結んで紡いで

ぴぴ…と鳴りかけた目覚まし時計を止めて、名前はむくりと体を起こした。

仕事を求め彷徨ったあの日から、名前は鶴丸の言葉を咀嚼していた。
楽をさせたい、喜ばせたい、その気持ちの根源には、必要とされたい、という思いがあるということ。

彼らのことを物だとは到底思えないけれど、私たちは違う、人と刀なんだと感じずにはいられなかった。

彼らは生きている、心がある。ならば、その心のままにいて欲しいと思う。

だけど、名前と彼らの間には、まごうことなき一線があった。存在意義とでもいうのだろうか、物と人に与えられた役割はそもそも違っていて、そこから芽生えた心にも、もちろん違いがあるらしかった。

名前は人で、いまは彼らの主としてここにいる。出陣も手入れも、彼らを使う、というのは自分にしかできないことだ。

人は、刀を使ってその身を、あるいはその身を賭してでも貫きたい志を守ってきた。

主人を守り、戦ってきた彼らの矜恃を尊重することも、主たる自分の責務だと思った。休むのも仕事のうち、というのはそういうことなのだろう。

同じ立場では居られないのだな、と思うと少し寂しかったけれど、君にしかできないことがある、と鶯丸が言ったとおり、それはどうしようもないことだった。

主と刀剣男士、について考えすぎて、主という文字がゲシュタルト崩壊しかけたところで、名前はきっぱり考えるのをやめた。

そして宣言どおり、休日は休日らしくのんびり過ごすことにしたのだった。

戦などの業務意外でも交流を持ち、絆を深めるのも、主として大切な感じがするし、それで皆が喜ぶのなら、きっといいことなのだろう。

というわけで。

「大将、明日ひま?」

懐に入った信濃藤四郎に誘われて、今日は粟田口の皆とピクニックに行く予定である。

本丸に来てからというもの、隙あらば縁側で、はたまたお庭でお花見をした。名前は外で食べるごはんがとても好きだ。

普通のおにぎりが、お日様の下に居るだけでいつもよりもうんと美味しく感じられる。

桜を見る、なんていうのはただの口実で、ほんとうは、みんなで輪になって料理とお酒を囲みながら和気藹々と過ごすその時間こそがお花見の本質であるとさえ思う。

四季は歩を緩めずに進み、桜が散ってしまって、すこし寂しく思っていた名前は今日をとても楽しみにしていた。

遠足の日の小学生みたいにはしゃいでいる彼女は、いつもよりうんと早起きである。

顔を洗ってから身支度を済ませて、部屋を出ると、まさにいま登らんとする朝日が眩しく、空を青々と色付けるところだった。

うっとりと瞼をあげて、眠りから覚めるように夜空が淡く光に溶けだしていく。

早朝だというのに風はぬるく、微睡むような空から新緑の季節がのんびりとこちらを見据えている気配がした。

いい朝だ。まさにピクニック日和である。

んー、とご機嫌よろしく伸びをしていると、背中に声が掛かった。

「おはよう、主。今朝はずいぶん早起きだなあ。」

声のぬしは三日月宗近。
名前が振り返ると、人懐っこい笑顔を浮かべてこちらへ歩み寄ってくる。

戦装束の狩衣、紗綾形の模様が光を弾く水面のように朝日を閃き返していて、三日月の歩幅に合わせて揺れるそれは、きらきらと名前の瞳に光を踊らせる……なんてことはなく、冷えとりパッチを着込んだ作務衣姿である。

歩幅に合わせて揺れるのは美しい戦装束ではなく、ぴょこんとはねている寝癖だった。
本日は、おじいちゃんもまた休日スタイルなのだ。

「おはようー!三日月も早起きやな。」
「はっはっは、なにせじじいだからな。」

じじいと称するに相応しくないさわかな笑顔を向けられる。

寝起き間もないはずだが、冷えとりパッチに自我があったら似合わなすぎて縮み上がりそうな美青年である。伸縮自在のリブ素材で良かった。

兼さんより相当年上な短刀も子ども然りとしているのに、なぜ三日月だけ器に引っ張られずにじじいを貫けているのか甚だ疑問である。

「今日もじじいには見えへんけど…あ、寝癖ついてる。」

相変わらずのギャップに捻挫しそうになりながらも、名前が手を伸ばすと三日月は嬉しそうにかがむ。
世話されるのが好きと言うだけあって、手櫛で髪を梳かれるのが心地良いらしい。

