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10夢見の狭間_中


探していた…。
お前を。
裏切り者であり、唯一の半身であるお前を私は探していた。

永き刻を経て――――漸く見つけた。

時は…………満ちた。
さぁ、いつまで眠っている?

我が呼びかけに応えよ。

始まりが場所へ来るがいい。



暗闇の中、古時計の告げる時の音でヒスイリアは目を開いた。一気に覚醒した彼女は勢い良く身を起こし、周囲を見渡す。室内には一切の明かりがなく、初めは良く見えなかったが、やがて目が慣れてくると窓から漏れる淡い光で大凡の間取りが確認出来た。
ベッドの脇に無造作に置かれた医療器具、後は生活に必要最低限の生活備品が申し訳程度に揃っている。民家の空いた一室のようだ…枕元のテーブルに置かれていたペットボトルを一気に飲み干すと長く息を吐き出した。


「――。どれくらい眠っていたのかしら…」


ヒスイリアは軋む首を傾げつつ、腕を擦る。痛みはもうほとんど消えているが、まだ感覚は薄く、力を込める事は困難だった。思い通り動かぬ腕に彼女は顔を顰めるが、すぐに力を抜いて脱力した。


「っ感覚が……まだすぐには戦えないわね。ま、腕が無くならなかっただけマシ、か。」


軽く溜め息をつき、乱れた髪をかきあげながらヒスイリアは床に足を着けた。静かに差し込む青白い月光に惹かれるよう、彼女はおぼつかない足取りで窓際へ向かう。
淡い光に照らされ、眼前に広がる景観。それを目にした瞬間、ヒスイリアの瞳孔は人知れず小さく揺らぎを見せた。


「………――――。」


ガラス越しに広がったのは見覚えのない素朴な村の軒並みだった。どうやら遅い時間らしく……家々の灯火は少なく住人の多くは眠りについているようだ。窓枠にそっと腰を降ろし、静かに村の外観を目で辿る。静寂の中、彼女は浮かない顔で暫しそうしていたが、やがて小さく目を伏せると傷跡の上に手を置いた。

(………クラウド…ストライフ…。)

窓ガラスに頭を寄せ、ヒスイリアは譫言のように名を呟く。目を閉じると彼の青い輝きを放つ魔晄の瞳が脳裏に浮かんだ。胸を渦巻く疑問がさらに増えた事に内心頭を抱え、再び翠の双眸を気怠げに開く。

クラウド。
彼はきっと……いや、間違いなくザックスと関わりがある。彼はザックスの太刀の癖を知っていた。
彼と義兄さんの繋がりはどれ程のものだった?
本当にソルジャーであったなら…
もしかしたら…彼があの時のニブルヘイム遠征に参加していたという可能性もなくはない。

―――知りたい。
もう一度会って……話がしたい。
敵である以上、そんな事到底話せそうな気配は無かったけれど――――。

行き当たった断案に、彼女は自嘲めいた笑みを零す。軽く頭を振って立ち上がると、ヒスイリアは白い寝間着に壁に掛かっていた上着を羽織った。


「……。とりあえず何か口に入れよう。」


水で喉の渇きを満たすと今度は激しい空腹感に襲われる。薄暗い廊下へ出て、小脇にあった階段を見つけると、彼女はそれを滑り降りてエントランスへ降りて行った。

一階は宿屋のロビーのようだったが、帳場に人はおらず、電気も付いていなかった。見た所、小さな村のようであるからこのような夜更けに来訪者はなく奥へ引っ込んでしまったのかもしれない。
軽く肩を竦め、ヒスイリアは戸口の方へと足を運ぶ。望み薄だがまだどこか店が開いているかもしれない…、彼女は淡い期待を抱いて扉のノブを回した。

開かれた戸口の隙間からは肌寒い外気が屋内へ一気に流れ込んだ。
薄着だったヒスイリアは、その冷気に思わず身震いし、両腕で自らの体を抱き込む。着替えて来ようかとも思った彼女だったが、遠出するわけではない。コートの前をしっかりと閉じた。
改めて見渡すと、村は本当に明かりが少ない。彼女はひとまず先程窓から見えた広場の方へ歩き出した。
見上げた空は出てきた厚い雲に覆われ、先程まで出ていた星々や月は見受けられない。


