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11夢見の狭間_後


ザックスが行方不明になって、数カ月を経た頃。
夏の酷く蒸し暑い日に渡されたのは……黒い髪の毛が数本入った箱一つだった。

信じられなかった。

暫く何もする気が起きなくて…毎日、現実から逃げて本を眺めた。

白マテリア。伝説の最高白魔法、ホーリーを発動させる事の出来る幻のマテリア。
死した大地すら、緑豊かな肥沃な土地へ再生してしまうとされる癒しの力を持つ石。

(これがあれば……もう一度、ザックスは――――)

探し求めて辿り着けなかった幻の逸話。
それは今も心の隅で燻り続けている叶わない願い。



古びた柵を押し退けて、封鎖されたテープを潜る。館内へ続く扉を開けると、金具の錆びた音が鈍く響いた。
館の周囲に張り巡らされたシールドを抜けると、その邸が人の立ち入りを拒む理由がはっきりする。闇に潜む無数の気配。無論人間のものはない。一歩一歩足を奥へと踏み出す度、彼女の周りをじわじわと殺気が取り囲んだ。

(…どうやらここは人の手が離れて久しいみたいね。)

物音を立てず、ヒスイリアは上着の裏地に装備してある短剣を抜く。握力がそれほど回復していないため、気休めにしかならないが、それでも丸腰より幾分マシだ。ポケットにはマテリアも少し入れてある。光の正体を確かめる為、周囲に気を配りつつ彼女は静かに足を進めた。
彼女の放つ覇気に暫し尻込みしていたモンスターだったが、やがて固まりとなって背後から数体が飛びかかった。

1…2……全部で7体。
襲い来る数を瞬時に弾き出し、ヒスイリアは大きく横に飛ぶ。コンマ数秒送れて、先程自分が居た地点で鈍い音と共に、軽く埃が舞い上がった。
禍々しい咆哮を放つ、魔物。その視線がかち合うのと、彼女が呪文を唱え終えたのはほぼ同時だった。


「―――――サンダガ!!」


翳された手から、強烈な光が放たれ、モンスターを包みこむ。一瞬、真昼を思わせるようなその光は、瞬時に異形の物達をかき消し、再び闇に戻った空間には白く舞う灰が僅かに漂うのみだった。


「へえ。腕は鈍っちゃいないようだな。」
「!」


ざわり、気配が散り散りになる。場違いな程明るい声は忘れた事の、忘れるはずのないものだった。
月を陰らせていた雲が時を見計らったかのように途切れる。隙間から差す薄明かりを背に、逆光であるが正面の階段上にその姿が浮かび上がった。

月光に映える漆黒の髪。
魔晄を帯び異質の存在感を放つ、藍色の瞳。

五年前。
遠征直前に見た姿と、それは何ら変わりなく。ヒスイリアは呆然としたまま、視線の先にいる人物を食い入るように見つめていた。


「……………ザ…ック……ス……………?」


困惑を隠しきれないヒスイリアに、階上のザックスは穏やかな笑みを浮かべる。誘うように、手は彼女の方へ。


「…どうしたんだ、ヒスイリア。俺だよ。」


柔らかい声で、ザックスが彼女の名を呼ぶ。翠の瞳が、じわりと歪み、宿る輝きが揺らいだ。剣を収めヒスイリアの足が前へ出る。

一段ずつ踏みしめ、彼女は前を見据えたままゆっくりと確実に歩みを進め。
静かに、魔力を溜めた手を彼の方へかざした。


「……随分、悪趣味な仮装ですね。」


瞬間。ザックスの瞳が藍色から鮮やかな花緑青へと変化した。同時にヒスイリアの掌から、容赦なく蒼白い閃光が放たれる。巨大な爆発音と揺れが屋敷を駆け抜け直撃を受けた階段が半分ほど吹っ飛んだ。


「――――フッ、…加減というものを知らん奴だな。」


笑みの含んだ、ザックスのものより幾分低い声が聴覚を過敏に刺激する。皮膚を刺すような冷たい殺気。ヒスイリアは努めて冷静に粉塵の中を見据えたまま、静かに口を開いた。


「…これでも貴方よりずっと控えめですよ―――――セフィロス。」


粉塵が徐々に収まり。不気味なほど美しくたなびく銀糸の髪が現れる。うっすらと鋭いエメラルド色の瞳が細まり、形の良い口元が優美に歪められた。


「気に入らなかったか…?わざわざ出向かせた礼に義兄の姿を見せてやったのに。」
「幻ではなく、私が求めているのは真実です。」


彼女は唇を噛み締め、絞り出すように口を開く。


「……Sir、私は真実を知る為。もう一度貴方に逢う為だけに神羅に戻り、ここまで来ました。
もう過去に背を向けて…逃げ続けるのは終わりです……」
「………。」
「教えて下さい…セフィロス。私は貴方の口から…真実を聞きたい。
五年前…、あのニブルヘイムの遠征でいったい何があったんです…?