こういう仕草は小狐丸とよく似てるなあ、と思いながら名前は寝癖を直してやる。

「…はい、直った。」
「はは、ありがとう。して主よ、どこへ行くんだ?」
「どういたしまして。台所行くよ、おにぎり作ろうと思って。」
「…ほう、握り飯か。」

そこでちょうど三日月のお腹がくうと鳴った。名前が三日月を見上げると、慰めるように自らのお腹をぽんぽんと撫ぜた。その仕草が端正な顔に似合わず可愛らしくて、名前は笑ってしまう。

「…腹が減ったな…。」
「あはは、んじゃあ味見してくれる?」
「はっはっは、あいわかった。ありがたく任されるとしよう。」

二人が厨に着くと、ちょうど炊飯器から炊き上がりを知らせる音が鳴る。昨日のうちにタイマーを合わせておいたのだ。

名前は計画どおり…!とにやつきながらぱかんと蓋を開ける。
お米をしゃもじで解して粗熱を取ると、ぷわん、とあがる湯気までほこほこの炊き立てである。

遊ぶための下準備だということにすれば、料理も畑当番もそこそこ手伝わせてくれるということを最近発見した。名前も日に日に刀剣たちの扱いに慣れてきたらしい。
守ることが本分の刀の付喪神とはいえ、いささか過保護だと思わずにはいられないので、その辺も調節していきたいところである。

長谷部と万屋なんかに行こうものなら半径2メートル以内に入った人を片っ端から威圧してしまうのだ。
目が合った人が、視線を自分の斜め右上に向けてひっと言うので慌てて長谷部を見上げると、振り向いた途端に殺気は霧散してそれはそれは優しく微笑まれるので、長谷部は表情筋の機動も相当高いらしい。
相手が同じ審神者なら、あなたの長谷部めっちゃ懐いてるのねっていう苦笑いで済むのだが、初見の店員さんを相手にする時などはすごく申し訳なくなる。

ありがたい悩みだとは思うものの、大事にされすぎているというのも少々困りものである。

閑話休題。

おにぎりの具もすでに用意していた名前に死角はなかった。

昨夜、厨でゴソゴソしていると、歌仙が手伝ってくれたので味は保証済みである。
鮭のほぐし身、昆布の佃煮、ツナマヨ、タラマヨ、おかか、梅干しと次々に冷蔵庫から取り出していく。

名前はエプロンをきゅっと結び、味見とはいえおにぎりだけだと寂しいかな、と昨夜の残りのお味噌汁を小鍋に移して弱火にかけた。

氷水と布巾、塩を用意して、準備万端である。
意気揚々と腕まくりをする名前の隣で三日月はわくわくと楽しそうだ。

氷水に手を浸しながら、名前が三日月を見上げる。

「具は何がいい?」
「んー、そうさなあ、主の好きなもので頼む。」
「うーん、そう言われると迷うなぁ。」

言いながら軽く手の水気をとり、具材を包むことを考慮して薄めに塩を広げる。塩を振った手の上に、ごはんをしゃもじで掬って乗せる。

とりあえず定番のものがいいだろうか、と考えて、薄く広げたごはんの真ん中に、鮭を乗せて両手で包む。くずれないように、でもふんわりと。ひょいひょいひょいと握ってころん。

あっという間にひとつ。

そのまま流れるように昆布と梅干しのおにぎりも握って、三つが完成した。

「ほう、主は手際が良いな。鶯丸とは大違いだ。」
「はは、鶯丸…のは、…うん。」

鶯丸のおにぎりがどんなものか見たことないけど、なんとなく察した。
馬にぺっとされるぐらいの代物らしいので、なんかすごいぺちこねしてそうである。

小皿を用意して、温まった味噌汁と共にお盆へ乗せて三日月に差し出す。

厨に置かれた調理台兼つまみ食いテーブルは、こんな時こそ役立つのであった。

「では頂くとするか。」
「はい、召し上がれ。」

手を合わせていただきます、と口ずさみ、三日月がおにぎりを食べる。

もぐりとひと口かじったら、炊き立てのごはんがつやつやとほぐれ、ちょうど良く加減された塩味と具材の旨味が口の中にもくもく、噛むほどにご飯と調和して広がった。
自然と笑みが溢れて、もうひと口、とかぶりたくなる味だ。

