。気のない様子でそれを広げる彼に、これ以上聞いても無駄なようだとイリーナは小さく溜め息をつき口を噤んだ。

レノ達と離れ、彼女が向かった場所。それは街外れにひっそりと建つ慰霊塔の前だった。
冷たいこの石の下にかつての仲間が眠っているわけではないが、いつかはきちんと訪れたいとヒスイリアは以前から常々思っていたのだ。


「……ごめんね…、来るのが遅くなって……。」


野花に埋もれるよう佇むそれに、静かに、穏やかに彼女は語りかける。さらさらと葉の擦れる音が人通りの少ない並木道に反響し、長く艶やかな髪が日の光を浴びて真珠を纏うよう輝きを放った。


「ほんの少しでも運命が違ってたら…三人で此処に来れたのかな…。」


自嘲めいた彼女の呟きに応える者はいない。

セフィロス。
逢えば、全てが解決すると思っていた。
彼の口から「仲間を殺した」と聞けば憎みきれると思った。
彼の口から「殺していない」と聞けば信じられると思った。

しかし……彼は欲しい答えをくれなかった。

燻る迷いが…未だ消えない。もう、以前の高潔だった彼ではない事は見て取れるのにどこかで彼の胸に飛び込んでしまいそうな自分がいる。真実は何一つとして掴めないのに、疑問だけが増えていく。

あの夜。
あの屋敷で朧げながら視えた光景。
膨大な試験菅に飾られた実験室。
薄汚れた白衣、濁った空。
そして……自身の手を引いて光の下に連れ出した、誰かの手。

ニブルヘイム。
後から所在を聞かされた時は、正直、心臓が止まるかと思った。
五年前……、本当は共に来るはずだった場所。
出立前日、突然発した発作のせいで…来られなかった場所。
だから見覚えなどあるはずがないのに。
なのに……
屋敷を出た刹那感じた胸を締め付けられるようなあの強烈な懐かしさ…あれは何だったのだろう。


「……私は……前にもあの場所を訪れた事がある?」


『記憶を復元』…セフィロスは確かそう言っていただろうか。
確かに…自分にはゴンガガ以前の記憶がない。
書類上は、年齢も21となってはいるが、それもザックスが決めた歳から数えたもので。

最初から持っていたのは……『ヒスイリア』という名前だけだ。今になって、よくよく考えてみればもしかするとそれも紛い物なのかもしれないが。
悪い方に考え始めると一向に止まぬ言い知れぬ穴だらけの自分自身にヒスイリアはそこで思案を止めにした。


「………ザックス…。私…わた、しは―――――――ッ」


不意に強い光にあてられたような目眩が彼女を襲う。ヒスイリアがそっと石碑にもたれかかったその時。


「ヒスイリア…?」


唐突に澄んだ声がすぐ後ろで聞こえて、思わず躯が強張った。
白色に近い、淡い青紫の髪を風に揺らせて彼女はゆるりと振り返る。鮮やかな翠の双眸がその内に映し出したのは、一度目にした事のある…栗色の髪を結んだ美しい女性だった。


「――!貴女……」


ヒスイリアが口を開くと、女性は嬉しそうに笑みを浮かべる。
降り注ぐ日差しがほんの少し和らいで。無言で立ち尽くすヒスイリアと彼女の間に、ひとひらの花弁が音も無くふわりと舞い降りた。


「久しぶりね?ソルジャーさん。」

----------------------
2005.10.04
一部改定。

[ 13/53 ]

[*prev] [next#]