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09夢見の狭間_前


「おにいちゃん、本当にみっどがる、…行っちゃうの?」
「ああ。…ごめんな、ヒスイリア。ソルジャーんなったら絶対帰ってくるからさ。」
「…うん。…ううん、おにいちゃん居なくなっても鍛錬続けてヒスイリアもみっどがるに行く!それでヒスイリアもソルジャーになるの!」
「ははは…っ!おう、出来るもんならやってみろ。でも無茶すんじゃねーぞ?」

「うん!ヒスイリア頑張る!そしたらまた一緒だよね。」



「――失礼します。レノ先輩、交代の時間ですよ。」


カチャリ、部屋のドアノブが静かに回されイリーナの声が室内に響いた。椅子に腰掛け、うたた寝していたレノは彼女の声によって切れ長の瞳をうっすらと開く。映りこんだ光景。それは数時間前と何ら変わらぬ、寝台で静かに横たわる一人の女性の姿だった。


「……まだ…目、覚めないんですね。」


足音を立てず、イリーナがそっとレノの隣に立つ。
覗きこんだヒスイリアの顔はまるで生きているのが疑われる程白く、お世辞にも良い顔色とは言えなかった。
熱もない。外傷も、もうほとんど癒えているというのに。彼女が死んだように眠り続けてから、すでにはや丸三日が経過していた。

ヒスイリアのバイタルを確かめる為、イリーナはそっと布団の中から彼女の手を取る。微弱ではあるが、確実に伝わってくる拍動に、彼女は不安げなその表情を僅かに安堵のものとした。


「…どうしてでしょうね。輸血後血圧も安定したし、傷ももうほとんど塞がってるのに…。」
「体がまだ内部の治癒に集中してんだろ、と。…ったく、お前心配しすぎだぞ、と。」


憂いめいた事を口にするイリーナを後目に、レノは、一つ伸びをした。足を組み替え、顔を上げると、期待を裏切らず、むっとしているイリーナの顔が目に入る。レノは予想通りのその反応に軽く口元を緩め、再び、瞳を閉じたままのヒスイリアに視線を落とした。


「レノ先輩は心配しなさ過ぎです。」
「…ソルジャーは身体を強化された人間だ。俺らと一緒じゃねーんだよ。」
「…それはそうでしょうけど。…でも、…ヒスイリアさんなんですよ?知らない人じゃない。心配するの…当然じゃないですか。」


脈を測り終えたイリーナはそっとヒスイリアの腕を戻すと、真剣な表情でレノを見つめた。レノは真っ直ぐな彼女の目を見遣ると、軽く肩を竦めて席を立つ。彼はそのまま彼女の隣をすり抜けてドアの方へと歩いて行き、静かに部屋を出て行った。
軽く溜め息を漏らすと、彼は部屋で控えていたポケットの煙草に手を伸ばす。気を紛らわせるように1本咥えるが、湿気てしまっているのか…火は点かなかった。


「ち…っ。」


まるで心境を示唆するかのようなその現象に、レノは煙草を吐き捨てる。捨てられた煙草は、苛立つ彼からまるで逃げるかように軽く跳ねながら前方に転がったが、やがて動かなくなり靴底の下敷きになった。

外へ出ると、寒々とした空気がレノの頬を撫ぜた。
真昼であるというのに、村内は広場を歩く人間が数人見受けられる程度で閑散としたその風景は酷く色のないものだった。
擬似的に創られた町であるから、異質なのは当たり前だがそれを差し引いても陰欝な空気が引っ掛かる。
緊急で神羅の息の掛かった『この場所』を訪れたものの、レノは密かに後悔していた。
虚ろげな様子で黒マントをかぶった連中が、時折譫言を囁きながら目の前を通り過ぎる。住む人間に問えば害はないとのことだが…不気味な事この上なかった。

(………この村の統括は宝条だったな、と。)

あまり好ましくない思慮を巡らせつつ、レノは村の奥へ歩みを進めた。

郊外の方まで足を運ぶと、ある邸の脇に佇む見知った背を見つけ、レノはそちらへ歩みを速めた。
他の建物は綺麗に再建されているのに、その巨大な邸だけは入口の門が閉じられ外枠に焼け跡が残されたままになっている。


「よう、ルード。何してんだ、と。」
「……………レノ。」


声をかけられて、ようやくルードは振り帰った。赤髪を立たせ薄く笑む同僚を、彼は視界に捉える。レノは煙草を銜えてるルードに歯を見せて笑うと、彼に向かって右手を出した。


「一本、くれよ、と。」
「………無いのか?」
「いや。たまには違うのが吸いたいだけだぞ、と。」


ルードは無言でポケットを漁ると、レノに一本投げてよこした。レノは口笛を吹きつつそれを受け取ると、嬉しげに煙草を口に咥える。
差し出されるライターに先端を近づけ、レノは漸く一服にありつけた。


「……彼女はまだ起きないか。」
「…ああ。」


短く答えて、レノは近場の石壁に寄りかかる。


「……なあ、ルード。」
「?」
「あいつがこのまま目覚めなくても…明日この村を出ないか、と。傷はもう塞がってんだ。どっか他に移しても問題ねぇだろ。」
「……。何故、急にそんな事を?」
「お前も気付いてないはずないだろ。…ここは何かおかしいぞ、と。それに……」


言いながら、レノは顔を上げ、村全体へと視線を向けた。彼の蒼の両眼が、一瞬、惑うように光を無くす。


「主観的だがあいつが目覚めないのは……『此の場所』のせいって気がしないでもない。」


紫煙と一緒に、レノは胸の内に巣くう本音を吐き出した。閑散としたその場所を緩やかに枯れ葉が舞い、音をたてて駆け抜けてゆく。
ルードはレノの言葉に暫し言葉を失った。まさか彼の口からそのような不確かなものを仄めかす台詞が出るとは、全く予測だにしていなかった。
しかし、確かに。レノが口にした事と同じ見解を視野に入れている自身がいる事も、ルードは気がついていた。

村であって、村ではない場所。
村人でない人間が住まう所。
五年前の凄惨な事件隠蔽のため、神羅が建設した偽りの地。
ここは――――かつてニブルヘイムが存在した処なのだ。


「……俺はここへ来たのは間違いでは無かったと思う。ここは豊富に医療機材があり治療にも適していた。…宝条の事は別にしてな。」


傷も順調に癒えている。直に目覚めるはずなのだ。
まるで自分に言い聞かせているような物言いに、内心、ルードは苦笑した。無論、そんな内情をおくびにも出さない彼だったが。彼としては少しでもレノを安心させたかった。


「…そうか。」


曖昧に呟くとレノは壁に預けてあった背を浮かせた。彼の視線は閉ざされた邸を一瞥した後、宿舎の方へ移動した。
目の下の隈が色濃い。多くを口にしないが内心気が気でないのであろう相方に、ルードは密かに嘆息した。

(……ヒスイリア…。早く目を開けて安心させてやれ…。)

その時、まるでその淡い願いを遮るかのように。ふと、流れてきた厚い雲が太陽を覆い、大地に暗い影を落とした。  
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2005.04.09
一部改定。

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