貴方は……………何をしたんですか?」


ずっと避けてきた疑問。彼女はセフィロスを真っ直ぐ見つめる。しかし、彼は片眉を少しばかり上げただけで何も言葉を発しなかった。
無機質な目の色を少しも変えず自分を見つめるセフィロスに彼女は段々と抑えていた感情が溢れ出す。


「…………、何故……何も答えて下さらないのですか…?
義兄を、仲間を殺してなどいないと……どうして言って下さらないのですか!!!!」


吐露された叫び。胸の内が、ズタズタに切り裂かれたように痛い。今にも哭きそうに顔を歪めるヒスイリアだが、セフィロスは尚も静かなまま可笑しそうに目を伏せた。


「――――ク…ッ、クックック…。…何を言出すかと思えば……。今更、それを知った所でどうなる?いずれにせよお前の義兄は既に亡い。」


その言葉にヒスイリアは堪えきれずセフィロスの懐に飛び込んだ。短剣が急所を狙って繰り出される。


「死に理由が欲しいか…、ヒスイリア。だが死の前に言葉など何ら意味を持たぬ。お前は真実を知りたいのではない。置かれた現実からただ逃げたいだけだ。お前は私にザックスを殺していないと告げさせ、私をいまだに信じていたい。…愚かな願いだな。」


避ける事に徹していたセフィロスの黒い手套が持ち上がる。彼の手から白く伸びる魔力に、彼女がほんの僅か目を奪われたその間。セフィロスの拳が彼女の鳩尾を正確に突いた。
鈍い痛みに、ヒスイリアは嗚咽を押さえ、不安定な足場の階段でたたらを踏む。


「………っう、……くっ!」


後ろへ飛ぼうとヒスイリアは咄嗟に膝を折るが、足に力が入らない。そのまま背中から崩れ落ちそうになった彼女の躯をセフィロスが素早く受け止めた。


「…。無駄だ…急所を突いた。暫くはまともに動けんぞ。」
「……ぅ、…―――」


呻くヒスイリアの言葉を気にかける事なく、セフィロスは彼女の体を抱え上げる。ぼやける意識の中で、彼女は必死に彼を見上げた。
冷たい眼。敵意に満ちた表情がじわり、と涙で歪む。それが生理的なものであったのか、否かは彼女自身にも分からなかったが。
額に落ちた柔らかい唇の感触だけ、視界が暗転する前、夢現に感じた最後のものだった。


悪い夢をみている…。
私は、醒めない悪夢からずっと抜け出せないでいる。

だって…あるばずない。
あの人がザックスを殺すなんて…そんな事あるはずがない。

セフィロス。
Sir.セフィロス…。

帰ってくると言った貴方の後背を、五年経た今も…こんなにはっきりと憶えてるのに。


「幸せで愚鈍な人形よ。お前の願いを叶えてやる。」


うっすらと、ヒスイリアは静かに目を開いた。目の前に、先程まで夢に見ていた人物の顔を捉え、彼女は無意識に手を伸ばす。指先に触れ得た雪のように白い肌は、在るべき体温を感じさせず。包むよう重ねられた手に暖かみは無く、ひやりとしていた。

伝わる、
氷のようなその冷たさが彼女を現実へ引き戻す。


「こ、こは」
「屋敷の地下室だ。真実が知りたい、お前は私にそう言ったが……さて、此処を憶えているかな?」


背を屈めていた体制から立ち上がり、セフィロスは身を翻す。問われる声、ヒスイリアはどうにか緩々と体を起こして周りを見た。
バラバラに砕け散り、床に散乱した試験管やビーカー。僅かに鼻につく、古い腐臭。
まともな実験をしていた様子はない。
部屋の奥は書庫に繋がっているらしく、薄暗い中で巨大な本棚の連なりが見えた。


「…。…憶えてる?私はこんな処――――――」


ど…、くん…。
言いかけて、ヒスイリアは次の言葉を飲み込んだ。痛む目の奥が焼けそうに熱い。咄嗟に熱を帯びた両眼を彼女は手で覆う。塞いで何も見えぬはずの視界。しかし、そこには本来あるはずのない光景が走馬灯のように駆け抜けた。

『あなた…だぁれ?』
『…俺は―――』

『それが例の子供か。』
『可愛いだろう?私の最高のサンプルだ。』

『ごめん…ね。ごめん…なさ………』

『来い。ここから出して……』


「…っ、あ!あぁあああっ!!!!」


一気に流れ込む情報に、ヒスイリアは劈くような悲鳴をあげた。実験台の上で蹲る彼女にセフィロスは薄く目を細めると、その体を強引に仰向けに引き倒し、首に指を滑らせた。


「……拒否反応が出ているか。ここまですれば使えるようになると思ったが…所詮、お前もこの程度だったという事か。」
「な………に、…………」
「……お前は知るまい。此処は全ての答えが置き去りにされた場所。私の疑問もここから生まれ、はじけた。」