「…ん〜うむ、美味い。」
「ふふ、よかった。」

表情だけで分かるくらい、美味しそうに食べてくれる三日月を満足そうに見届けて、名前はおにぎり作成の続きへと取り掛かった。

単純作業は無心になる。名前が大阪城周回のごとく具を周回しながらひょいひょい握っていると、軽快な足音と共に厨のガラス戸が引かれる。

顔を覗かせたのは一期一振だ。

「主、まさかこんなにお早いとは…!遅くなって申し訳ない。」
「おはよー、いいよいいよ!まだおにぎり始めたばっかりやし。」

昨日のうちに、「お弁当もっていこっか!」と約束ともならぬようなゆるい言葉を交わしたのだが、真面目な一期一振は名前との約束に遅れてしまったと大変恐縮し、てきぱきとエプロンをかける。柄は苺柄で、彼の水色の髪がよく映える。乱ちゃん筆頭に粟田口の短刀たちが縫い上げていたそれはとても可愛い。

「おお一期か、おはよう。」
「おはようございます。…三日月殿はつまみ食いですかな?」
「はっはっは、まあそんなところだ。」

三日月が、ずずっと悠々たる調子でもって味噌汁を啜るものだから、一期一振は、はあ、とため息をこぼした。
急いていた気持ちが、自然と凪いでいく。
三日月宗近のマイペースはその場に対しても影響を及ぼすらしい。

「お手伝い致します。」と一期が名前の隣に並んで、てきぱきと準備を進める。名前が握ったのよりもひと回りほど大きなおにぎりが、きちんと美しい三角の形でできあがっていく。

「いち兄上手。よく作るん?」
「はは、弟たちに時折夜食をとせがまれまして。」

照れ臭そうにはにかむ一期はお兄ちゃんの顔だ。時々夕ごはんの余った白米で、塩むすびを作るのだという。

余り物のご飯も、おにぎりになるだけで何故だかぺろりと平らげられてしまう。お米を握るだけ、ただそれだけのひと手間にもきっと、なにか不思議な力があるのだ。

用意された桶が名前と一期の共同作業によって着々とおにぎりで埋められていく最中、三日月もまた立ち上がる。

「いや美味かった。ご馳走さまだ、また頼む。」
「うん、お粗末さまでした。足りた?」
「ああ十分だ。このあと朝餉もあるからなあ。」
「わあ、いっぱい食べるなぁ。」

三日月宗近、早起きすぎて朝ごはんは二回食べる。じじいと言いつつ身体はじじいじゃないので致し方あるまい。

食器を流しに運び終えると、三日月もまた腕まくりをして名前の隣に立った。

どうしたの?と伺う名前に、にこりと笑って拳を握った三日月。
どうやら彼もおにぎりを作りたいらしい。

「よし、俺もやるか。」
「三日月殿…が…。」

しかし一期一振の様子が変である。

げっ、という顔をして固まった一期は、名前が何かを察するには充分雄弁な表情をしていた。
ロイヤルなご尊顔が盛大に顰められている。三日月殿は厨に立たないでいただきたいという顔だ。

まだまだこんな早朝にも関わらず本日十五分ぶり二度目のあっ…察しである。

「はっはっは、案ずることはない。先ほど主の手捌きを見ていたからな、どれ、こうして。」

手を水に浸し始めたので、嫌な予感に苛まれつつも名前は三日月のおにぎり作りを監督することにした。ずり落ちそうな三日月の袖を丁寧に折り返してやると、ほわり、人好きのする笑みが降ってくる。それだけでお礼を言われたような気になるのだから、三日月はほんとうに美しさの使い方が上手だ。

