春の佳き日に

一日の流れができてしまうと、日々は足早に過ぎ去っていく。

夜戦から帰還した第四部隊を出迎えて、彼らの無事を確認する。簡単な報告を受けて皆を風呂に見送ると、名前は肩の荷を下ろすように息をつく。

こんのすけには、適正練度で適正難易度の出陣先だから心配ありませんと言われていても、やはり気を張ってしまう。

本丸に居る男士たちと過ごしながらも、部隊出陣中は左耳の通信機に常に心の一端を傾けていた。

その日予定していた全ての出陣とその報告を終えて自室にもどり、次回の出陣部隊と出陣先の選定など、最終確認を行って眠りに就くまでがここ最近の習慣だ。

まっさらに洗濯されたお布団の中は、いつも陽に溶けた柔軟剤の優しい香りがする。体温を含んでふんわりと包容力を増すその中で微睡みながら、名前は明日に思いを馳せた。

明日はこちらに来てから初めての休日だ。
さて、何をして過ごそうか。



怒涛の一週間を終えて、ぽん、と何のタスクもない日を与えられると、どうしていいか分からなくなる。なんて、社畜みたいな考えに陥るとは思いもよらなかった。

朝ごはんを食べ終えて、暇を持て余した名前は後片付けを手伝おうと厨へ向かう。
自分も一人暮らし経験者の末席に座すものゆえ、洗い物くらいはできる自信があった。

からりとガラス戸を引いて、厨を覗くと、堀川国広と和泉守兼定が居た。

「ごちそうさま、洗いもの手伝いにきたよ。」
「え!主さんはゆっくりしててください!」
「おーおー、皿洗いぐらい気にしねーで休んでろ。」

すでに洗い終わったのであろう、泡のついた食器を堀川がざばざばと洗い流している。それから、水切に乗せられた皿を和泉守がちゃっちゃか拭いていく。
互いに相棒と呼び合う彼らは洗い物においても二刀開眼しているようで、入る隙を与えられない。

「いやでも、今日休みやし…。」
「あー?だから休めって。」

休みだから、普段できないことをやろうと思ってここに来たのだが、なんかトンチみたいな会話になってしまった。

とりあえず手持ち無沙汰な名前は拭き終えた食器を仕舞うべく、重ねられたそれらを持ち上げようと手を伸ばした。そう、伸ばしたところで和泉守にひょいと奪われてしまう。

「あぶねーだろうが。皿割って怪我したらどうすんだ。」
「割らんよー、子どもじゃないねんから。」
「はっ、どうだかな。怪我してからじゃ遅せーんだよ。いいからどいてろ、邪魔だ邪魔。」
「こら兼さん、邪魔とか言わない。」
「うわーん堀川くん仕事ください。」

むむっと口を尖らせた名前は不満気である。それもそうだ、ここに来てまさかの子ども扱いである。和泉守は普段お酒を飲むときなんか平気で飲め飲め言ってくるのに解せない。皿だって割ったことは人生で二回くらいしかない。四捨五入したら0回である。

仕事を求める名前に堀川は苦笑いをすると、きゅっと水を止めて、手を拭いて彼女へ近付く。
名前の、文字通りガラ空きの両手を、胸の前できちんと揃えて握る。親指で、そっと手の甲が撫でられた。

思いもよらぬ、という表情で固まった名前をちらと見ると、困ったように眉尻を下げて堀川は口を開いた。はてさてどこからが邪道なのか堀川国広、まったく腹が読めない。

「主さんの綺麗な手を傷付けたくないんです。兼さんは不器用だけど、わかってあげてください。」
「え…っと?」
「そーだそーだ。」

こう両手を握り込まれてうるんと首を傾げられると、全身から放たれる新妻感に頬が紅潮してしまう。あれ?私いつ結婚したんだっけ?と戸惑う名前に合いの手を打つ和泉守。あっれえ?脇差がサポートじゃなかったっけ?