「……さっきまであんなに晴れてたのに…」


一雨来るのだろうか。徐々に重たくなる空気に胸騒ぎを覚えた―――その時だった。
村から少し離れた処で、ぼんやりと灯る明かりが彼女の目に留まった。一般人なら部屋の洋灯と何ら区別のつかぬような光だが、魔科学に関して豊富な知識を持ち、魔力に敏感な彼女の眼にはその輝きが特異なものと解ってしまった。


「…魔晄?でも……白い光…」


嫌な予感がするものの、引き寄せられるよう足はそちらに向かっていく。光は一定の形を保たず、膨らんだり縮んだり。まるで生きているような輝きを放っていた。

先程まで感じていた空腹感は、いつの間にかすっかり頭から抜け落ちており。曇天の寒空の下。ヒスイリアは白い息を吐きながら、レノ達が今、まさに夕食を取っている建物の前を通り過ぎ村の中心から離れて行った。


「あー…食った、食った。辛気くせー店だったが味はまぁまぁだったぞ、と。」
「…先輩、深夜の暴飲暴食は体に毒ですよ。」
「お?なんだ?イリーナ。もしかしてそれは甲斐甲斐しく俺を心配してるのかな、と。じゃあ今夜は同じベッドで…」
「はぁ!?な、何言ってんですか!」
「……イリーナ、大声を出すな。もう遅い。」
「…!す、すみません…ルード先輩……。」


ちょうど日が変わった頃、静まり返った宿へとレノ達は戻ってきた。酔いが回っていたレノは例のごとくイリーナにちょっかいをかけた後、近場にあった長椅子に腰掛け、そのまま眠りに入ろうとする。
あまりにだらしのないその様を見兼ねたイリーナは、ヒスイリアの為に持ち帰ったパンの袋を片手に持ち替え乱暴にレノの肩を揺さぶった。
からかわれたせいで、無意識ではあるが普段より手に力がこもる。


「もー先輩!こんな所で寝たら風邪引きますよ!ほら、レノ先輩ってば…!」
「う、ちょ、や…、やめろ、っと…!そ…そんな揺すったら………マジ――――ッ」


その言葉を最期まで紡ぐ事なく、レノは口を押さえてトイレに直行した。ルードが僅かに同情の色を込めてレノを見送った事など露知らず、イリーナは鼻息荒く階段の方へと足を運ぶ。


「……ルード先輩。私、先に上に行ってヒスイリアさんの様子見てきますからレノ先輩の方宜しくお願いします。」
「………ああ。」


ルードは足早に2階へと登っていく勇ましい後輩の背を見てから、男子トイレの方へ向かった。中へ入ると、洗面所近くでしゃがみこんでいる赤髪を見つけ、彼はその傍へと足を運ぶ。


「………。…大丈夫か?」
「な…何とかな、と。くそ、あいつ…絶対俺の事、目上だと思ってねーぞ、と。」


恨みがましく吐き捨てつつ、レノはルードの手を借り何とかふらりと立ち上がる。そうして、口元を洗い乱暴に袖で拭った……――刹那だった。
唐突に、階段を乱暴に駆け降りる音によって宿の静寂が破られる。酷く不調和なその音に、レノとルードは反射的に顔を上げた。


「…?なんだ?…」


近付いてくる足音にレノが訝しげに眉を潜めたその時だった。トイレの入り口が開かれ、先に階上へ登ったはずのイリーナが飛び込んできた。


「せ…、先輩っ!あ、ああ、ぁあの…っ」


目に見えて動揺し、舌がまわっていない。ルードは思いきり狼狽し荒い呼吸をしているイリーナの肩を軽く支えてやり、その様子に表情を変えた。
薄暗い電灯の下で見たイリーナは瞳孔が見開き、先程まで微かに赤らんでいた顔は真っ青になっていた。
背筋に走る嫌な予感に、レノは一気に酔いが醒める。


「…どうした?何かあったのか、と。」


何事か…ある程度推し測りつつ彼は彼女に問う。
この状況で彼女がこれ程取り乱す元凶は一つ。
冷静なレノの問いかけにも、イリーナはさらに不安に顔を歪ませ、震える声で言葉を吐いた。


「ヒスイリア…さん……ヒスイリアさんが…

ヒスイリアさんがどこにも居ないんです…っ」

  
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2005.06.08

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