そんな二人を、一期一振は固唾を飲んで見守っている。主はもちろんのこと、弟たちも一緒に食べるおにぎりなので頼むからまともなものをお願い致しますといった面持ちだ。

名前は知らないが、以前三日月が作った茄子の味噌汁は、紫色をしていた。

その渋みもさることながら、茄子をどう料理したらこんなに発色するのか、染物業者も刮目必至な恐怖の一品であった。

その食欲減退色を一瞥して、鶯丸は味噌汁片手に厩へ赴いた。彼は馬の味覚をなんだと思っているのか。もちろん、おにぎりよろしくぺっとされる。馬からの好感度はおそらく南極大陸もびっくりの氷点下だろう。

初めこそ「おやおや、長谷部で出汁を取ったのかい?」と楽しげだった鶴丸国永も、ひと口飲んで盛大に意識を飛ばした。白一色の着物もまさか味噌汁で紫に染まって、鶴らしくなれないとは予想外だった。

一度バグで近侍の鶴丸が表示されないことがあったのだが、その舞台裏で三日月特製ムラサキ味噌汁が暗躍していたことなど知る由もない。

以降三日月は料理をしていない。いや、させてもらっていない。ヒントは初期刀歌仙兼定である。紫はたいへん雅な色なのだが、この味噌汁はすこし前衛的すぎた。

そんなことは露知らず。
名前は、水気をかるく取った三日月の手のひらに塩をぱらりと振ってやる。
塩加減さえ間違わなければおにぎりなんて失敗のしようがない。……と、たかを括っていたのだが、この考えは数秒で覆されることとなる。

「これを…こうだな。」

言いながら、お米を握り合わせた瞬間、三日月の指の隙間から、ビュッ!と米粒が四散した。

「………え…。」
「ははは、…ちと強すぎたか。」

呆気にとられる名前の隣で、一期一振は眉間を押さえた。夢ならば、どれほど、よかったでしょう。未だに味噌汁のことを夢に見そうな、憂いを帯びた表情である。切ない。

ぴっ!と三日月の頬や厨の壁に飛び散ったお米だったものは、一秒あとに、でろぉ…と垂れる。まさか朝日の差す爽やかな厨のシーンでこんなスプラッタを目撃することになろうとは思うまい。

どんな握力やねん重機か?と心の中で突っ込んでいた名前だったが、確信する。…やばい。これはやばい。

「待って。ちょっと…待ってな。」
「…あいわかった。」

本人も失敗したという自覚はあるようで、三日月の微笑みはいつもの堂々としたものではなく、少し寂し気だ。
眉尻を下げて、余計なことをしてしまった、というような弱気な笑みを見せられると名前はなんだかちくりと胸が痛んだ。

三日月に悪気は無いのである。そうだ、彼はただ手伝いたいという一心でお米を握り…握り潰したのであって、なにもわざと爆発四散させたわけではないのだ。

本気で教えなくては。一からではなくゼロから教えなくてはならない。

私はどうやって教わったんだっけ、と記憶を辿る。名前が思い出すのはおばあちゃんの手のひらだった。

「よし。三日月、握手しよう。」
「んん?…ふ、主の手は小さいなぁ。」

小首を傾げながらも、差し出した手が拒まれることはない。

微笑ましいな、と目を細めて、三日月は名前の手をそれは優しく握った。

平たくて大きい、骨張った手のひら。
名前は三日月の手を優しく握り返して、ゆらゆらと上下に振った。

「…うん。これくらいの力でおにぎり握れる?」
「ふむ。これくらいの力か…どれ、やってみよう。」

もう一度、冷やした手のひらに塩を広げてお米と具を乗っけた。名前の手を握る強さで…そう思いながら伏せられた三日月の眼差しは真剣で、それでいてどこか暖かく柔らかだった。

「そうそう、上手!」
「これは…!お米が、普通に、まとまっておりますな。」

三日月の手元に視線を落とした一期一振が刮目する。その一言からは今まで如何に三日月が料理に関して不得手であったか伺えて、涙ぐましいばかりである。

「…なんと、俺にもできたか。」

なんで本人がいちばん驚いているのか。三日月は嬉しそうにその美しい顔を綻ばせた。

形は少々歪ではあるが、お米がちゃんとおにぎられている。初めての具材は先程名前に作ってもらったのと同じ鮭だ。

「そうそう。丁寧にしたら、愛情がこもるから。」
「ふむ、なるほどなあ。それで主の握り飯は美味いのか。」
「主殿の仕事ぶりは、とても丁寧でいらっしゃいます。」
「え、そうかな。結構雑やと思うけど。」