「この手は僕らを振るうために、綺麗なまま取っておいてください。」
「おう、そーだそーだ。…って国広!なに口説いてんだ!」
「それから…主さんがいると兼さんはしゃいじゃって仕事にならないので、できれば広間に戻ってお茶でも飲んでてください。」
「おいおいおい、だーれがはしゃいで…」

言いながら手を引かれて、腰をやんわり支えられて、いざなうように気付いたら厨の外へ連れ出されていた。まだ喋ってるだろうが!という兼さんをスルーして、ぱたむ。

最後は申し訳なさそうな表情で戸が閉じられてしまった。

そしてぽかんとした名前だけが廊下に残った。これが世に聞く脇差の押し出し勝利である。さすがにこっからもうひとチャレンジできるほど名前は空気が読めないわけではない。

そう、これは仕事が欲しい名前と彼女を休ませたい刀剣たちの戦いの記録である。

さすが名前の刀剣だということもあってか、皆揃いも揃って甘やすのが上手いのだ。

「うーーん。」
資材を拾った山姥切国広の如く、どうしたものかな、と思考をめぐらせた名前。

今度は畑へ向かうことにした。

畑仕事を手伝おうと本丸の裏手へと向かう。
噂をすれば影、というところか、遠目には、山伏国広と山姥切国広の姿がみえる。

「カッカッカッ!拙僧の筋肉が喜びの声を上げているぞ!なあ兄弟!」

こんなに楽しそうに唐鍬を引く人を見たことがない。そもそも唐鍬って牛が引くやつである。トラクターさながらに土を掘り起こしている山伏と、テンションは真逆ながらも同じ速さで彼に続く山姥切。

「俺の筋肉も…喜びの声を上げている…ぞ。」

手合わせ特殊会話のテンションで畑仕事をしている二人には加われる気がしないので、手で持つタイプの普通の鍬がほしいな、と名前が農具置き場を覗く。すると、ちょうど籠を背負って軍手をはめた宗三左文字と鉢合わせた。

「宗三、私も手伝う!鍬あるかな?」
「…はぁ。」

意気揚々と腕まくりまでして声を掛けたのに、返ってきたのはため息だった。名前はなんでだ解せぬの顔である。

宗三は名前の姿を頭からつま先まで一瞥すると、呆れたというような調子で話す。

「そんな細腕で鍬なんかにぎって、怪我でもされたら僕が迷惑です。」
「ええ、細腕?宗三とそんなに変わらんと思うけど。」

反論した名前だったが、宗三左文字がわかりやすくイラッとしたのが表情でわかった。
直後、ぴょいと持ち上げられてひえっと言葉を失う。見るからにゴツい人に持ち上げられるより怖い。華奢な腕のどこにこんな力があるというのか、言ったらまた怒られそうで口を噤んだ。さすが籠の軍鶏と一部で囁かれるだけのことはあった。

「僕が非力だとでもお思いですか?」
「お思いじゃないです…すみませんでした。」
「まったく。…仕方ありませんね、向こうにお小夜が居ますから、そこへ。プチトマトを獲るくらいでしたら、いいでしょう。」
「…はい。」

悪戯を見つかった猫のごとくつまみ出されてプチトマトの畑へ到着する。名前が小夜ちゃんどこだろうと辺りを見回すと、畝の間でぴょこぴょこ揺れる青い髪が見えた。

「小夜ちゃん、手伝いにきたよ!」
「…そう、ですか。」

と、バツが悪そうに視線が逸らされてしまう。そ、と小さな背中に隠された籠の中には山盛りのプチトマト。どうやらすでに収穫は完了しているようだ。

「…もしかして、もう終わってる?」
「…うん。あなたは休んでて。」

休みを持て余してここへきたのに、またも休めと言われてしまった。
宗三のもとへ戻ろうにもプチトマトを収穫することしか許可されていないので、他に仕事をもらえる気がしない。