静かに、穏やかにすら聴こえる声。しかし、それとは裏腹に彼の指はヒスイリアの首にじわりじわりと食い込んでいった。


「…皮肉なものだな。神羅から、宝条の手から逃がされたお前が、時を経て自らの意志で舞い戻りこうして再び軍属についている。……あの男もつくづく報われぬ性質らしい。」
「…、……っ…」


瞳孔を見開き、自らの手を必死に握り締める少女にセフィロスは口元を吊り上げる。


「記憶を復元出来ぬならこれ以上、この体に縋る必要はない。…星へ還れ、ヒスイリア。
私の為に死に……そして私と共に生きろ…。」


セフィロス。
名を呼ぼうと口を開くが、声が出ない。
渾身の力で彼の手を引き剥がそうとするが、酸欠のせいで抵抗する力は徐々に抜けていった。

本気、だ…。
この人は本気で私を殺そうとして……

嫌……死に、たくない。

………………。
…でも…このまま死んでも…悪く…ない、か……

この人の手にかかって…死ねる…なら―――――――…。

生気に満ちていた瞳が徐々に光を失っていく。ずるり、と白い手が力を失い、ヒスイリアが静かに目を閉じかけた…その時だった。

室内に数発の銃声が轟き、同時にセフィロスの体が吹っ飛んだ。


「そう簡単に殺してもらっちゃ困るな、と。」


閉じられていた気管が一気に開かれ、肺に酸素が流れ込む。激しく咳き込んだ彼女の背を、武骨な手がそっと支えた。肩で息をしながら、ヒスイリアは項垂れていた頭をゆっくりとあげる。

見慣れた赤い髪。鋭い眼光から零れる優しい蒼の輝き。ヒスイリアが口を開こうとすると、その前に彼の指がそっと喉元に触れた。


「…潰れちゃねえみたいだな。…ゆっくり息吐いて…俺の名前呼んでみろ。」
「……レ、レ…ノ…」
「よし、上出来だ。…ルード、こいつにケアルを。」
「了解。」


ぐったりと力の抜けた彼女の体を、レノは素早く抱え後方に居たルードに渡す。緑の淡い光に包まれるヒスイリアを尻目に、レノは臥せったままのセフィロスへ再び銃口を向けた。


「…タ―クスか。邪魔が入ったな…。」


じわじわと黒いコートから血の滲みが広がっていく。余裕の笑みを浮かべたままのセフィロスと対照的に、レノは酷く無感情な表情で、トリガーに手をかけた。


「セフィロス…。アンタにはここで死んでもらうぞ、と。」
「フ…愚かな。貴様ごときに私が倒せると思っているのか?」


この状況下でもセフィロスの余裕は崩れない。レノの眼が刹那鋭くなり、コンバットマグナムの弾丸が容赦なく臥した身体に放たれた。しかし、銃弾が止んだその時。事切れたその姿は、セフィロスその人ではなく、黒マントを羽織った別人だった。


「…な、っ!?」


咄嗟に、レノは腕を引っ込める。一瞬何が起こったのか理解出来ず、目の前の光景を彼がただ愕然と見つめる中、セフィロスの冷たい声がどこからともなく空間に響いた。


「いいだろう…今回はこの辺りで引いてやる。
……北へ来るがいい、ヒスイリア。白銀に覆われた雪深き地で私は待つ。」


耳に残る嫌な余韻と圧迫感を残して、声は途切れた。吹き出た冷や汗を軽く拭いつつ、レノは死体を静かに見据える。しかし、それもつかの間。男の体は、その場から血痕だけ遺して掻き消えた。


「――ちっ。化け物め…。」


銃をホルスターにしまい、レノは静かに振り返る。ルードの腕の中で震えるヒスイリアを見据えると、彼は真っ直ぐ彼女の元へ歩いて行った。


「…レノ。あ、の………」


歯切れ悪く、彼女はバツが悪そうに俯く。
まるで叱られるのを恐れている子供のように。
レノは厳しい表情のまま、ゆっくりとヒスイリアの前で膝を折り、くしゃりと彼女の前髪を乱暴に撫ぜた。


「お前な。気が付いたらまず俺らに連絡だろうが。こんなヤバい所にホイホイ連れ込まれてまた死にそうな目に合いやがって。」
「……ごめんなさい…」
「ソルジャーの騎士なんて、俺の役目じゃないんだぞ、と。」


言いながらも苦笑したレノの顔は泣きたくなる程優しい顔で。ヒスイリアは自らの軽率な行動を猛省し、ただ謝る事しか出来なかった。

死んでしまったら人を悲しませる。
そんな事、分かっていたはずなのに。
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2005.7.20
一部改定。

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