三日月と一期は、名前の横顔へと視線を移した。軽口を交わしながらも手元のおにぎりへと落とす眼差しは愛おしげで、丁寧に注がれた愛情が長い睫毛を伝うのさえ、見えてしまいそうなほど。

二振りは微笑んで目配せをする。丁寧に作られたこのおにぎりは、きっと美味しいことだろう。

愛情は目には見えないけれど、それは温もりを孕むように、仕事に宿る。

心は、込められる。
大切に扱われた物は、誇らしげに輝いて見えるのだ。

付喪神である彼らには、理解しうるものがあるのだろう、名前のことを見る二対の眼差しは幸せそうに細められている。

くすりと笑って、三日月がおもむろに口を開いた。

「では主よ、じじいの初めてを貰ってくれ。」
「は!?」「へ!?」

一期一振と名前の手元が狂いかけたところで、差し出されたのは今しがた三日月が握り終えたおにぎりだった。

じじいの初めてってなんなのかと思った。おじさんのきんのたまぐらいなんなのかと思った。

「ほれ、あーん、だ。」
「ん、いただきます。」

名前は口許へと当てがわれたおにぎりをかじる。
お米を包む塩気といい、ちょうど良い力加減で握られた鮭の身のほぐれ具合といい、美味しい。表情にも自然と笑みが浮かぶ。

「主殿、大丈夫ですか?」

美味しいですか、ではなく大丈夫かと気遣うあたり、一期一振は三日月に対してなかなかに辛辣である。
粟田口吉光唯一の太刀はいつでも弱者の味方なのだった。今しがたおにぎりの破壊を目の当たりにしているので無理もないのかも知れない。

「…うん、美味しい。」
「はっはっは、主を手ずから喜ばせることができるとは、嬉しいものだな。」

三日月が嬉しそうに微笑んだ。もともと器用なので、きちんと教わりさえすればなんでも卒なくこなせてしまうのだ。紫の味噌汁生産者という汚名を返上できる日もそう遠くはないだろう。

触れ合って言葉を交わして、美味しいところを分け合って、食べさせ合いっこをして、そんな気軽さで笑いあいながら、名前のものとして、彼らの主として、互いに合わさるように変わっていく。

それはゆっくりと、晩春の朝ぼらけが温度を持ち始めるような、確かな速度を持っている。



ぽかぽかと温かな日差しを味わうように閉じた目蓋の裏はオレンジ色だ。

髪や頬をなでる空気はあたたかく澄んでいて、呼吸の間に、体の中へひだまりを招くような心地がした。

名前と一期一振は敷物へと並んで座り、鬼ごっこをして走り回る短刀たちを眺めていた。

鬼になった後藤と厚から、前田と平野を両脇に抱えた薬研が逃げている。ふつうに走っても逃げられそうなのに、じゃれあう姿は微笑ましい。

「ふふ、家族みたいやなぁ。」

あっけらかんと笑って言った名前だったが、一期一振は心中悶々としてしまう。

これまであまり話しをする機会がなかったが、彼女も人の子。当然、家族が居たのだ。

人の身を得た今だからこそ余計に、家族と…弟たちと離れるのは一期一振にとって耐えがたいことである。
だからこそ彼は、名前の家族という存在を気にせずにはいられなかった。

一期は、胸の内のもやを悟られぬよう、わざと明るく問い掛けた。

「お会いしたいですか?」
「ん?」
「…その、ご家族、に。」

名前は、一期一振を見た。
視線を汲んで、優しく待っていてくれる、その蜂蜜色までもすごく柔らかい。それに絆されるようにして、穏やかに口を開く。

自分の気持ちを言葉にするのは難しい。自分でさえも、自分の心が分からないことだって多い。だから不確かな気持ちを確かめるような声色になった。

「うん、そうやなぁ、会いたいよ。」

一期一振が小さく息を飲むのがわかった。
それだけで、自分を必要としてくれているのが痛いくらいに伝わって、名前は嬉しいとさえ思ってしまう。ほんとに私は彼らが好きなんだなぁ、とまた心内で再確認して言葉を続ける。