「どうしたの?」
「ん?ううん!なんでもないよ!」
「そう…。あの、これ。」

どうぞ、と採れたてのプチトマトを一粒、差し出される。小夜の頬はほんのり赤い。

「美味しいもの食べたら、元気になるから。」
「…〜っ、ありがとう!」

めっちゃ元気なんだけど、元気があるからこその悩みなんだけども、名前は嬉しさに小夜をぎゅうっと抱きしめた。可愛すぎて復讐したい。

「!!…じゃあ、僕は、もう行くから。」

ぴん!と髪の先まで尖らせた小夜左文字は、そっと名前の肩を押し返す。

押されるまま離れた名前の口に、むい、とプチトマトが押し付けられる。されるがままにぱくりと食べたら、小夜はそのままふい、と振り返って去ってしまった。
小夜は頬が熱かった。このままじゃ、兄さまたちが言っていた熱中症というものになってしまうかも知れない、春だけど。そう思って。

「…むぐ、小夜ちゃん!……行っちゃった。」

ただのつまみ食いに終わってしまって、またも不完全燃焼である。

はてさて今度はどうしよう。これまでのお手伝い敗退結果を鑑みるに、怪我を心配されて断られてきた。ならば、頭を使う仕事ならどうだろう。

そうと決まれば話は早い。名前は執務室に向かうことにする。

最近家具を購入し、新調した執務室。

本丸の住環境を整えるにあたって、審神者御用達のスケゾンというネット通販がある。スケゾンて響き…どうにかならないのかと思ったけどどうやら天下りしたベテランこんのすけがCEOを務めているらしい。
本丸の備品の多くはこちらで揃えられる。即日配達どころか即時配達で本丸に届けられるのだから驚いた。おそらく時間遡行の技術もかじられているし、もはや一般企業の域ではない。たぶんふつうに時の政府との癒着である。

執務室は書斎を兼ねており、隣には資料室という名の図書室を併設した。
かの文系名刀ほどではないが名前も本が好きだ。もちろん政府からの検閲が入るので、購入できる本は2016年以前のものに限定されるが、それでも生活に本があるのとないのとでは大違いだ。

歴史修正主義者と戦うにあたって、正史を知っておくことは審神者にとって必要不可欠である。また、戦略を練るにあたっての兵法に関する書籍も必要だ。それから、刀剣男士たちが2016年の文化に馴染めるように、さらに一般庶民の生活や思考を汲む上で資料となる小説や漫画なんかも無くてはならぬ…などという大義名分を振りかざして、蔵書のすべてを経費で落とした名前の手腕は博多藤四郎も拍手ものだった。

この本丸を担当する時の政府の丹東さんの胃は荒れた。しかし表向き、本丸に仮想検非違使部隊を放った責任の一端は彼にあるということになっているから、どうにも名前に負い目を感じているらしい。

無茶振りがまかり通った名前が一番驚いていた。言うてみるもんやな、と味をしめちゃったことは内密にしておこう。

執務室の扉をノックする。

「はい…!」

応えたのはへし切長谷部だった。
名前はほくそ笑む。長谷部ならば私のお願いを断る可能性は限りなく無いに等しいだろうと。

「手伝いにきたよー!長谷部、なにしてるん?」
「あ、あるじ…!」

長谷部の手元のパソコンを覗き込むと、どうやら遠征の計画を立ててくれていたらしい。
長谷部は突如現れた主の顔の近さにぽぽぽと頬を染めたが、名前はそれどころではない。彼女は仕事を奪いに来たのである。

画面には、遠征先と必要練度を満たした部隊編成が日毎に記されたエクセルのシートがあった。月別にまとめられているさながらシフト表のようなそれ。これならば名前にもできそうである。

「私もやりたいな。手伝っていい?」
「いえ!ですが主、これは俺が主のためにやっているだけですので、趣味のようなものです。」
「手伝われるのいや?」
「いやなどとは滅相もございません!しかし今後変更になる可能性も大いにありますので…!」

ずいぶん歯切れが悪い長谷部に、名前が違和感を覚える。
そして、シートの右下部分に入力されている日付が目に入った。え、え、

「待って、これって三年後のやつ…??」
「はい。もう二年分は作ったのですが…主?」
「えーーー!!!」

いやいやいや、三年後て!一人一人の練度も何もかも変わってるやろ!と思ったらなんとその辺も予測されていて恐ろしかった。
よくよく話を聞いてみると、出陣先と得られる経験値から個々の成長速度まで算出したらしい。こんじろうはなかなか役に立つ奴です、とクダギツネとの連携ができるまでになっている。

長谷部ってすごい執務に特化してそうなイメージがあったのだが想像の遥か上すぎて、名前は言葉を失うレベルである。

「ですが…政府が突発的に行うイベントまでは予測できず…。」

ここまでやっといて悔しそうに拳を握っている。
名前に褒められたい一心でここまでやるとは、社畜ってこわい、社畜ってすごい。働く以外で主のいちばんになる方法が、長谷部はまだ見つけられないでいた。

「長谷部……。」
「はい、主。」
「休もう。」
「いえ、俺は大丈夫です。」
「頑張りすぎ。」
「このくらいなんということはありません。」

へし切長谷部は休むのがこわい。主に必要とされているという実感を失うような気がして、こわいのだ。
彼が童話に出るとすれば、ウサギと亀だ。たとえ余裕のかけっこ勝負でも走り続けてないと不安なウサギなのだ。明石と足して二で割った方がいい。

ここへ来てまさか休ませる側になろうとは、名前も予想外の展開である。
どうにも、やらないで、という主命は通らないので、休憩をやる、というアクティブな方向で休ませるしかないようだ。

「あー、うん、じゃあ…喉渇いたな。」
「…!では俺が茶を汲んできましょうか!」
「うん!二人分お願い。」
「主命とあらば。」

かくして、ひとりでお茶するのは寂しいから、という主命で一緒にお茶を飲むことで無理やり仕事から引き離した。
それから、とにかく長谷部の寝顔が見たいという謎の主命をごり押しして横になって眠ってもらった。主命とあらば眠れるっていうのも器用すぎてなんか逆に居た堪れない。

ともあれ長谷部を休ませることに成功した。
すやすやと寝息をたてて眠る長谷部の髪をひと撫でする。

「よく頑張ったね。ゆっくりおやすみ。」
「…すぅ、」

寝顔にそっと囁くと、強張っていた眉間のしわが伸びて、あどけない寝息が返ってきた。

なんだかようやくひと仕事した気分になって、名前は執務室をあとにした。

そろそろお昼ごはんの仕込みが始まる時間だ。彼女は再び厨へと向かうことにする。

お昼前の厨は多くの刀剣が集まっていて、慌しくも賑やかだ。

名前が顔を覗かせると、料理をしていた燭台切光忠がいち早く気付いてそばに寄ってくれる。
それから、忙しさを微塵も感じさせない微笑みで名前と視線を合わせるように屈んだ。

「主、今日のお昼はロールキャベツだよ。焼き立てのパンも作るから楽しみにしててね。」
「わー!楽しみ。なんか手伝えることない?」
「ありがとう、気持ちはすごく嬉しいんだけど、大丈夫だよ。みんなすごく張り切ってるんだ。」

やんわり断られて後ろ髪を引かれる思いの名前。それを察したのか、光忠は名前の頭をそっと撫でて、言い含めるように笑った。

「僕たちで作った料理で、君を喜ばせたいんだ。だから主は待っててくれると嬉しいんだけど…どうかな?」

こちらが溶けてしまいそうな甘い声色である。ロールキャベツの芯まで柔らかくふよふよにしてしまうような笑顔で微笑まれると、名前のお手伝いしたい欲もとろんと使い物にならなくなってしまう。