「でも…今は叶うなら、まだみんなとこんなふうに過ごしてたいな、って思ってる。」
「そう、ですか。」
「…うん。両親が忙しい人でさ、おばあちゃんと過ごすことが多かってんけど、いま逢いに行ったらそのおばあちゃんに怒られそうやねんな。」
「…怒られる…とは、何故です?」

名前が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
それから、駆け回る短刀たちへと視線を送った。面影をなぞるように、瞳は遠くを映している。

「自分の気持ちに嘘つきなや、って育てられたから。」

時間は有限だ。限られたそれを誰と共に分け合うのか、決めてしまうのは優劣をつけるようで少し気が引ける。

でも隠すことなく、素直に笑った。それが名前にできる精一杯の誠実さだった。

「みんなと居たい、って思ってるよ。」

その笑顔で、一期一振は詰めていた息をほう、と逃した。

「そう…でしたか。」
「ふふ、面と向かっていうのは恥ずかしいな。」

でも、消えないように伝えよう。
自分の思いは言葉になって、相手の胸へ残る。それは、一緒に居たことの証明なのだ。

風が遊ぶように二人の髪を揺らす、それから木々と戯れて、過ぎ去る。くすぐられるように笑ったら、まあるい木漏れ日がうらうらと撫でてくれる。

詰めていた息にのせて、一期もまた微笑んだ。安心した、と隠さず思う表情は、とても優しかった。
名前がからかうように声をかける。

「安心した?」
「ふふ、はい。…ご家族にお会いしたいとおっしゃるようであれば、鶴丸殿をぼこぼこにしてあなたの名を取り返さねばなりませんので。」

「えっ、」

「そういう約束をしております。」
「鶴丸と?」
「ええ、そうです。」
「なんとまあ。」

そんな重たい問いかけを、小春日和の空の下にさらりと尋ねる一期一振、鶴丸国永に負けず劣らず驚かせてくれる。

みんなのこと大好きー!というつもりで過ごしてきた名前だったが、心は自分が思っているよりも意外と見えにくいらしい、と気付く。
それはおにぎりの具が外から見たらわからないのとよく似ている。混ぜ込みおむすびさんくらいわかりやすく生きられないかわりに、私たちは言葉を交わせる。

心は違っていて、違っているからこそ、知らない互いの胸の内を旅するように教え合うのだ。こんな景色があったんだね、と写真を見返すみたいに、記憶を巡って。

そうしていると、秋田と五虎退がこちらに手を振って駆けてくる。

「主君!これをどうぞ!」
「が、がんばってつくり…ました…。」

二人が後ろ手に取り出したのは、シロツメクサの冠だった。

輪っかに編まれたそれを、よいしょ、と膝立ちで敷物へ乗り上げた秋田が名前の頭に乗せる。

「うわあ、嬉しいありがとう!」
「えへへ、ぴったりですね!」
「か、かわいい、です…!」
「二人のほうが可愛いよー!!」

感極まった名前は、秋田と五虎退をぎゅうと抱きしめた。
胸へ抱き込んだ二人の柔らかな髪が、お日様の光を吸ってあたたかで、思わず深呼吸してしまう。干したばかりの布団に埋もれるみたいに、頬も肩もゆるんでしまうような、幸せな匂いがする。

風は優しく吹いて、秋田と五虎退の袖も、名前の髪も、野に咲く花も、一緒くたに揺らす、揺らす。たまらなく、皆同じ場所で、おんなじ風に吹かれているのだ。

一期一振が名前の頬にかかった髪を丁寧な所作で整える。

「とてもよくお似合いです。」
「あはは、ありがとう。」

まるで五月の太陽みたいに、明るく笑う名前を見て、一期は眦を柔らかく緩めた。

たとえ人の真似事であったとしても、まるで家族みたいだとこぼした彼女にとって、自分たちがそうあれたらいいと、願わずにはいられなかった。

彼女の中で、自分たちと過ごした日々が花冠のように紡がれていくのを見ていたい。

いつか懐かしく自分を作る過去もまた、白い花の冠を乗せて、誇らしげに笑うのだ。

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