燭台切光忠は名前を甘やかすにあたって、彼自身は無自覚だろうが声と顔の良さを最大限に使ってくるので彼女はそれに抗えた試しが無い。

今回も完全勝利Sをもぎ取られ、もはや名前には、大人しくお昼ごはんを楽しみに厨を去るほか術はなかった。

うーーん。今度は何をすべきか。おそらくこの時間だとすでに洗濯物は終わっているし、取り入れるにはまだ早いし…掃除でもしようかな、と逡巡しながら本丸を彷徨っていた。

ちょうど、庭に面する縁側を通りかかった時、お茶を飲んでいた鶯丸に出くわした。

「主、仕事は休み休みやるもんだ。」
「今日は休んでるんやけどなぁ。」
「そうか、なら座れ。」

隣へ腰をおろすと、半ば強引に湯呑みを押し付けられてしまう。まるで彼女がここを通り掛かるのを見越していたかのように、淹れたてのお茶はまだ温かい。

すす、とお茶を飲んだ鶯丸が、流し目で名前に目配せをする。それに倣って湯呑みに口をつけると、爽やかな玉露の香りとほの甘やかな渋みが喉を通って、お腹の中で居場所をなくしたため息が押し出されるように、ほわ、と溢れた。

鶯丸と並んで座ると、なんだかいつも目にしていたはずの庭が、より美しく季節の匂いに染まって見えるような気がする。
もう桜は花の盛りを終えて、その花弁の多くを散らしてしまっている。普段見ているようで気づけなかった、些細な変化に自然と目が止まる。

名前は別に仕事がめちゃくちゃ好きな人間ではない。ワーカーホリックは長谷部だけで十分だ。

むしろ休日は、遊ぶか寝るかしてたいのだけれど、出陣がないとはいえ内番などの雑務に休みはない。
皆が働いてるのに自分だけがだらだらしているのは、主としてあんまり良くない気がする。それに普段は家事全般任せっぱなしなのだ。だから今日こそは何か手伝いができればと奔走していた。

そんな考えを見透かしたかのように、鶯丸は名前に声を掛ける。

「主、命を大事しろ。」

これといって粗末にした覚えのない名前が首を傾げると、言葉が続けられる。

「人は、自分で思っているよりも脆い。」
「…うん。」
「主にしかできないことの方が多いだろう。」
「私にしかできないこと?」
「今はそうだな、俺と茶を飲むことだ。」

言い終えたところで、鶯丸がお茶を飲む。
隣り合って座っている鶯丸からの言葉は、まるで、はらはらと落ちる花びらみたいに自然と名前の心へ落ちていく。

「…美味しいな。」
「美味いか、そうか。」

鶯丸は嬉しそうに笑って、それから優しく沈黙した。ぴょぴょぴょ、と鳥が囀って、風がふうわりと二人の髪を揺らす、なんとも気楽な静けさだ。

「茶菓子も食うといい。」
「茶菓子?」

さっきまで茶菓子なんてなかった気がするのだが、名前と鶯丸の間に、小皿へ乗せられた銘菓ひよコがあった。

いつのまに取り出したんだろう?私が気付いてなかっただけ?と不思議そうな名前を尻目に、鶯丸は添えられていた楊枝でひよコを一刀両断した。

迷いがない。

それからひよコの頭にぷすっと楊枝を突き刺すと、もくりと食べてしまう。

これまた一切迷いがない。

名前もひよコを手に取って、眺める。可愛いな、と思いつつも頭をかぷりとかじった。白餡の上品な甘味が、お茶の渋みがもつ爽やかさを引き立てて、双方より一層美味しく感じられる。

一つ食べ終えて、ふ、と皿に視線を移すとひよコが四つ乗っかっていた。

「…ん!?」
「どうした。」
「え、ひよこ増えてる!」

鶯丸に必死の表情で異変を伝える名前。

そしてのんびりと視線を移す鶯丸を見て、また皿に視線を戻したら、今度はお皿の上にこんもりと山積みになっているひよコが三十ほど。

なにこれこわい!と思ったのと、足元、縁側の下からぬゅっと白い影が飛び出してくるのが同時だった。

「わっ!!」
「きゃあああ!」
「…まぁ、鶴丸だろうな。」

鶯丸はご明察。

がらがらがら、と台車に寝っ転がった鶴丸国永が名前と鶯丸の間、縁側の下から車の整備士の如く出てくる。

「ははは、いい驚きっぷりだな!」
「びっ…くりした…。」

まさか下から来るとは思うまい。名前はしばらくびっくりした、以外の言葉を発せそうになかった。ひよコが増えてるのにも、相当びびっていたのだ。本気でまんじゅうこわいを体現するところだった。

「よっ、と。…なんだ、鶯丸は驚かなかったか。」
「茶菓子が現れた時点で気付くだろう。」
「まあそうだよな。」
「ああ、そうだ。」

二人してにやにや笑っている。鶴丸の悪戯を察知して乗っかった鶯丸の見事な視線誘導で、名前はまんまと驚かされてしまったらしい。

「共犯やったん…。」
「ふ、主のそんな顔が見れるなら、たまには良いものだな、悪戯も。」
「すまんすまん。なにやら根を詰めているきみに、ささやかな驚きをもたらそうと思ってな。」

悪気なく笑ってる二人に、なんとも毒気を抜かれてしまう。まんまとしてやられてしまった。
よ、と軽い調子で鶴丸もまた名前の隣、鶯丸の反対側へと腰掛けて、名前の掌の上にまたも差し出されるひよコ。

「そら、もう一つ食え。」
「どっから出したん?」
「ははは、まだまだ出るぞ。」

鶴丸の手の上に、現れるまたもう一匹のひよコ。鳩を操るマジシャンの如くひよコが出てくる。襷掛けされた袖には、種も仕掛けも見つけられない。

「そうだ、きみ、長谷部を見たかい?」
「あー、うん、めっちゃ働いてた。」
「そうだろう?…あれはまあ、確かにやりすぎだが、俺たちはきみに必要とされていたいんだ。」

名前は鶴丸の横顔を見た。
柔らかく細められた視線は手元に落としたまま、指先は手のひら上のひよ子をちまちまと撫でている。

「だからきみに楽をさせたいし、きみを喜ばせたいのさ。…少し窮屈に感じるかもしれないが、できることなら甘えてほしい。」
「甘える…?」

首を傾げた名前に、鶯丸がしたり顔で笑う。

「まあ、休むのも仕事のうち、ということだ。」
「休むのも仕事、かあ…。」

審神者というのは本丸に篭りっきりで指揮をとる役職だ。出陣の折には、彼女が主として常に気を張っていることを、刀剣たちは見抜いていた。

主にとって、居心地の良い場所でありたいと彼らは願っている。そうだ、まるで、帰りたいと思える本丸を作りたいなぁ、と願った彼女そっくりに。

だからせめて出陣のない日くらいは、気を休めて過ごしてもらいたいとうのが、この本丸にいる刀剣男士たちの総意だ。

「それでも何かしたいというのなら…そうだな、あにまるせらぴいというのもあるらしい、小狐丸をもふもふしたりするのもいいだろう。」
「狐も増えたことだしな。」
「ふ、小狐丸はきつね扱い?」

仕事をするよりも、何気ない時間を共に過ごしてほしい。戦などに脅かされることのない、穏やかな日々が、名前にとっての日常であってほしい。

「…うん、わかった。じゃあ休みの日は遠慮なく遊ぶことにする。」
「はは!そうだな、心ゆくまで遊んでくれ、主!なんなら鬼ごっこでもするかい?」
「隠れんぼなら俺も付き合おう。」
「いやいや、君の隠れんぼは気配を消して茶を飲む遊びだろう?」
「ふふ、なにその遊び。」

そうして、織り成される日々が記憶へ変わるなら、どうかきみにとって、心をあたためるような思い出であってほしいと、そう願って。




前のページ/次のページ


表紙に戻る
一番最初に戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -